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参拾弐の8 しっかり反省してください

 詐欺罪の法定刑は刑法(第二四六条)で「十年以下の懲役(現・拘禁)」とされており、量刑の幅が広い。無銭飲食や無賃乗車もこの罪が該当し、この条文で処罰される。

 新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例である雇用調整助成金(雇調金(こちょうきん))を国から五億円以上だまし取ったとして起訴されている一味、四被告人のうち、中国出身会社経営者、文強(ぶんきょう)に対する横浜地方裁判所(ちさい)で開かれた公判で、横浜地方検察庁(ちけん)検事が求刑した懲役八年は法定刑の上限に近い。


 判決公判が期日指定される二〇二四(令和六)年六月二十一日、おれはいつものようにバスと電車を乗り継ぎ、庁舎の扉が開く午前八時半、横浜地裁に到着した。午前中、性犯罪や強要罪など、継続して取材をしておらず事件の概要が把握できていない公判をぼんやり傍聴し、午後からの文強の公判に備える。


 午後一時十分の開廷に間に合わせ、庁舎四階の四〇二号法廷に入る。傍聴席には、マニアらしき数人と、暇を持て余して涼むのが目的としか考えられない高齢男性が数人。


 午後零時五十九分、法廷通訳人の壮年女性が入廷する。

 同一時三分、ツーブロック・ヘアーの男性弁護人弁護士が、スーツ姿にブルーのネクタイで入廷する。

 同五分、黒っぽい風呂敷包みを抱え、男性検事が入廷。

 同六分、前回公判で証人尋問に挑んだ、文強の内縁の妻と、その姉らしい女性二人組が傍聴席に入ってくる。同伴らしい男二人と合わせて四人連れだ。

 同八分、男性刑務官二人に連行され、グレー上下の文強が姿を現した。


 一時十分ちょうどに判事、世森ユキコ(一九七六-)が法壇奥の扉から黒い法服姿で現れた。


「ご起立願います」


 書記官の発声で傍聴人も含め立ち上がり、礼をする。おれはいつものように、頭を下げるふりだけでそのまま着席。


「それでは開廷します。被告人は証言台の前へ」


 判事に促され、文強が立ち上がり証言台の前に立つ。


「主文ーー」


 判事の声が法廷に響き渡る。


「ーー被告人を、懲役六年に処する。未決勾留日数中二百九十日を、刑に算入する。主文は以上の通りです。以下、判決理由を述べます。被告人は席に座って聴いてください」


 通訳人が中国語に通訳する前に、文強はいすに腰掛けた。


「判決理由を述べます。被告人は、橋本(はしもと)××、野村(のむら)××、上野(うえの)××と共謀の上、十回にわたり内容虚偽の雇調金受給申請をして、五億一千百五十万円を国から詐取したものである。コロナに苦しむ事業者と従業員を迅速に救済するための制度を悪用し、役割り分担をして継続的に犯行を繰り返し、被害は同種事案の中でも多額。共犯者が主導する犯行を持ち掛けられ、途中から関与に消極的な態度に移り変わるなどの事情が見られるものの、求められるがままに詐取金の分配に当たり、自身が得たのみでも四千万円に上り、刑事責任は重いを言わざるを得ない。一方、犯行に対する改悛(かいしゅん)の情も見られ、一部を被害弁償している。以上が判決の理由です」


 そこまで手元の資料を読み上げ、判事は顔を上げ、正面の文強に視線を向ける。


「有罪ですから、控訴できます。控訴をするには、東京高等裁判所(こうとうさいばんしょ)宛ての控訴趣意書を十四日以内に、本裁判所に提出してください。


 通常なら、ここで閉廷する。しかし、判事、世森はこう付け加えた。


「しっかり反省してください」


 最後のコメントは、控訴をするなという脅しのようにも聴こえる。控訴をしても無駄だという忠告だとも思える。

 前回の論告求刑で横浜地検検事が「八年」と繰り返し「実刑」とあえて付け加えたのと同じように、日本の法慣行に疎いという文強に対する強いメッセージなのかもしれない。

 また、「同種事案の中でも多額」と判事、世森が述べる通り、全国でコロナの特例に伴う雇用調整助成金詐欺が多数、立件されている。これらの別事件の関係者は、文強ら一味と横のつながりはあるまい。しかし、裁判所としてすべての事件に厳しい姿勢で臨むのだという意思表示のように感じる。


「六年って…六年って…」

「二週間以内に控訴しないと」


 前回公判での検事による論告求刑時同様、文強の中国籍のままの内縁の妻ら姉妹は、判決宣告時から動揺していた。

 閉廷し、刑務官に連行される文強が法廷の内部廊下につながる扉から姿を消すと、姉妹は柵を越え傍聴席に戻った弁護人弁護士に駆け寄る。

 口調、仕草ともより激しく動揺しているのは、内縁の妻の方だ。比較的落ち着いている姉とみられる女性は、控訴手続きのいうワードを発し、弁護士に詰め寄る。


 法廷では、別の事件の公判が引き続き予定されている。


「うん、いや。まあ、まあ…」


 ツーブロック・ヘアーの男性弁護士は頼りがいのなさそうな生返事をしながら、姉妹を前回と同じ待合室に連れて行った。


 流ちょうな日本語の、姉とみられる女性発言によれば、判決を不服として文強に強く控訴を勧めるのは確実だ。


 文強は逮捕され身柄を拘束された時点より一年経つから、そのうちの一部である二百九十日を刑に算入すると、判事は宣告した。それでも引き算で、収監は五年。仮釈放の制度が適用されるとしても、この判決が確定すればそこから四年以上はシャバに戻れまい。

 おれが事件記者の仕事を始めたころにはすでに、全国の刑事施設の接見(面会)室の囚人との仕切りは、かつてそうだったという金網から、透明アクリル板に変わっていた。二〇二一(令和三)年に生まれたという実子と、父親の文強は収監中は、肌を触れ合わせることもできない。

 まだまだ東京高裁での控訴審が続くだろうから、おれはこの日も、姉妹とも弁護人弁護士とも接触を避けた。


 帰宅して、神奈川県警青葉署留置施設で同室だった、夭逝した美しい女性シンガーソングライターと内縁関係にあったと主張する、文強とは共犯関係に当たる野村に、身柄を勾留されており一度接見に赴いた横浜拘置支所宛てで二通目の手紙を書き、翌日投函した。


《 二〇二四年六月二十二日

野村××殿

  〒二二七-〇〇三六

  横浜市青葉区奈良町二九一三-二

  森史×


拝啓 一年のうち昼の時間が最も長い夏至(げし)である昨日、関東・近畿地方などは梅雨入りしたとみられると、気象庁が発表しました。

 同じ日、貴殿がかかわったとされる事件関係者のうちの一人に対する判決公判が、横浜地裁でありました。

 懲役八年の求刑に対し女性判事は、懲役六年の実刑と、未決勾留日数中二百九十日の刑への算入を言い渡しました。

 判決理由で判事は、「共犯者が主導する犯行を持ち掛けられたもので、途中から消極的な態度に移り変わるなどの事情が見られるものの、刑事責任は重い」と断じました。

 前回公判で情状証人として出廷した内縁の妻を名乗る女性はこの日も、親族と見られるほか三人の関係者とともに傍聴していて、判決言い渡し後、法廷の外で、弁護人弁護士と、高裁への控訴手続きについて話し合っているようでした。

 以下、○○さんに関する件を述べます。

【略】

 歌詞の一部を抜粋します。

【略】

 この曲で歌われる「あなた」とは、だれのことなのか。貴殿は、曲から自分に都合よく勝手に当てはめただけなのか。分かりません。

 今年二月、東京都××区××にある彼女のマネジメント事務所を訪れました。貴殿と彼女の関わりについて全否定されたのは、先日そちらでの面会の際にお話しした通りです。

 しかし、事務所側の言い分にも不自然さが残ります。ここでは詳細を省きます。

 また、それ以降現在に至るまで、期日の取り消しなどで延び延びになり、貴殿の公判が開かれたのは、四月二十五日のみです。この日の早朝、事務所担当者から当方の携帯電話に受信がありました。先方は「××××××××××××」と恐縮するのですが、当方の動き(貴殿の公判を傍聴するか否かなど)を探ろうとしたのではないかと勘繰ってしまいます。

 このように、貴殿と彼女をめぐっては、依然として不可解なことばかりです。またお便りいたします。

  敬具》


(「参拾弐の9 ポニーテールはふり向かない」に続く)

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