参拾壱の4 スタジオの温度を上げる
神奈川県警青葉署司法警察員、ピロシキ田中による、おれに対する威力業務妨害被疑事件の二〇二三(令和五)年六月一日付け「実況見分調書」の中身は、おおむねこうだ。
《日時/令和5年6月1日午前8時30分から8時50分まで》
《場所、身体又は物/横浜市青葉区奈良町1670番地224株式会社スーパー三和奈良北店及びその付近一帯》
《目的/本件犯行の状況を明らかにし、証拠を保全するため》
《立会人〔住居、職業、氏名、年齢〕/穂積恵美 53歳》
《実況見分の経過》
《現場の位置/現場は成瀬台北公園から北方へ図測145メートル、市立奈良小学校から西方へ図測320メートルの地点に位置する》
《現場付近の状況/現場付近は、閑静な住宅街となっている。
現場北側は道路を隔てコンビニエンスストア、現場東側は一般住宅、現場西側は道路を隔てて一般住宅、現場西側はUR都市機構の管理する奈良北団地となっている》
ピロシキ田中調書ではこのように、《現場西側》が二回続くが、一つ目は《現場南側》のミスと読める。
《現場の状況/現場は、鉄筋造2階建てのスーパーマーケットである。
同所は、1階部分が店舗で2階部分が屋上駐車場となっている。
店舗内北側にはレジカウンターが設置され、同レジカウンターは東側から西側にかけて1番レジから4番レジまで並んでいる。
店舗一階東側及び南側、西側は青果品や精肉等が多数陳列され販売されている》
調書は国際標準のA4版縦置き横書きで、数字はことごとく1、2、3のアラビア式記述だが、ピロシキ田中のミスかつそのミスを誰も訂正しなかったであろう、《店舗一階》と漢数字を使う個所がある。
また、《見取り図》《見取図》など送り仮名の不統一も散見される
《立会人は、前記レジカウンターの3番レジと4番レジの間を指示し、「ここで犯人が買い物カゴを払い落とした。」と説明したことから同所の位置を現場の見取り図にⓍ₁と図示した。
更に立会人は、3番レジの北西部を指示し「ここにいた犯人が3番レジを蹴りました。」と説明したことから同所の位置を現場の見取り図にⓍ₂と図示した》
《参考事項/見分時の天候は晴れ》
《現場付近の見取図/別紙1記載のとおり》
《現場の見取図/別紙2及び別紙3記載のとおり》
《別紙1》は、ゼンリンの住宅地図をウェブからプリントアウトしたものに、ピロシキ田中の筆跡で、《株式会社スーパー三和奈良北店》《成瀬台北公園》《市立奈良小学校》の場所が、矢印で指され書き込まれている。
《別紙2》は、三和側が提供したと考えられる店舗の見取り図。縁起が悪いとされる、四方形ではない複雑な「不整形」の土地に建つ複雑な「不整形」の建造物と分かる。
《別紙3》は、ピロシキ田中の筆跡による、《冷凍食品売り場》《サッカー台》《4番レジ》《3番レジ》《2番レジ》《至出入口》の位置関係を示す図。
三週間弱後の二〇二三(令和五)年六月十九日付け穂積恵美供述、ピロシキ田中作成司法警察員面前調書に添付された、《供述人が任意に作成した「犯人との位置関係」と題する図面》は、ピロシキ田中作成のこの《別紙3》をトレースしたと分かる。
二〇二三(令和五)年六月一日付け実況見分調書に、入手時は気づかなかった、警部補グランパ石場による、橋谷田裕樹署長(当時)宛ての同日付け《捜査報告書》三通が挟まれており、添付写真はすべてグランパ石場が撮影したと分かる。
《当署において認知した、スーパー三和奈良北店における威力業務妨害被疑事件につき、本件の発生現場を写真撮影したので、下記のとおり報告する》
《当署において認知した、スーパー三和奈良北店における威力業務妨害被疑事件につき、本件の被害状況を再現した経過については、下記のとおりであるから報告する/立会人/本件発生時被疑者の対応をした店舗従業員である穂積恵美/53歳/本件の被害状況について明らかにすべく、上記立会人の立会いの下、その説明に基づいて再現を実施することとしたものであるが、実施に際し、本件被疑者を当署司法警察員田中××に仮定し、本再現を実施することとしたものである》
《当署において認知した、スーパー三和奈良北店における威力業務妨害被疑事件につき、本件犯行に関する物件を写真撮影したので、下記のとおり報告する/本件被疑者については、現場店舗内において買い物かごを払い落とした上レジ台を足蹴にして、威力を用いて業務を妨害したものであるが、本件犯行に関する前記買い物かご及びレジ台についてその外観や形状等を明らかにすべく、それぞれの物件について写真撮影することにした》
捜査や司法に縁の薄い人たちがよく言う「現場検証」の多くは、「実況見分」だ。前者は裁判所の令状に基づき強制的に行う。テレビのニュース番組でもよく混同されている。
現場検証でも実況見分でも、事件関係者を立ち会わせ、写真撮影する場合、必要に応じ立ち会った関係者にその被写体を指で示させる。関係者には、特段の事情がなければ後ろを向かせる。顔貌が映り込まないための配慮だ。
もちろん、カメラを向いてもらわなければ撮れないショットも多くある。警部補グランパ石場、巡査長ピロシキ田中による実況見分でグランパ石場が撮影した写真もそうだ。ピロシキ田中を後ろ姿のおれに見立て、穂積恵美に正面を向かせるカットもある。
しかし、この日の実況見分の画像は極めて不自然。表情の見えるカットのほとんどすべてで、穂積恵美が笑っている。
失笑恐怖症といった病的な原因とは考えにくい。節分の日におれと対峙した際は、一切、笑っていない。その一部始終を捉えた店舗設置防犯カメラによる動画でも、笑っていない。しかし、実況見分調書に添付されている写真で穂積恵美は、強弱さまざまなバリエーションの笑顔を見せる。
「スタジオの空気を温める」という日常的な作業が、テレビ放送など映像業界にはある。生の報道、情報バラエティー番組では特に重要で、フロアディレクターの手腕が試される。ジョークを言ったり見せたりで、出演者を和ませる。そうしないと、本番で声が出ない。顔がこわばる。動きがぎこちなくなる。
しかし、これは諸刃の剣だ。温め過ぎると、悲惨なニュースを明るい口調と表情で伝えてしまう。また、タイミングを誤ると、映っていないはずの場面で、あるいは映っていないはずの出演者が、場違いに爆笑していることもある。映像だけでなく、マイクの消音ミスもよくある。
誤った「温め」方による放送事故まがいはディレクターなど製作者サイドが原因のことが多いが、出演者が作出することもある。たいがいは、製作サイドのヒューマンエラーやシステム上の不具合と併発して起こる。
グランパ石場、ピロシキ田中がスーパー三和奈良北店を実況見分した前日の二〇二三(令和五)年五月三十一日朝、生放送された「テレビ朝日」発の情報番組で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が発射したとみられるミサイルに注意を喚起。放送を中継する系列局「名古屋テレビ放送」のローカルCM入りが、システム不調で遅れた。
それに気づかないキー局「テレビ朝日」アナウンサー、坪井直樹(一九六九-)は、スタジオを温めるいつものやり口だったのだろう、こんなことをぼやく。
〈あ~、あしただと思ってたな。なんだよ~〉
「名古屋テレビ放送」の中継は「テレビ朝日」のスタジオとつながったまま。放送エリアの愛知、岐阜、三重の三県に、坪井の不謹慎なジョークが流れた。
実況見分に当たり警部補グランパ石場、巡査長ピロシキ田中は、開店前で客のいない店内を、撮影のため「温める」必要があったのか。
そうではないだろう。
穂積恵美本人が、本物の「刑事さん」に聴取され、うれしくてしょうがないのだ。おれを陥れることが、楽しくてしょうがないのだ。
そして、検察が端緒だからこの事件への思い入れの薄いグランパ石場、ピロシキ田中は、穂積恵美の場違いな微笑み、大笑い、爆笑を、やめさせない。微笑み、大笑い、爆笑のまま写真撮影し、調書に添付する。
自分たちの事件という認識がない、事件に対する愛着も執着もないから、検察がどう取り扱おうが、知ったことではない。被疑者であるおれに、場違いな写真を含む調書など一連の証拠物件が漏えいしても、大して困らない。
(「参拾壱の5 もとの十九にしておくれ」に続く)




