最終話 ミモザ
太陽祭から数か月。季節は夏も終わりかけて、新しい季節がそこまで来ている。どこからか風に乗って、キンモクセイの甘い香りが漂ってくる今日この頃。
真っ白のタキシードに身を包んだローワンは、わざとらしく口を膨らませ、拗ねていた。
「結構、わかりやすく愛情表現していたつもりだったんだけどなぁ。かわいいとか、好きとか、勇気振り絞って言っていたのに……。誰にでも言ってると思われていたなんて、ショックだよ」
殊更に大きな声を出しているのは、パーテーション越しのミモザに聞こえるように、あえてだ。
「ロウィ、またその話。……だって仕方ないじゃない。あんなに慣れた調子で、かわいいとか好きとか言われたら、誰だって女性慣れしているんだと勘違いしちゃうもの」
毎度おなじみの話題に、ミモザは呆れたように返事をする。最初の頃こそ、申し訳なさそうにしていたミモザだったが、最近は、完全に開き直っている。
「僕は、初恋も、ハグも、キスも、全部ミモザなのに」
そう告げると、パーテーションの向こうからミモザが飛び出す。
「もうその話はしないって約束したでしょう!」
しつこい!と怒るミモザの表情と相反して、ローワンは笑みが深まっていく。
「……どうしよう、すっごくかわいい」
前後の文脈も忘れて、ローワンは呟いた。
無垢な白のドレスには、ミモザの花をイメージした黄色と緑の刺繍が細かく入っている。まるで季節外れのミモザがそこに咲いているかのように可憐なドレスだが、一番可憐なのは、そのドレスを着ているミモザその人だ。
目の前にいる最愛の人を見つめ、ローワンはつい、鼻の下を伸ばしてしまう。
――ミモザが世界で一番かわいい。
そう言いたい衝動をぐっとこらえる。言えばミモザが、きっと顔を赤くして、「からかわないで」と怒るからだ。
けれどそんな怒った姿もかわいくて、あえて怒らせてみてしまおうかなど考えてしまう。
怒っていても、笑っていても、泣いていても、ローワンには、どんなミモザも愛しくて堪らない。
けれど、できれば泣かせたくはない。自分の隣にいる限り、笑っていてほしい。
ミモザに思いを告げたあの日、太陽祭を抜け出していたローワンは大広間に戻り、そのままミモザの婚約をゲリラ発表した。
ミモザがバツイチで、しかも六つ上ということもあり、父親であるグレイス王から難色を示すかもしれないと危惧し、パーティーの終盤に発表をねじ込んだ。
既成事実さえ作ってしまえば、王も反対しないと思ったのだ。
けれど、それはまったくの杞憂だった。
むしろ、三年もの間引きこもっていた息子がやっと外に出てくれて、その上結婚相手まで見つけてくれたなんて、と大喜びしていたほどだ。
ミモザを陥れたリリア嬢と、リリア嬢に騙されていたとは言え、ミモザを傷つけたアデスにはそれ相応の罰を、と思っていたが、ミモザの反対により、二人はお咎め無しとなった。
ミモザ曰く、「リリア様とアデス様がいなければ、ロウィと出会うこともなかっただろうから。二人のおかげだわ」とのこと。
たとえその通りだとしても、大切なミモザの心に傷をつけられたことをそう簡単に許せるわけもなく、アデスには一年間、辺境の地の開拓に行ってもらうことにした。
正直、これでも甘いくらいだ。
ミモザは庭師を辞めず、今も温室の庭師として働きながら、温室の一番の役割である、医療の発展に貢献してくれている。
アレルギーや、流行り病の特効薬のために、今日も温室では様々な植物を育てている。
そして、今日。待ちに待った結婚式である。
この日を、ローワンは、十年。十年も待ち続けたのだ。
もう無理だと諦めて、腐った日もあった。
それでも今、彼女が自分の隣に居るのは、少しの勇気のおかげ。
あの時、勇気を出せたから、だからこうして今がある。きっとローワンも脱皮したのだ。
神父の話を聞きながら、ミモザがローワンを見上げて囁いた。
「ロウィ。愛しているわ。あなたは私の太陽よ」
上目遣いがあまりに可愛くて、このまま結婚式なんて辞めて、早く二人になりたくなる気持ちをぐっと堪える。
だって時間はいくらでもあるんだ。
ミモザはこれからずっと自分の隣にいるのだ。
「僕も愛してる。ミモザこそ、僕の太陽だよ」
そう言って、ローワンはミモザの唇にキスをした。永遠の愛を誓うキスを。
季節はいくつか廻り、ミモザの花が至る所に飾られている。
今日は春の収穫を祝う、太陽祭である。
祭りというだけあって、王都の道の両脇には多くの露店が並んでいる。
少女が二人、その道を歩いている。一人の少女の手には、ミモザの花が握られていた。
「ねぇ、今日、誰にミモザを贈る?」
「なにそれ?」
「知らないの? 太陽祭のジンクス!」
「ジンクス?」
そう言うと、少女はミモザの花を自慢げに見せつける。
「太陽祭の日に、ミモザの花を好きな人に贈ると、その恋は叶うんだって」
もう一人の少女は目を瞠っている。
「そうなの? 知らなかった」
「そうよ! 今日は年に一度、神様が告白の勇気をくれる日なんだから」
「じゃあ私もミモザの花を買わなくちゃ!」
そう言うと、少女は籠いっぱいにミモザの花を持っている、栗色の髪の女性に声をかけた。
「すみません。ミモザを一本くださいな。おいくらですか?」
栗色の髪の女性は、籠からミモザを一つ取り出すと、それを少女に渡した。
「差し上げるわ。その代わり、告白頑張ってね」
「ありがとう!」
少女は満面の笑みで、その場を去っていく。
栗色の髪の女性は、隣にいた銀髪の男性に話しかける。
「そんなジンクスになっているって、知ってた?」
「ふふふっ、知らなかったなあ。でもあながち嘘じゃないよね」
街一面がミモザで埋め尽くされる中、二人は笑い合ってキスをした。




