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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
参拾参 外部委託(アウトソーシング)
231/235

参拾参の4 スノークのお嬢さん

 新宿区地域振興部戸籍住民課の係長職との応酬は続く。


 管内住民に関する担当が、新宿区の場合、総合政策、総務、地域振興、文化観光産業、福祉、子ども家庭、健康、みどり土木、環境政策、都市計画の十部署のうち地域振興部に属する点で特殊だ。

 隣の渋谷区は、「区民部」が存在し、そこに「住民戸籍課」がある。マンスリーマンションへの住民票移転について尋ねたうち、文京区も、「区民部」があって「戸籍住民課」。港区は、芝、麻部、赤坂、高輪、芝浦港南の五「総合支所」ごとに、「区民課」がある。


「区の職員と、アウトソーシング先スタッフ、今回はこの『アルティウスリンク株式会社』に限って尋ねます。業務上の、あるいは、私的な交流を、禁じていますか?」

「そのようなことは、ありません」

「アウトソーシング先スタッフでは対応困難な場合、区の職員に対応をバトンタッチすることを、禁じていますか?」

「そのようなことは、ありません」

「今、ぼくが挙げたケース以外でも、両者の間のなんらかのやり取りに、なんらかの制限が存在しますか?」

「存在しません」

「アウトソーシング先で自己完結せよ、というような業務マニュアルは存在しますか?」

「ありません」

「では逆に、アウトソーシング先スタッフで対応できない場合、区の職員が対応を代わることを奨励していますか?」

「ケース・バイ・ケースです」

「ぼくがなにを聴いているか、なんのことを問題にしているか、係長、お分かりですか?」

「おっしゃっていただかないと、分かりかねます」

「電話口のアウトソーシング先従業員と思われるスタッフは、区の職員とのバトンタッチを拒みました」

「そのようなことがないよう努めます」

「このケースでは、対応を代わるべきでしたか?」

「詳細が分からないので、回答できかねます」

「係長。このことをお聴き及びでしたか?」

「そのような指摘が外部からあったということは聴いております」

「外部とは?」

「承知しておりません」


 おれがその張本人だと、係長は認識しているはずだ。


「当事者たちに聴き取りは?」

「しておりません」

「なぜ?」

「する機会がありませんでした」


 聴き取っていても、「聴き取っていない」と係長は言うだろう。


「区の職員が、アウトソーシング先従業員と思われるスタッフ…『三ポスト』プラス責任者のことと思料します…のことを知らない、という状況についてはどうですか?」

「そのような指摘が外部からあったということは聴いております」


 また「貝」を閉じだした。


「係長」

「はい」

「あなた(がた)

「…はい」


 おれは、勝負に出る。


「アウトソーシング先従業員に、自分たち区職員のことを、『職員様(しょくいんさま)』って呼ばせてるね?」


 信じられないーーといった表情で、係長の横に控える最初に出てきた女性職員が、首を左右にゆっくり数回、振る仕草を見せる。


 日本語や英語を含む世界の言語の多くで、「(エヌ)」の鼻音(びおん)は否定の意味を示すのだと、すでに書いた。同様に、世界の多くの文化圏で、首を縦に振るのは肯定、横に振るのは否定の意を表す。

 欧州文化圏では、信じられないほどうれしい場合にも、首を数回、横に振る仕草が見られる。しかし、この女性職員は、なにか「信じられないほどうれしい」場面に遭遇して首を振ったのではあるまい。


 スウェーデン系フィンランド人の画家で小説家、トーベ・ヤンソン(一九一四-二〇〇一)の『ムーミン』シリーズに登場する青年「スノーク」の妹には、原作では名前が付いておらず、例えば小説の日本語翻訳版では「スノークのお(じょう)さん」と呼ばれている。

 一九六九(昭和四十四)-七〇(同四十五)年と七二(同四十七)年の二回、フジテレビがアニメーション化した際、「ノンノン」という名が与えられたが、世界の言語で否定的な意味合いを伴うこの命名に、ヤンソン側は強く反発。一九九〇(平成二)-九一(同三)年のテレビ東京版は、ドイツ語で「お嬢さん」を表す音に近い「フローレン」で製作した。

「ノンノン」と聴くとおれは、英語圏の連中が、人差し指を立て手首を軸に、車フロントガラスのワイパーのように左右に振る仕草をイメージする。「そうじゃないよ」「駄目だよ」というような否定的な意味合いだ。

 女性職員の仕草からも、同じような否定の感情を、おれは読み取った。


「それが事実だとしたらーー」


 係長は、表情を変えない。ノンノンの仕草も見せない。


「ーー非常に問題があると捉えます」

「仮定でしか、仮定の話としてでしか、回答できませんか?」


 できなければ、「三ポスト」とは別の責任者らしい四人目のヤマウチがそう言っているのだと、取材では「禁じ手」の告げ口めいた話を持ち出すつもりでいた。


「そのような実態があると、承知しております」


 係長は、あるいは係長本人でなくてもそれなりの管理職が、当事者らから聴き取っているのだ。録音素材を聴いてもいるかもしれない。


「係長」

「はい」

「アウトソーシング先従業員がなぜあなた方を『職員様』と呼んではいけないか、なぜあなた方はそう呼ばせてはいけないか、係長たちは重々ご承知のことでしょうから、ここではぼくは、言いません」

「……」

「あなた方が、あなた方の職域の中で、お互いをどう呼ぼうが呼ばせようが、それは勝手です。自由です。『ご主人様』とでも『お嬢様』とでも、好きに呼んで盛り上がればいいでしょう。楽しめばいいでしょう」

「……」

「ですが、それを、ぼくら…区民であってもそうでなくてもですよ、外部の人間に聴かせてはならない。その呼称を強制しても、その呼称に同調させてもならない。電話を『代わっていただけない』も同じですよ」

「……」

「分かっていただけますか?」

「ごもっともなお話で、返す言葉もありません」

「挑発なのかな、とも思ったし、今も思ってるんですよ。ぼくを試そうという。あるいは、怒らせようという策略かも、とか」

「そのようなことは、決してありません」


 やはり、係長は問題の根幹を把握している。当事者から詳しく聴き取っている。


 A4判三十四面にわたる、アルティウスリンク株式会社との契約関係にまつわる文書写し(コピー)を受け取って、おれは区役所庁舎を後にした。


 庁舎近くのカフェに寄って、受け取った文書を一枚一枚確認しながら、スマートフォンで「アルティウスリンク」の社名を検索した。

 携帯電話会社KDDI子会社「KDDIエボルバ」と、コールセンターを展開する「りらいあコミュニケーションズ」が合併し前の年の九月に設立された会社と分かり、おれは(ほぞ)を噛んだ。知っていれば、「きちんとした、ちゃんとした住所」問題までさかのぼり蒸し返し、区役所をもっと強く攻めた。厳しく取材した。

 新宿区西新宿二丁目(当時)のアルティウスリンク本社を、新たな照準に定めた。

 しかし、後述する事情で、おれはこの関連の継続取材を断念することになる。


(「参拾参の5 シキンの資に、シキンの金」に続く)

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