参拾弐の6 帰国すれば捕まる
「お金が入った後のことを聴きます。華誠にまず、一億五千万円が入金されましたね?」
「はい」
「入金を確認しましたね?」
「はい」
新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例である雇用調整助成金を国から憶単位でだまし取ったとして詐欺罪などで起訴されている一味、四被告人のうちの一人、中国出身の会社経営者、文強に対する横浜地方裁判所での公判で、弁護人弁護士による、通訳人を介しての被告人質問が続く。
「どう思いましたか?」
「電話をしました。どういうお金なのかと」
「誰に電話を?」
「橋本です」
「なんと言われましたか?」
「前回、話した助成金だと」
「受け取って大丈夫なのか、心配にはなりませんでしたか?」
「なりました。だからそう話しましたが、彼は、大丈夫だと言いました」
「その後も、常識では考えられない額のお金が入ってますね」
「はい」
「それでも、大丈夫という説明を信じたんですか?」
「信じられなくなりました」
「それで、どうしましたか?」
「彼は、大丈夫だと。上野がやるから心配ない、と。上野は国家公務員だかたら、全責任は上野にある、と」
「そのようにして、彼らによって申請を続けられた?」
「はい」
「振り込まれたお金はその後、どう分配しましたか?」
「分配の話はなく、彼の受け取り分、税金の支払い、わたしの取り分と」
「彼というのは橋本のことで、橋本から、『この口座にいくら(入金しろ)』という指示があったということですか?」
「はい」
「現金で渡したこともありますか?」
「はい」
「銀行で(お金を)下ろせなかったことがありますか?」
「はい」
「下ろせず、どうしましたか?」
「(橋本に)電話をしたら、銀行には『(従業員の)給料として払うのだ』と言え、と」
「橋本から言われたんですね?」
「はい」
「あなたはいくら受け取りましたか?」
「三千万から四千万円」
「どこにいくら払いましたか?」
「税金に数千万円。区役所にも払いましたが、覚えていません」
「橋本たちには?」
「基本的に彼の指示通りに振り込んで、残ったお金をいろいろな支払いに当てました」
「三千万から四千万円プラス税金以外は、橋本に支払った?」
「はい」
「現金で支払ったこともあり、なぜ(金融機関経由での入金と)両方あるのですか?」
「彼(橋本)の指示通りに税金を払うなどしたので、よく分かりません」
「もらったお金の額について、どう思いますか?」
「なにもやらずにこれだけのお金をもらえたら十分だと」
「自分が受け取るのはおかしいと、分かっていたのではありませんか?」
「はい。そう思いました。これ以上、申請すると、警察に通報するぞ、と言いました」
「最終的に申請はどうなりましたか?」
「けんかして、通報するぞと言ったら、やめになりました」
「あなたが『やめよう』と言って、申請は終わったんですね」
「はい」
「事件後、海外に行きましたね」
「はい」
「どこに行きましたか? なにをするためですか?」
「イギリスから、フランスへ。店を開こうと」
「なぜ海外へ行ったのですか?」
「本件は、問題があると思いました。問題になると思いました」
「逃げ出したいという気持ちは?」
「ちょっとだけ、そういう考えもありました」
「なぜ、日本に帰ろうと思ったんですか?」
「子どもがいることと、外国のビザも続けられず(更新できず)にです」
「日本に帰れば捕まると、分かっていましたか?」
「はい。分かっていました」
「やってしまったことについて、どう思っていますか?」
「もらってはいけないお金は、もらってはいけない」
「なぜこんな事件に関わったのですか?」
「彼ら(共犯者の三被告人)に、申請は大丈夫だと言われて。わたしには分かりません」
「どうすればよかったと思いますか?」
「自分も、本当は欲張っている。それはいけないことだと」
「誘いを断らなければならなかったのではありませんか?」
「はい」
「労働局から、『話を聴かせろ』と言われましたね?」
「はい」
「不正受給の説明をして、書類を作った?」
「はい」
「お金を返さなければならないという決定を受けているが、返しましたか?」
「一部は返しました」
「いくら返した?」
「一千万円」
「その額では足りないが、今後、返すつもりは?」
「あります」
「どういうふうにして返していく?」
「自分の財産をはたいて、それに当てます」
「資産は、不動産がありますね?」
「はい」
「受給前に購入したものですか?」
「はい」
「奥さんや子どもさんに対して、どう思いますか?」
「申し訳ないと」
「ほかに考えていることはなにかありますか?」
「なにごとをするにも、きちんと調べてからやります」
「今回、刑務所に入ることになったら、二度目ですね?」
「はい」
被告人質問の冒頭、弁護士は文強の前科での収監について言葉を濁し、撤回した。
一度、撤回したはずのワードを、自ら復活させた。
「これが最後だと、約束できますか?」
「はい」
「終わります」
なるほど、収監の経歴は、質問の最後に温存しておくことにしたのだ。
検事による反対尋問に移る。
「駐車場で上野、野村を紹介されたというのは、令和二(二〇二〇)年五月か六月ごろということですか?」
「はい」
「これより前に、橋本に『申請しないで』と言ったことは?」
「あります」
「いつのこと?」
「だいたい同じころ。よく分かりません」
「警察、検察から聴かれて、どう話したか覚えていませんか?」
「よく分かりません」
「警察、検察で、うその説明をしたことは?」
「ありません」
「橋本から、『もうけ話がある』と言われたのは、令和二(二〇二〇)年四月ごろと、(警察と検察では)言っていますが?」
「たぶん、そう。だいたい」
「その時の橋本とのやり取りで、橋本からなんと言われて、『わたしの会社で申請しないで』と言ったのですか?」
「彼(橋本)が、『仕事があるので名簿二百人分を用意してほしい』と言ってきて、彼は、『これで助成金が下りる』と」
「それ(わたしの会社で申請しないで、と言ったこと)に対し橋本はなんと?」
「『大丈夫だ』と彼は言いました」
「橋本から、『これだけの人数でもうかる』と言われた?」
「はい」
「(わたしの会社で申請しないで、と言ったのは)『大丈夫だ』と言われたのと同じやり取りの中ですか?」
「はい」
「報酬について、事前に橋本との間で話はなかったのですか?」
「ありません」
「どれくらい、もらえるという認識がありましたか?」
「彼は数千万円と言っていたけど、分かりません」
「『彼』とは、橋本のことですか?」
「はい」
「報酬額について、高いとか低いとかいう話は?」
「していません」
「なぜしなかったのですか?」
「彼(橋本)から、『あなたは数千万円』と言われ、自分としては十分な額でした」
「報酬は、買い物にも使いましたか?」
「はい」
「なにを買った?」
「買ったというより、食べたり、遊んだり」
「終わります」
検事はそう言って反対尋問を終え、着席した。
(「参拾弐の7 動揺する姉妹」に続く)




