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参拾壱の3 強行犯係じゃないのかも

「うん。古賀(こが)さんだろ? 青葉署の」


 前年八月、威力業務妨害容疑で通常逮捕された神奈川県警青葉署の取調室で、おれのDNAを採取するため棒付きキャンディーのような樹脂をおれになめさせた巡査長、ガコ古賀だ。なめさせながら、小中学校の理科の授業でフナの解剖もカエルの解剖もやらなかった、教科書にも載っていなかったと話していた。

 釈放後、中学理科のカリキュラムを文部科学省の公式サイトで確認したら、令和の現在も単元として載っていることが分かった。

 横浜地方検察庁(ちけん)に護送され、アクセサリーじゃらじゃらの検事、鈴木陽子(すずきようこ)の聴取を受け青葉署に戻るマイクロバスの中で卒倒したらしくその間の記憶がない中で、意識が回復し青葉署庁舎内を、手錠でつながれたまま仰向け状態で床を署員らに引きずられ留置施設に連れて行かれる際、病院の出術台を照らす無影灯のような庁舎内天井の照明を背に受け、運ばれるおれをのぞき込んでいた署員のうちの一人だ。

 その時も、今回と同じような色調の作業服状ユニフォームを着用していた。


「なにさんでした?」


 いら立ったような口調の古賀は、表情が曇る、というか、激しくゆがむ。眉間に深くしわが寄る。


「モリ」

「あっ。森史×さんっ」


 姓の読みを言っただけで、ガコ古賀はおれのフルネームを思い出した。すらすら口走る。

 疑念が解けたせいか、ガコ古賀の表情が明るくなる。


「ここ、多いんだよね。飛び降りがさ。自殺がさ。既遂だろ?」


 シートがかぶさっているなにかを、片手を軽く握った親指で指した。顎をしゃくって示すような礼を欠いたことは、ご遺体(ホトケさん)に対してはできない。

 未遂で助かる可能性があるのであれば、市消防局の救急車が出場して搬送しているはず。もっと手厚く扱っているはず。


「とにかくですねえ、森さん」

「うん」

「買い物ですか。買い物はもう、終わったんでしょ?」

「うん。買いたい物は買った」

「ご自宅に、部屋に引き上げていただけませんか?」

「ぼくがここにいると、同じような野次馬が集まってくると?」

「そうです。そうなんです」


 野次馬が集まれば、それに気を取られ対応を余儀なくされ、ガコ古賀一人での実況見分(じっきょうけんぶん)も、確かに困難に陥るだろう。

 買った氷菓子(アイス)が溶ける前に部屋に持ち帰りたいから、おれはガコ古賀に別れを告げ、飛び降り自殺らしい現場を離れた。


 前年五月二十二日に株式会社三和から防犯カメラ映像を保存したUSBメモリーの任意提出(にんてい)を受け、領置したのは、ガコ古賀ということなっている。

 また、おれの唾液を採ったのもこのガコ古賀だ。

 これらのことから、ガコ古賀は、警部補グランパ石場、巡査部長ジョー松本、巡査長ピロシキ田中が所属する刑事課強行犯係ではなく、通常の一線署には強行犯係と同じ刑事課か刑事一課に置かれる、鑑識係の所属かもしれない。

 だとすれば、署員が入れ代わり立ち代わりの取調室で、おれと二人きりになったタイミングに、「(夜勤)明けなんっすよ」とおれに対しぼやいた理屈が分かる。

 ガコ古賀に、おれはこう言ってたしなめた。


 ーー被疑者の前で、そんな疲れたような、眠そうな態度を見せちゃ駄目だよ。あえてそれを装っている場合を除くーー


 その時のガコ古賀は、白っぽい半袖ワイシャツと、薄手のスラックスを着けていた。同じ巡査長の階級のピロシキ田中と似たようないでたちだ。

 朝の勤務交代を経て、勤務時間帯なら身に着けている作業着風ユニフォームは脱ぎ、通勤用の私服に着替えたのだとすれば、筋が通る。早朝に予定していたおれの「捕り物」が、予想に反してその日の午後にずれ込み、禁足が掛かったのだ。

 マイクロバスで卒倒したおれが青葉署庁舎内に運ばれた時は、勤務中でユニフォームを着ていた。


 逮捕されたさらに二年前の暮れ、神奈川県警生活安全部と青葉署生活安全課を名乗る私服の二人組が別件でうちに来た際、県迷惑行為防止条例の八条に抵触する可能性があるだったか、十一条と言われたか記憶が定かでなく、それは、各種サイズ展開している愛用のフランス製RHОDIA(ロディア)の高級メモ帳を、いつもNo8(はちばん)No11(じゅういちばん)を混同して通販サイトで間違って買ってしまうからなのだと世間話をした際、ガコ古賀は、即答した。


 ーーそれ、十一条ですね。条例の方ーー


 この時のおれは、ガコ古賀たち青葉署刑事課に、生活安全部門事案(せいあんマター)を挙げるつもりがないからガコ古賀の口が軽いのだと認識した。

 ガコ古賀が強行犯係ではなく鑑識係員だとしたら、強行犯係が進めるおれの身柄捜査の成り行きに関心がないから、強行犯係が生安事案を抱え込もうとしていようがいまいが、県条例やRHОDIAの話に乗ってきたのだとすれば、それはそれでつじつまが合う。


 しかし、一年近く前に鑑識係員として担当したおれの顔貌を記憶し、姓を言っただけでフルネームを即座に思い出すものだろうか。


 捜査員の立場になって考えても、取材記者経験からも、こんなことは言える。


 例えば、おれとのやり取りの記憶が、あまりにも強烈だった。これまでの被疑者にない印象を覚えた。

 もう一つ。おれに対する青葉署刑事課によるなんらかのでっち上げ立件のもくろみは、その後も脈々と続いている。そのことは、同じ刑事課の鑑識係員であるガコ古賀の耳にも入っている。


 いずれにしても、おれにとって良いことは一つもない。


 おれは、株式会社三和が青葉署にUSBメモリーを任提し、総務部長がグランパ石場の聴取に応じ司法警察員面前(いんめん)調書が作成されている二〇二三(令和五)年五月二十二日より後、かつ、スーパー三和奈良北店レジ打ち従業員員、穂積(ほづみ)恵美(一九七〇-)が、ピロシキ田中の聴取に応じ同様に員面調書が作成されている同年六月十九日より前の、同年六月一日に同店で行われた青葉署による実況見分調書を入手した。

 調書を作成したのは、ピロシキ田中。調書には当日撮影したとみられる写真が大量に添付されており、おれの「犯行」を再現する、あるいは穂積恵美との身長差や対峙した際の位置関係を示すためピロシキ田中がそのうちの何点にもに映っている。グランパ石場が二人体制(ニコイチ)で同行し、カメラのシャッターを押したと考えられる。


 当日は、おれの誕生日の三日前。

 JS日本総合住生活東京支社神奈川西支店管理主任、田代修(たしろおさむ)が、「凶器準備人質立てこもり凶悪事件」を捏造し虚偽通報し、県警地域部自動車警ら隊員ら四人が拳銃ホルスターのロック機能を解除するなどの武装体制で臨場した四日前。

 同社社長、伊藤治(いとうおさむ)の横浜市青葉区あざみ野にある自宅を訪れ、インターホン越しに社長夫人が錯乱。同署地域課交番勤務員のニコイチがふらふらスクーターで現れ、「なぜ逃げない、なぜ隠れない」と不振がった五日前。


 聴取に応じた穂積恵美の当時の年齢は、五十三歳。節分の同年二月三日には、五十二歳だった。この間に誕生日が存在するということだ。年度をまたぐから、おれの四学年下か、早生まれで三学年下か、判別が付かない。


(「参拾壱の4 スタジオの温度を上げる」に続く)

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