参拾壱の2 妻と知人に証人尋問
横浜地方裁判所での野村(一九六五-)の公判は、予定通り午後二時半から開かれた。
前回までと異なるのは、検察官。人事異動があったのだろう、女性検事から男性検事に変わった。
入廷した野村にも、変化がある。共犯者として並行して公判が開かれている文強(一九八一-)同様、手錠姿で連行してくるのは、刑務官の制服の男二人。身柄を警察の留置施設から拘置所に移されているのだ。
三カ月ぶりに容姿を見る野村は、黒っぽい紺色のスウエットと同系色のズボン。額が広くなっている、つまり頭髪が減っている印象を受ける。足を引きずる度合いも強まっている。
早朝、おかしな電話を受けたから、芸能関係の傍聴人がいるかもしれない、おれを監視しているかもしれないと注意を払ったが、それ系の人物とは相まみえない。
二〇二四(令和六)年三月四日付け起訴状を検事が朗読する。同六日に指定されていた公判期日が取り消されこの日に延期されたのは、追起訴スケジュールの関係からだろう。
これまでの公判は、文強が横浜市内で経営する会社の従業員数を大幅に水増しして厚生労働省の出先機関である神奈川労働局に虚偽の申請をし、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例措置である助成金をだまし取った詐欺事件を中心に審理が進められてきた。
三月四日追起訴分は、共犯者、橋本(一九五九-)が代表取締役を、野村が役員を務める、新聞販売店を経営する会社に関する同様の詐欺だ。大阪労働局に虚偽申請し、従業員十五人分の休業補償名目で二千七百四十万円をだまし取った。
犯行の時期は、文強の会社の事件と重なる。しかし、だまし取った額が格段に異なるため、横浜の事件の方が先に明るみに出て、大阪府警ではなく神奈川県警が捜査に着手。横浜地方検察庁は横浜の事件を先に順次、起訴していった。
「すべて合ってます」
罪状認否で、野村が答える。
「間違いありません」
京都の重鎮だという私選弁護人弁護士も、被告人と同意見であることを述べる。
野村に対する追起訴の予定は今後ないことを、裁判官に問われ検事が答える。
「情状証人を二人申請します。被告人の妻と、知人。それから、被告人質問を求めます」
重鎮弁護士は低い声で唱える。
「次回結審でいいですか?」
「論告、弁論は、次々回以降でお願いしたい」
「…被害弁償の関係があるから、ということですか?」
「そうです」
初公判時から異動のない裁判官と、やはり相変わらずの弁護士のやり取りが続く。
次回の期日は、六月六日が指定された。おれの誕生日の二日後だ。
JS日本総合住生活管理主任、田代修による虚偽通報で、県警地域部自動車警ら隊青葉分駐の制服警官ら四人が、拳銃ホルスターのロック機能を解除して臨場する大騒ぎになった前の年の六月五日の翌日。
横浜市青葉区あざみ野の同社社長、伊藤治邸でインターホン越しに夫人が錯乱。青葉署地域課交番勤務員の二人がスクーターで現れ、「なぜ隠れないのか、なぜ逃げないのか」と、わけの分からない言いがかりを付けてきた、同六月六日のちょうど一年後。
野村が神奈川県警の捜査員に通常逮捕され、手錠腰縄で大阪から横浜まで新幹線で連れて来られたというのも、このころのことだったはず。
野村との接見(面会)の機会を算段するべき時期が到来している。
当初、青葉署の留置施設を「外から」取材する目的だったが、そんなことはどうでもよくなったのは、前述した通り。留置施設で一緒に過ごした野村が、「内縁の夫婦関係にあった」とおれに語り、所属音楽製作会社が全否定する、夭逝した美しいシンガーソングライターとの本当の関係を見極めるためだ。虚偽だった場合、なぜおれにそれを伝えたのか、なにが野村にそうさせたのかを、確認するためだ。
相手に考える隙を与えないための「奇襲」のチャンスは一度だけ。
裁判の判決が出てその判決が確定すると、今度は身柄が刑務所に移されるため、どこの刑務所に収監されたかの追跡が難しくなってしまう。
重鎮の弁護士が女房の証人尋問を申請した次回期日の六月六日の一週間前、五月三十日には、文強の「内縁の妻」の証人尋問を、文強の弁護人弁護士が申請している。
文強の「内縁の妻」の証人尋問を傍聴した後かつ、野村の「妻と知人」の証人尋問を傍聴する前の一週間に、接見のため拘置所を奇襲しよう。そう決めた。
被告人ではない立場の「文強の内縁の妻」に対する尋問を聴いて、事件の輪郭というか、検察、弁護人双方の戦略をしっかり把握しておきたい。逆に、「野村の妻」の証人尋問が終わると、野村はおれに対し、口を閉ざす可能性が高まる。
女房を人質に取るーー。
野村がしゃべらなければ女房に当たるという心理的な圧迫を、野村に与える。幸いなことに、野村の女房の人定は、夫婦で役員に名を連ねる橋本が代表取締役の会社の法人登記簿で把握している。野村に恨みがあるわけではない。おれのいつもの取材手法だ。
カレンダーを確認する。文強の次回公判期日より後で、野村の次回公判期日より前の、拘置所が接見人を受け入れる平日は、五月三十一日、六月三、四、五の四日間。
どこの拘置所に野村が勾留されているか、定かではない。
法務省は全国を八つの「矯正管区」に分け、それぞれで必要な刑務所、留置場などの刑事施設を置いていることは、すでに述べた。
神奈川県内の拘置施設は、横浜、小田原、相模の三拘置支所。いずれも横浜刑務所の下部機関という位置づけだから、「支所」扱い。
小田原、相模は、そのエリアの地検支部、地裁支部で取り扱う事件の被告人がメイン。つまり、野村は、なにか特別の理由でもない限り、横浜拘置支所にいる。
野村の接見禁止が解けているかどうか、分からない。警察も拘置所も、それについて問い合わせに応じない。手紙を出して本人に到達させるか、実際に足を運んでみるしかない。しかし、手紙を出して本人に到達してしまったら、構えられてしまう。考える隙を与えてしまう。
おれは、五月三十一日から六月五日までの平日四日間に狙いを定め、官庁街が並ぶ横浜市中区よりやや南にある、つまりうちからはさらに遠い、同市港南区の横浜拘置支所詣でを決めた。
大型連休の黄金週間を、平穏に過ごすつもりでいた。
暑い晩のことだ。うちの団地から「筋向かい」の場所に立地するコンビニエンスストアに、氷菓子を買いに出掛けた。
おれの部屋がある二号棟と隣の一号棟の間に、黄色いテープが張られている。
よくある「一号棟高層階からの飛び降り自殺」だろう。なぜなら、暗い中、なにかにビニールシートをかぶせた状態の物が見えるから。「なにか」は人一人分の大きさ。
暗くて色調が定かでないものの、上下えんじ系ツートンカラーの作業服姿の若い男が、黄色いテープ内側で、巻き尺を地面に当てている。ビニールシートと一号棟建物との位置関係を、クリップボードに挟んだ紙に、図面で落とし込んでいるようだ。作業服と同系色の帽子を、前後逆に頭に載せている。
その男には、見覚えがある。気づいていないふりをして、こう声を掛けた。
「通れないの? どこを通ればいいの?」
「通れません。裏に回ってください」
男は言う。声は、おれの記憶の男に間違いない。男はおれに、気づいていない。
おれは男に言われた通り、一号棟の裏手を通って、コンビニに向かった。氷菓子と冷たい飲み物を買って、マイバックに詰めて肩に掛け帰宅する。
「飛び降りか?」
先ほどの男に再び声を掛けてみる。
「大きな声を出さないでください。人が集まってきちゃうんです。こんな真夜中でもーー」
いら立ったような小声で、男は近づいてきてまくし立てる。まくし立てながら、黄色いテープ越しにおれの顔をまじまじと見る。
「ーーあれ? どこかで会いました?」
(「参拾壱の3 強行犯係じゃないのかも」に続く)




