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参拾の6 帝国の防人(さきもり)

 俳優、藤田(ふじた)まこと(一九三三-二〇一〇)が裏稼業の殺し屋を演じたテレビ時代劇『必殺』シリーズで、藤田の「表の顔」である奉行所下級藩士「同心(どうしん)」の、山内(やまうち)としお(一九五五-)演じる若手エリート上司は、筆頭(ひっとう)同心の役職だ。同心のトップであることを意味する。

 現在の警察組織で、同じ役職の者が複数存在する場合、識別のため便宜的にこの「筆頭」の用語をよく使う。

 例えば、前述した通り警視の階級が余剰で、小規模警察本部の所属長である課長職の下に、課長と直結する複数の管理官(かんりかん)を置く場合、そのトップ、つまり所属長に次ぐナンバー(ツー)の管理官を、「筆頭管理官」と呼ぶ。

 記者クラブ加盟報道機関の記者の取材対応には、所属長は通常、当たらない。組織の大黒柱は奥に控え、どっしり構えておく。「女房役」のナンバー2が報道対応を担当。一線署だと副署長、小規模警察本部だと「筆頭管理官」の仕事だ。

 都道府県警によっては「筆頭」用語を嫌い、所属のナンバー2という意味で「次席(じせき)」と呼び、記者を含む部外者にもそう呼ばせる。


 頭に「筆頭」を付けるのは個人の役職だけではなく、組織に対する場合もある。

 警察本部が立地するエリアを管轄する「お膝元」の警察署を、「筆頭署」と称する。警視庁の場合、千代田区の麹町(こうじまち)署が筆頭署。神奈川県警は、横浜市中区の加賀町(かがちょう)署がそう。

 筆頭署は、警察本部管内のうち最大規模であることが多いが、例外はいくらでもある。例えば警視庁は、日本最大の新宿(しんじゅく)署が、筆頭署の麹町署の二倍以上の署員七百人を抱える。

 また、山口県警は、産業構造の成り立ちやそれによる人口の偏りで、県庁や県警本部所在地にある山口署より、下関(しものせき)市の下関署の方がずっと大きく、署長の階級は、下関署は大規模署のそれである「警視正」なのに、筆頭署の山口署は中小規模署だからそれより一つ下の「警視」。

 そもそも「筆頭署」は法制度で定められたものではなくあくまでも概念によるので、警視庁も、麹町署の隣の(まる)(うち)署を筆頭署とする意見もある。

 千代田区霞が関に立地する警視庁の庁舎は前述通り麹町署の管轄エリアだが、直線距離でも道のりでも、隣の丸の内署の方が近い。オウム真理教の元幹部で特別指名手配されていた平田信(ひらたまこと)(一九六五-)は二〇一一(平成二十三)年大みそかの夜、霞が関の警視庁本部庁舎に出頭するも門番の機動隊員に「いたずら」と判断され排除され、歩いて十五分の丸の内署に改めて出頭。年が明けた二〇一二(同二十四)年元日、警視庁捜査一課が通常逮捕している。


「筆頭」の名称を使う事業所は警察だけではない。自治体立の小中学校は、教育委員会が立地するエリアを通学圏とする学校が「筆頭校」で、「筆頭署の署長」と表現する警察組織よりずっと露骨に、「筆頭校の校長」やその経験者の地位とプライドが高い。

 高校の同級生のうちのかなりの人数が、地元で教職に就いている。筆頭校の校長がいる。


「いつ辞めてもいいんだけどね」


 そいつは、ずっとそう言っている。


 山間部の学校ばかりぐるぐる回らされている別の同級生は、万年教頭だ。


 進んだ大学の入試偏差値は、筆頭校の校長より、山間部の万年教頭の方が高かった。

 山間部の万年教頭は高校時代から問題が多い野郎で、常に自身がいじめの対象になりながら、それより苛烈(かれつ)に、身体障害者気味の同級生をいじめていた。

 進んだ大学でも入職してからも、女性問題が絶えないと、女子を含む複数の同級生から聴かされた。


 学校教員なんて、そんなものだ。

「反面教師」がたくさんいるから、おれはこの職業に就くのだけはごめんだと思い、失業した際の「保険」の意味合いでおれが進んだ大学、学部のたいがいの学生が履修していた教職課程に、おれは一切、関わらなかった。


 狂った価値観の小学校教諭を寿退職したおれの叔母に当たる狂った中村由紀子(なかむらゆきこ)(一九四七-)が建国し女帝として君臨する「中村帝国」の宮殿は、熊本県合志(こうし)市野々島にそびえ立つ。一九八〇(昭和五十五)年に建立。平成末に没したエリート県庁職員の夫、(たかし)の土地、建物の二分の一の持ち分を、そのまま相続した。


 熊本県警の筆頭署は、県警本部庁舎が立地するエリアを管轄する熊本市中央区の「熊本中央署」と公認(オーソライズ)されているが、中村帝国はいわゆる「特区」だから例外。

 宮殿が立地する合志市は、熊本北合志署が管轄する。しかし、この熊本北合志署も、中村帝国の「筆頭署」には当たらない。二〇一八(平成三十)年に新設されたばかりの警察署だからだ。

 つまり、中村帝国を従来から管轄していた、菊池郡大津(おおつ)町の「大津署」が、帝国の筆頭署。

 そして、中村家自慢の長男で熊本県警(公安・外事専務員)警部、中村(ひろし)(一九七五-)は、任警部として熊本東署熊本空港警備派出所長を一年務めた後、二〇二四(令和六)年の春の異動で、中村帝国筆頭・大津署に、警備課長として就任した。

 なんともおめでたいことだ。


 おれの元妻の祖父が沖縄県那覇市で経営していた印刷屋で「熊本県土木部道路維持課参事」の名刺が偽造されたのだと女帝が主張する女帝の亡夫、孝は、一九九二(平成四)年、社会福祉課参事から道路維持課に異動。一九九五(同七)年、水俣病検診センター主幹に、一九九七(同九)年、肥後学園主幹に、二〇〇一(同十三)年、菊池地域振興局主幹に順次、移っている。福祉(ばた)が長かったようだ。

 だから、印刷業を営むおれの元妻の祖父が偽造したという名刺の「道路維持課参事」は、「よその釜の飯を食う」修行のようなもの。そして、全国の警察組織で慣行される、階級を上げてから「任」として専務外に出すのと異なり、熊本県庁は、参事の役職の総仕上げとしてよそに出し、主幹に昇進させるのと同時に自分の専門分野に戻す人事施策だと分かる。


 そんなことより、中村孝は、女帝が吹聴するようなエリート県庁職員ではなかった。

 熊本県庁における「主幹」は、出先では課長相当、本庁では係長相当だ。

 中村宏の人定を熊本県警の職員名簿(リスト)からヒットさせるに当たり、四十代後半で任警部では、中村帝国自慢のエリート長男としては階級が低すぎる、昇任が遅すぎるから、別人と認識したのは、先に述べた通り。

 四十代後半で任警部では定年退職までに警視昇任を望めないことも前述した。

 警部の階級は、熊本県警の場合、一線署では課長相当。本部では係長相当。父子そろって、ここ止まり。


 中村父子の「エリート」はつまり、見せかけだった。元妻一家を含むおれの親族は、永年にわたってだまされていた。忠誠を誓わされ、尻の穴をなめさせられた。宮殿も、伽藍洞(がらんどう)かもしれない。


 脅迫状を奇貨(きか)として、あるいは脅迫状を受け取る前から日常的に教職員が伸縮式特殊警棒を振り回し生徒を威嚇しているという八代市の私立・秀岳館高校など熊本かいわい取材のために現地入りする日が、待ち遠しい。中村帝国の「悪の枢軸」ぶりを、しっかりと見極める。記録に残す。報道媒体で発表する。


 人事のテーマでもう一つ。

 おれを隣の建物の横浜地方裁判所(ちさい)に勾留請求した横浜地方検察庁(ちけん)の、おれの国選弁護人が法学部を卒業した大学の法科大学院を修了したらしい清楚な新任女性検事は、二〇二四(令和六)年春の定期異動で、近畿エリアの地検支部に異動した。

 検事は任官すると、横浜地検のような、取り扱い事件が多い都市部の大規模地検本庁で初任に当たる。捜査担当、公判担当それぞれを経験し、二カ所目か三カ所目の任地は、一人の検事が捜査、公判の両方を同時に担当する小規模な地検本庁や支部に赴く。

 報道機関でいえば、地方の支局などで記者修行をさせ順次、本・支社などに吸い上げる大手一般紙、共同通信社、NHKとは「逆」ルート。時事通信社、日本経済新聞社と似た人材育成モデルだ。


(参拾壱 神の見えざる手「1 早朝から鳴らしてしまいました」に続く)

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