第31話 焼豚玉子飯と、港町の昼下がり
今治城を出ると、
潮風がふわりと頬を撫でた。
「お腹すいたねぇ」
ひよりが嬉しそうに言う。
「よし、行くぞ。
今治のソウルフードだ」
加藤先生が先頭に立つ。
向かったのは、
地元の人で賑わう小さな食堂だった。
暖簾をくぐると、
甘じょっぱいタレの香りがふわっと広がる。
湊は思わず息を呑んだ。
(……いい匂い)
席に着くと、
店員さんが大きな皿を運んできた。
「はい、焼豚玉子飯ね〜」
湊の前に置かれたのは、
ご飯の上に分厚い焼豚がどっさり、
その上に半熟の目玉焼きが二つ。
タレが照り、
湯気が立ち上る。
「……これ、絶対うまいやつだ」
悠斗が笑う。
「湊、まずは卵つぶせ!」
ひよりがフォローする。
「タレと絡めて食べるんよ。
混ぜすぎんようにね」
すずは静かに箸を合わせた。
「……いただきます」
湊は卵をそっと割った。
黄身がとろりと流れ、
焼豚の上を滑っていく。
一口。
「……うまっ」
甘いタレ、
香ばしい焼豚、
とろける黄身、
白いご飯。
全部が一気に口の中で広がった。
ひよりが嬉しそうに笑う。
「でしょ?
今治の味なんよ、それ」
悠斗は大盛りを豪快にかき込む。
「これ毎日食えるわ!」
すずはゆっくり味わいながら言った。
「……やさしい味。
でも、強い」
加藤先生が頷く。
「今治の料理は“飾らない旨さ”があるんだよ」
湊は皿を見つめた。
(松山の鍋焼きうどんとも違う。
でも、どっちも“帰ってきた”みたいな味だ)
食後、五人は今治港へ向かった。
海沿いの道は、
潮の匂いと、
遠くで鳴る船の汽笛が混ざり合っていた。
「港町って、なんか落ち着くね」
ひよりが言う。
「分かるわ。
風が気持ちええ」
悠斗が両手を広げる。
すずは海をじっと見つめていた。
「……波がゆっくり」
湊はその横顔を見て、
胸が少しざわついた。
(すずさんは、海を“聞いてる”みたいだ)
ひよりはその視線に気づき、
胸の奥がまた少し揺れた。
(……でも、今日は旅やけん。
楽しもう)
港には、
造船所の巨大なクレーンが並んでいた。
加藤先生が説明する。
「今治は造船の街だ。
あのクレーンは“今治のシンボル”だぞ」
悠斗が感心する。
「でっか……!
あれ動くん?」
「動くよ。
船を組み立てるんよ」
ひよりが答える。
湊はスマホを構えた。
クレーンの赤い鉄骨、
青い海、
白い雲。
(松山とは違う“街の色”だ)
すずがぽつりと言った。
「……鉄の匂い、好き」
悠斗が笑う。
「すず、渋いな!」
ひよりも笑った。
「すずちゃん、意外と男前やね」
すずは少しだけ頬を赤くした。
「……ちがう」
湊はそのやり取りを見ながら、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
(旅って、こういう時間がいい)
港を歩きながら、
加藤先生が言った。
「このあとタオル美術館に行くぞ。
今治といえばタオルだからな」
ひよりが嬉しそうに手を叩く。
「やった!
あそこ、写真めっちゃ綺麗に撮れるんよ」
悠斗が言う。
「タオルで美術館って、どういうことなん?」
すずが静かに答える。
「……糸の模様が、きれい」
湊は思った。
(今治の旅、まだまだ続く)
潮風が吹き抜け、
五人は次の目的地へ歩き出した。




