表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/235

参拾の5 シャブ抜きキャリア

 首都・東京を管轄する日本最大の警察本部「警視庁(けいしちょう)」には、公安部傘下に「外事」の名が付く課が「外事一課」から「外事四課」まで四つある。生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業省の許可を得ずに輸出したとして大川原化工機(本社・横浜市)代表取締役ら三人を逮捕、うち相談役を病死させる冤罪事件を起こしたのが、この警視庁公安部外事一課だ。

 また、四つの課のうち「外事二課」と「外事四課」のトップである課長職は伝統的に、キャリア官僚出向ポストとして国の機関である警察庁(けいさつちょう)が押さえている。事件を契機に、「外事一課」の課長も警察庁に「召し上げ」された。警察庁による警視庁に対するペナルティーだ。

 全国で二番目に大きい「大阪府警」は、警備部傘下に「外事課」がある。外事と名が付く課はこれ一本。

 四番目の「愛知県警」も、大阪府警同様、「外事課」一本。


 三番目の「神奈川県警」が「外事一課」「外事二課」と二つに分かれるのは、二〇〇〇(平成十二)年ごろ全国で明らかになった多数の警察不祥事のうち、その代表格ともいえるこの県警によるそれが発端だ。


 神奈川県警の外事課が大阪府警、愛知県警同様「一本」だった一九九六(平成八)年、同課警部補の男が、飲食店で知り合った不倫関係にある女とともに、違法な覚醒剤を常用。「誰かに追われている、狙われている」という薬物中毒者によく見られる妄想に陥り、同年十二月、勤務先に助けを求めた。

 監察官を含む上司らは警部補の覚醒剤使用を疑い尿検査。陽性反応が出るも、それが出なくなるまで八日間にわたりホテルに軟禁した。いわゆる「シャブ抜き」だ。

 県警は、尿検査の結果が「陰性」となるのを待つなど証拠隠滅を徹底した上で、横浜地方検察庁(ちけん)に事態を報告。「証拠がないから立件しない」という地検の約束を取り付けた。

 この間、警部補は不倫を理由に、「諭旨(ゆし)免職」処分となった。

 諭旨免職とは自主的な退職を(さと)すことで、懲戒免職ではないから、退職金は支払われる。問題がある処分だという認識が広まり、昨今は警察組織を含め官庁ではほとんど適用されない。

 女の覚醒剤使用を立件すると警部補の男の問題が露呈するから、県警は二人を近づけないよう厳重に監視すると同時に、覚醒剤使用など女の容疑についても同様に闇に葬った。


 このままなにごともなく過ぎるはずだったが、元警部補の男は三年後の一九九九(平成十一)年、覚醒剤の使用で逮捕され、報道機関による追及などで、三年前の隠蔽(いんぺい)が明らかになる。

 三年前当時の県警本部長、警務部長、生活安全部長、監察官室長、監察官の五人が犯人隠匿罪などで横浜地検起訴され、横浜地方裁判所(ちさい)は全員に対し執行猶予付き有罪判決。判決は確定し、それぞれ失職した。


 懲戒など処分を受けたのはこの五人を含む二十三人で、そのうち、当時「外事課長」として警視の階級で県警に出向していた芝昭彦(しばあきひこ)(一九六七-)は起訴を免れるが、停職三カ月の行政処分を受け、依願退職した。県警から警察庁に戻り、警備局外事課課長補佐の職にあった。


「目の前で不正が行われているという認識はあったが、自分の判断でそれをやめさせることはできなかった。不祥事の隠蔽とはこのようにやるのかと学んだ気になっていた」


 後に芝は、こんな趣旨の述懐をしている。


 これを契機に神奈川県警は、外事課長ポストに警察庁からキャリア官僚を受け入れるのをやめる方針を打ち出すが、貴重なポストを警察庁が手放すはずがなく、折衷の妥協策として、外事部門を二つの課に分け、外事一課長は従来通り警察庁キャリア組の出向ポスト、外事二課長は地元採用組を当てることにした。


 警察官の階級は「警視正」から上は国の定員で都道府県警では勝手に昇任させられないから、その下の「警視」で滞留してしまうのだと、すでに述べた。そのため、全国の警察では警視余剰、ポスト不足が顕著。管理官、参事官など組織外からは分かりにくい役職を濫造しても対応しきれない。一線署でも、副署長と次長が併存する。

 余剰する警視のための新ポストを、警察は公にしたがらない。しかし、警備部外事二課新設の際、神奈川県警の広報活動(PR)は逆だった。本来なら隠すべき、「余剰する警視のための新ポスト」なのだと強調した。「シャブ抜き」不祥事や、それによる警察庁とのポスト調整をめぐる不協和音の方を、彼らは隠さなければならないからだ。

 そして、一連の不祥事を世間が忘れるのを待つため時間をかけ、二〇二一(令和三)年に、外事課をナンバー制に移行。つまり、「外事一課」「外事二課」に分けた。長い時間をかけたのは、シャブ抜きと同じ発想だ。

 全国四十七都道府県警で、外事部門の課がナンバー制なのは、警視庁と神奈川県警だけ(この稿執筆時点)。


 その外事二課長から青葉署に署長として転入してくる警視、鎌田純は、十年前の二〇一四(平成二十六)年から二年間、この署に警備課長として勤務。その間に昇任が決まり、二〇一六(同二十八)年、任警視として公安部門を外れ、川崎市の高津署で地域担当次長に就く。

 刑事二課巡査部長が取調室で容疑者を射殺した戸部署(横浜市)に警備担当次長として晴れて公安部門復帰し、ナンバー制移行前の旧「外事課」課長代理を務め、一度、総務部情報管理課に出た後、二〇二二(令和四)年、新生「外事二課」の二代目課長に就任した。初代課長の飯塚宏司は、入れ替わりで、青葉署の隣の「緑署」に署長として異動した。

 鎌田にとってこの「外事二課長」が、初めての所属長職だ。


 そして、前の年の春、警備部公安一課から青葉署に任警部の留置管理課長として出され、おれが勾留されていた当時も雌伏の専務外課長だった片山勝太は、この春は異動(うご)かない。

 天下国家の安寧という重要なミッションを帯びる警備課長に、公安専務員でない者が就くことはありえない。

 青葉署の署長が、警備部公安一課に転出する橋谷田裕樹(はしだひろき)の後任として外事二課長から転入することから、同署は、任警部を含め幹部三人が公安専務員という体制が続くことになった。


 警備部外事課長として神奈川県警に出向中、部下の不祥事に巻き込まれ、警備局外事課課長補佐として警察庁に帰還後、それが発覚し退職に追い込まれたキャリア官僚、芝昭彦は、司法試験に挑み短期間で合格。第五十七期の司法修習を経て、二〇〇四(平成十六)年から在野の弁護士として活動している。


 人事の(しら)せが続々、舞い込んでくる三月二十二日、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例である雇用調整助成金を国から億単位でだまし取った一味のうち、中国(中華人民共和国)出身、文強(ぶんきょう)(一九八一-)の三回目の公判を、横浜地裁で傍聴した。前回より後に期日指定されていた共犯者、野村(のむら)橋本(はしもと)の公判は取り消され、四月に延期されたから、野村たちが、文強と同じように身柄を拘置所に移されたかどうか、法廷では確認できない。

 この日の文強は、拘置所職員らしい刑務官の男二人に手錠でつながれ、グレーの上下と青いスリッパで入廷した。傍聴席には、文強の身内であろう中国人風のいつもの女性二人がいる。文強は、通訳用のインカムを耳に装着する。


 大部分を「不同意」としていた検察による裁判所への証拠提出について、弁護人弁護士は、それらのうちの一部を「同意」に改めた。同意された部分の要旨を、男性検事が読み上げる。


「共犯者の尋問はしないので、被告人質問に移れれば、と思います」


 検事が述べる。追起訴の予定ももうないのだろう。


「検察官は、共犯者の証人尋問はしない、と述べた、と通訳してください」


 女性裁判官に指示され、壮年に見える女性通訳人が、デスク上のスタンド式マイクに向かってささやく。インカムを通さなくでも雑音がないから、文強には通訳人の声が届いているはず。文強は首を縦に二回振った。


「被告人質問に移るということでいいですか?」


 裁判官の問いに、弁護人弁護士は、こう答える。


「その前に、情状証人を申請します」


 弁護人弁護士が主尋問に三十分程度を要求。検察官は、反対尋問のため二十分程度と応じた。


「裁判員裁判が立て込んでて、四月の期日は難しいですね」


 法壇上の裁判官と、それを振り返り見上げるような姿勢の書記官が、スケジュールを確認し合う。

 五月三十日の次回期日が指定された。被告人質問を含め、計二時間の枠。

 被告人、文強の情状を立証するために弁護人弁護士が尋問を請求した証人というのは、いつも傍聴席にいる中国人風女性二人のうちのいずれかだろう。裁判官と弁護人弁護士のやり取りをそろって食い入るように見つめながら、二人は微動だにしない。


(「参拾の6 帝国の防人(さきもり)」に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ