参拾壱の7 ファインディング・ニモ
Gさんは、人捜しの名人だ。
新聞記者としておれがそのエリアに赴任し、県警記者クラブに籍を置いた際、別の報道機関支局員のGさんは、それと入れ替わるように県庁の担当になって県庁記者クラブに異動したから、濃い付き合いはしていない。
そんな事情もあって、砕けた「ちゃん」ではなく、お互いに相手を「さん」の敬称で呼んだ。年齢はおれより若いはず。
人捜し名人、Gさんの神業に、おれはすぐに接することができた。
県庁所在地に近いエリアで、女子中学生の行方が分からなくなった。家族が地元署に捜索願い(現・行方不明者届け)を出し、なんら手掛かりがつかめないまま数日が過ぎ、事件・事故に巻き込まれている可能性が否定できないとして、県警は公開手配に踏み切る。
その間、女子中学生の失踪を県警記者クラブ員のおれたちは覚知していたが、県庁担当のGさんの耳には入っていなかったらしい。
県警が発表して数時間後、「見つかった。報道をやめてくれ。止めてくれ」と広報室長が言いだした。公開手配だと名前や県警が配布した家族提供の写真が新聞に載ってしまう、テレビに出てしまうから、良くない個人情報の拡散に歯止めがかからなくなる。
「どこにいたんですか?」
おれたちの追及に、警視の階級の広報室長はしどろもどろ。郊外の書店で保護したという。
「書店側が保護して通報したんですか? その女子中学生に捜索願いが出てるって、書店側はどうやって知り得たんですか?」
どこの会社もまだ報道に至っていない。
広報室長は、やはりしどろもどろ。
「Gさんなんです」
Gさんの後輩に当たる新人記者がこっそり種明かしをしてくれた。
「公開手配の報道発表文と写真を見て、車を走らせて、書店にいるGさんからぼくの携帯に電話がありました。それらしい少女を捕まえたって。本人かどうか確認したい、警察にはまだ言うなって」
新人記者は新人記者ゆえ、自社の内部事情を秘匿する術を知らない。
そして、これは彼に限ったことではないのだが、ビジネス上ではマナー違反とされる、自社同僚を三人称で表現する際の「さん」呼称が、全国の記者クラブでは平然と行われている。本来なら自社同僚は呼び捨てなければならない。
人員の限られた地方の取材拠点だから、なにか大きな事件があれば、担当記者でなくてもヘルプに入る。県警記者クラブ員のおれが、県庁や市役所の記者クラブに出向くこともよくあった。
サツ回りを離れたばかりのGさんにとって、県警はつい先ほどまで耕していた畑のようなもの。勝手知ったる事件取材だ。
俳優、渥美清(一九二八-九六)の当たり役となったテレビ、映画『男はつらいよ』シリーズで、渥美演じる車寅次郎は、自他ともに「フーテンの寅」と称する。
フーテンとは「瘋癲」のことで、精神疾患や、それを理由に定職に就かずぶらぶらしている状態またはそういう人を指した。広告業界が皮切りのマルチ・クリエイター、中島らも(一九五二―二〇〇四)が、若いころフーテンのような暮らしをしていたと自他ともに認めている。
おれの幼少期にフジテレビ発で放映されたSFアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』(一九七二-七四)でも、登場するヒーロー、ヒロインは、大鷲の健、コンドルのジョー、白鳥のジュン、燕の甚平、みみずくの竜と、その人物を形容し、あるいは修飾するための枕詞のようなニックネームが、本名の前に付く。いずれも鳥と結びつく。
万人に姓や屋号がなかった時代、これら枕詞のようなニックネームは、個人の識別のため、さらに、個人の性質や能力を示すために有益だったと考えられる。
TBS発時代劇『水戸黄門』シリーズで中谷一郎(一九三〇-二〇〇四)が演じた「風車の弥七」、高橋元太郎(一九四一-)の「うっかり八兵衛」はその典型だ。
「人捜しのGさん」の仕事を、思わぬ方面から聴き出すことができた。
地元大学キャンパス内でちょっと厄介な刑事事件が発生。学生や指導教官など複数の事件関係者の名簿を、おれたち報道機関は独自に収集しなければならない。
事件関係者の女子学生が、学友にこう話したという。
「ナンパされちゃった!」
女子学生を「ナンパ」したのは、Gさんだ。Gさんは大学構内に潜り込み、学生が集まるあちこちのエリアで、大声を張り上げたのだという。
「□っ□□っ□さ~ん!」
□□□□さんはすぐにGさんから、Gさんが勤務する報道機関から割られた。キャンパス内で自分の名前を連呼するGさんの口を、彼女はふさがなければならない。はい、わたしですと名乗らなければならない。
この事件は、後味の悪い結末を迎える。Gさんが名前から本人を特定した□□□□さんは、発生の四カ月後、キャンパス内で自殺してしまう。それまで任意の聴取を何度も警察から受けていた。
「なぜ死なせたんですかっ! なぜ身柄を獲らなかったんですかっ!」
捜査一課筆頭管理官に、Gさんとは別の大手紙の若い記者が嚙みつく。
「うちらが死なせたんじゃない。死なせたのは、あんたらだ。分かってるだろ? 自覚があるから、そうむきになるんだろ?」
彼女を含む大学関係者に対するおれたちの取材攻勢は、後になって顧みれば、行き過ぎと受け止められても仕方がないやり口だった。
被疑者死亡のまま書類送検、という定石を、県警は踏まなかった。事件は未解決。迷宮入りだ。
彼女を容疑者つまり被疑者に仕立て上げることは、捜査機関にとってなんら難しくない。「死人に口なし」だから、自殺した彼女にすべてを背負わせることも容易。
しかし、そうすると、大手紙の若い記者が噛みついた通り、刑事訴訟法で定められる勾留期限内に「落とす」ことができない、その自信がない、それだけの証拠を収集できていない、固められていない捜査機関が、逮捕つまり身柄拘束に踏み切れなかった、機能不全だったと世間に対し認めてしまうことになる。
それでは、彼女の自殺は、Gさんに原因があるのか。
あるともないとも言える。Gさんが「ナンパ」しなくてもおれたちは彼女を特定し取材攻勢を掛けただろうし、Gさんの「ナンパ」より先に特定した社だって、記者だってあったかもしれない。
それから何年も経って、Gさんもおれもその任地を離れ、おれは「新聞記者」の肩書きも「会社員」の身分も捨てた後のことだ。
かつて記者クラブ員として取材していた、勝手知ったる東京・霞が関の厚生労働省(旧・厚生省)庁舎九階にある広報室で、室長補佐と世間話をしていた。幹部が自身の執務席の横に折り畳み式のパイプいすを開いて、そこに記者を座らせ相手をしてくれる、よくある構図だ。
それと同じ「よくある構図」で、別の幹部職員が、記者クラブ員であろうおれより若い男となにやら話し込んでいる。男はちらちらおれの方を見る。懐かしいGさんだ。
Gさんの方が、先に席を立った。パイプいすを閉じ、広報室とつながる隣の記者クラブに向かっていった。
「今の男性」
「うん」
「○○社の記者ですよね?」
「どうかな」
「面識があるんです」
「そうかな」
記者クラブ員の個人情報にかかわることだからであろう、おれの相手をしていた室長補佐は、イエスともノーとも言わない。おれも、室長補佐に対しそれ以上、追及しなかった。Gさんの名前も、どこで面識があるのかも言っていない。
室長補佐との密談を終え、庁舎建物を出る前に、携帯電話のインデックス機能をスクロールした。Gさんの携帯電話番号はまだ温存されている。
携帯電話がつながらなかったら、あきらめよう。記者クラブや勤務先会社にまで電話をするのはよそう。
そう考えていたが、Gさんはすぐに電話に出た。
〈森さん、申し訳ありません。森さんがここの広報室にいらっしゃるなんて、想像もできませんでした。ぼくが先に声を掛けるべきでした〉
確かに記者クラブ員でなければ入っていけないエリアで、おれは室長補佐と話し込んでいた。
最後の〈ぼくが先に声を掛けるべきでした〉は、人捜しが得意だという自負がGさんにまだあるという表明かもしれないし、逆に、その能力を失ってしまったことの吐露かもしれない。
(「参拾壱の8 霊媒師のパラドックス」に続く)




