陸の5 失(な)くした場合は別問題
シリンダー錠の交換に来た男から受け取った《玄関扉取替による鍵受領書》の必要事項をボールペン字で埋め、団地二号棟一階の管理サービス事務所に持参し提出した。
部屋に戻り、手元の《鍵を交換されたお客様へ(ご注意ください)》を眺める。やっぱり、おかしい。語彙も語意も文法も、めちゃくちゃだ。
タイトルと、本文二行目の計二カ所に、《ご注意》の文言がある。タイトルの《ご注意ください》は、分からないでもない。注意するべき主体はおれら住人。同文書がいうところの《お客様》だ。
では、二行目の《ご注意》の主体はだれか。だれが《注意》するのだと、《(株)URコミュニティ/神奈川西住まいセンター/技術サポート部》は言っているのか。
《鍵を交換されましたお客様にご注意申し上げます》
尊敬語の《されました》ならびに謙譲語の《申し上げます》から検討すれば、彼らがいうところの《お客様》であるおれら住人は客体で、主体は、つまり《注意》をしているのは、彼ら《(株)URコミュニティ/神奈川西住まいセンター/技術サポート部》自身と解釈できる。そうとしか解釈できない。
ビジネス社会において取り引きの相手に対し、自らが「注意する」ことが果たして許されるか? おれの社会常識では、あるいは言語感覚では、許されない。
職場や学校の上下関係に当てはめてみよう。
部下が上司に、なにかを「注意する」ことが許されるか? そこがまともな職場なら、許されない。生徒・学生が教師に「注意する」ことが許されるか? そこがまともな教育施設なら、許されない。部活動・サークル活動ではどうか。後輩が先輩に「注意する」ことは、そこがまともな集団なら、やはり許されない。
タイトルと本文二行目で、「注意」の主体、客体が逆転している。
ビジネスの相手に、あるいは集団において上の立場の者に「注意」を求めるのは、なんと言えばいいか。答えは、タイトル《《鍵を交換されたお客様へ(ご注意ください)》に存在するではないか。
文部科学省の文化審議会が二〇〇八(平成二十)年、彼らの刹那的な利権のために義務教育課程の「国語」カリキュラムを崩壊させた対象である中学二年時に、「英語」で受動態(受け身形)を学ぶ。もちろん、すべての生徒がこの英文法を理解・習得するわけではないのは、今も昔も同じ。
そして、同じ中学二年「国語」では、助動詞「れる」の四類型も学ぶ。受け身、可能、自発、尊敬だ。こうして、中学二年の「国語」「英語」双方で並行して受動態の理解を深める。
ところが、文部科学官僚と御用学者が極めて短期間のみ、甘い汁を吸うためだけの目的で、一九九四(平成六)年度以降生まれ世代の将来を奪った。敬語を使えなくした。
そうすると、相互補完関係にあった「国語」「英語」とも瓦解する。助動詞「れる」の類型が分からない。よって、英語の受動態(受け身形)も分からない。相反する主客の立場が分からない。
波及するのは「国語」「英語」に限らない。中学三年「社会」カリキュラムにおける民法の触りである家族制度で、おじ、おばから見た自分が、おい、めいに当たるという関係が理解できない。
「注意する」のは、上の立場が下の立場に対する動作だ。もちろんビジネスの取り引き関係において、立場が上も下もない。だけど、というか、だからこそビジネスは、取り引きの相手が相互に「目上」の立場にあるという前提で言葉のやり取り、文書のやり取りをするのが、敬語の発達で主語を著しく省略する文法様式の日本語を使う社会の常識だ。
しかるに、《ご注意申し上げます》とはいったいなにごとか。相手に対し失礼とか無礼とか非常識とか以前の問題で、日本語が成立していない。
彼ら《(株)URコミュニティ/神奈川西住まいセンター/技術サポート部》が、自身を主体にしたい、つまり日本語の特徴である隠れた主語を自分側に設定したいのであれば、例えば《お願いします》とすればなんら問題ないではないか。《申し上げます》さえいらない。もちろん、《お願い申し上げます》だって構わない。
決してスマートな表現ではないが、《注進いたします》《忠告いたします》でも、失礼に当たらないし文法上、誤ってもいない。《いたします》さえいらない。
もし、どうしても《注意》のワードを使いたいのなら、主語を、それが隠れている場合を含め、相手方に変えなければならない。タイトルでは正常なのに本文中で誤っているのは、タイトルにおいてもなんら「注意」を払わず、あるいは払う能力もなくでたらめに作文したことの証左だ。
書面に記されている番号に、架電してみた。たらい回しの末、カンダと名乗る男声につながった。
敬語表現の誤りについて、カンダはまったく聴く耳を持たない。これは十分に予測できたことだ。
そして、この後に書き連ねるカンダの傍若無人ぶりから、無知を装っているのではなく、本当に敬語表現を理解していないのだと確信した。株式会社三和・店舗運営部の矢島同様、まともな高校の入試の洗礼を受けず、つまり、そのための受験勉強経験を持たぬ、社会の最下層の住人だ。なにしろ、どうやらこれまでそれでやってこられているのだから。
だから、カンダの国語力診断は早々に切り上げ、本題に移った。
「退去査定の時に鍵番号と本数が異なった場合は退去時査定の対象となり鍵一本当たり数千円のご負担うんぬんの書きぶりがありますね」
〈ありますよ〉
「これを防ぐために別紙の『玄関扉鍵取替による鍵受領書』を速やかに団地内の管理サービス事務所までご提出うんぬんとも書かれています」
〈そうですね〉
「鍵を三本、受け取りました。受領書にもそう記入して、団地管理サービス事務所に提出しました。このことをもって、負担うんぬんは免責されるということですか?」
〈メンセキ?〉
「つまり、負担しなくていいと」
〈書いてある通りです〉
「そのように読めます。そのように読みました」
〈じゃあそれでいいじゃないですか〉
「受領書を提出しておけば、そこに記入した本数を返却しなくても、負担は免れるという解釈でいいですね?」
〈なんでそうなるんですかっ!〉
「そう書いてあります。そのように読めます。もしぼくの読み方が誤っているのだとしたら、『これを防ぐ』の『これ』は、なにを指していますか?」
〈だから、書いてある通りです〉
「受領書を提出さえしていれば、鍵回りは査定を免除されるという意味に読めますよ」
〈読み方の能力の問題でしょうね〉
「つまり、ぼくの文章読解力に問題があると?」
〈リテラシー?〉
「ぼくの読解力に問題があると?」
〈そうとしか考えられません〉
「では、具体的な例を挙げて尋ねます。受領書を提出した上で、退去時には鍵三本のうち一本を紛失しており、二本しか返せなかった。このケースは査定の対象になりますか? 数千円の負担を請求されますか?」
〈紛失したケースのことなんか書いてない〉
「書いていなくても構いません。紛失して鍵の一部しか返却しなかった場合のことを教えてください」
〈紛失した場合は、別問題だ〉
「別問題で構いません。紛失した場合の問題について、回答願います」
〈そんな仮定の話には応じられない〉
「分かりました。仮定の話はやめます。ぼくは早急に退去することを今、決めました。意図的に鍵の一部を返却しません。失くしたと主張します。うそをつきます。査定はどうなりますか?」
〈うそをつくほうが悪い〉
「つまり、査定の対象になると? ということは、鍵を全数返そうが一部を抜いて返そうが、受領書の提出の有無には影響されない。受領書を出していようがおるまいが、鍵の一部を返却しなければ査定の対象になる」
〈違う〉
「どこが違いますか?」
〈紛失した場合は、別問題〉
「紛失した場合のことをお答えいただける部署なり担当の方なりに代わってください。転送できなければ、アクセス方法を教えてください」
〈答えられるのは、わたししかいない〉
「では、カンダさん。あなたがお答えください」
〈別問題だから答えられない〉
「別問題に答えていただけるのは、どこの部署のどなたですか? あるいは、どこの事業所ですか?」
〈そんなものは存在しない!〉
「一度、電話を切りましょうか? 時間を置きましょうか?」
〈そんな質問には、永久に答えられない。もういいですか? 切りますよ〉
(「陸の6 提出文書を取り返す」に続く)




