弐拾漆の1 脚線美の誘惑
軽いめまいを伴う、心地よい既視感に見舞われた。
神奈川県警青葉署留置施設で同室だった四十番の男、野村が「内縁関係にあった」と主張する、夭逝した美しいシンガーソングライターの容姿や作品を、インターネットの動画サイトやDVDで改めて視聴した過程でのことだ。
ホールを借り切り観客ゼロで収録したという素材でステージ上の彼女は、マイクを片手に歌う。ショートパンツから、健康的な白い脚がすらりと伸びる。同じシンガーソングライター、森高千里(一九六九-)とイメージが重なる。
自称「おたく評論家」のコラムニストでタレント、宅八郎(一九六二-二〇二〇)がメディアに登場する際よく手にしていた、後に語ったところによれば「営業戦略上のファン」である森高千里フィギュア人形は、ミニスカート姿。元祖アイドル歌手とされる南沙織(一九五四-)デビュー曲『十七才』(有馬三恵子/作詞、筒美京平/作曲)のリメイクで一世風靡した一九八九(平成元)年、当時ニ十歳だった森高も、自身作詞で一九九二(平成四)年の不朽の名作『私がオバさんになっても』(斉藤英夫/作曲・編曲)でも、ステージ衣装はミニスカート。
おれが着目したのは、左右の脚の動きだ。そして、それに連動する腰から上だ。二人はいずれも、打楽器奏者特有のリズムでステップを踏む。
ギター、ピアノ(キーボード)などさまざまな楽器を弾きこなす森高の真骨頂は、ドラムだ。一九九五(平成七)年の「阪神・淡路大震災」支援イベントで、シンガーソングライター、泉谷しげる(一九四八-)率いるバンドに、ドラマーとして参加している。自身単独のイベントでも、ドラムボーカルを披露する。
ドラマーの体の動きは、男より女性で顕著にその特徴が表れる。
理由の一つは、体格の違いだ。同じ曲を同じドラムセットで同じように演奏する場合、小柄な女性の方が、腰を、四肢を、大きく動かす必要に迫られる。極端に言えば、ドラムセットの自分の位置から遠方にあるタムタムやシンバルに、通常の体のひねり方ではスティックを握る手が届かない。
右足で踏むバスドラムのペダル、左足で踏むハイハットのそれも、非力な女性は、男に比べよけいに踏ん張らなければならない。膝にも力が入る。
体重が軽いという要素もある。スティックを振り下ろしペダルを踏み込むと、反動で腰が浮く。
これらの動作をやってのける小柄な女性は、男に比べ、関節の可動域が広いという特性がある。腕が、手首が、腰がよく曲がり、よく伸び、よくしなる。
乳幼児を抱くのに有利なための進化に伴う淘汰だ。進化と性差については、章を改め詳述する。
特別な機材や電源を必要とせず、電波を発することのない簡便で合理的な通信手段として世界の海軍(日本の海上自衛隊を含む)で利用される「手旗信号」は、男によるものより、女性によるものの方が読み取りやすい。信号を発する側も、同じ信号内容では女性の方が体に対する負担が少ない、つまり疲労度が低い。
これらは、肩やひじがよく曲がり、伸び、しなる特性を女性が持っているからにほかならない。
同様に、警察官による交通整理も、男によるそれより、女性による指示の方が視認しやすい。
新聞記者として地方で勤務していたころ、おれが運転する車の前を、ピックアップトラックが同じ向きに走行していた。運転しているのは、面識のある女子高生だ。競技スポーツで優秀な成績を収めており、陣容の少ない地方勤務だから特定の分野に固執しない「なんでも屋」のおれは、取材を通じて彼女とは顔見知り。
管内には広大な農村地帯があり、高校生の免許取得や自動車運転の制限が緩い土地柄だった。彼女は、家業の手伝いでピックアップトラックを運転していたのだと思う。低年式のそのピックアップトラックはボディが汚れさび付き、あちこちにへこみがある、まさしく農家で使っていると判断するのにふさわしい車両だ。
競技スポーツのせいであろう小麦色に肌を焼いた彼女は、後続車両のおれに気づかない。おれも前を走る車の彼女になんら合図を送らない。家業の手伝いで低年式のピックアップトラックに乗っている姿を、見られてうれしいことはきっとあるまい。
そんなことよりおれは、大きな車体のピックアップトラックを操る彼女の美しさに見とれた。
ピックアップトラックは、オートマチックではない、マニュアルミッションだ。シフトレバーがステアリングホールの軸から左に生える「コラム式」だから、後続のおれの車の運転席からも、左手でのシフトチェンジの様子が見える。
残念ながら、足元は見えない。華麗なクラッチペダル操作を見たい。そんなおかしな欲望に駆られた。
交差点で彼女の車は右折し、直線のおれとおれの車は、彼女とピックアップトラックとお互いに無言で「さよなら」した。
車の外から運転手の足元を見るのは難しいが、体が露出している二輪車だと、それが可能だ。前輪ブレーキレバー、後輪ブレーキペダルを操作する車両の走行方向右側から見える右手、右足の動きより、クラッチレバー、シフトペダルを操作する左手、左足の頻繁かつ複雑な動きの方が、女性ライダーだと美しい。
警察の交通機動隊員らが乗る白バイも、違反車両に停止を求める片手の合図は、男の乗員によるものより女性によるものの方が分かりやすい。動きがスマートで美しい。
こと自動車や二輪車の運転は、体の小ささや非力さを、関節や筋肉の柔軟さでカバーする「女だてらに」乗りこなす姿が、見ている側からは好ましい。
楽器のドラムに、話を戻す。
カーペンターズのドラマー兼ボーカリストだったカレン・カーペンター(一九五〇-八三)が、ドラムセットに隠れてしまう美貌を前面に打ち出すためボーカルに専念したことは前述した。カーペンターズ初期の動画を見ると、「女だてらに」ドラムをたたくカレンの姿を確認することができる。よくしなる腕と手と、ドラムセットに隠れあまり露出しない脚と足が美しく動いているのが分かる。
カレンのドラム演奏の特徴は、体の芯がぶれないことだ。スティックを打ち付けてもバスドラム、ハイハットのペダルを踏んでも、腰がほとんど浮かない。これはもちろん、彼女が気にし命を落とすことになった、体形や体重とは関係ない。
まるで機械仕掛けのように正確に、カレンはスティックを打つ。肩やひじや腕は、大きくぶれる。しかし、スタンド式マイクに向かう頭部から腰の当たりまでは、しっかり定着している。
ビートルズの話をしよう。
メンバーのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの三人は、そろって身長約一八〇センチ。ドラムのリンゴ・スターだけほかの三人より一〇センチほど低い。
小柄なリンゴ・スターが、ギターやベース、キーボードと比べれば演奏のために大きく体を動かさなければならないドラムをたたいたからこそ、その仕草が大げさに見えたからこそ、ビートルズは成立したと言える。
リンゴ・スターが、ほかの三人と同じくらいの体格だったら、あるいはそれよりさらに大柄だったら、ビートルズは違った道を歩んでいた。
野村が「内縁関係にあった」と主張する夭逝した美しいシンガーソングライターとドラムとの接点は、すぐに見つかった。
森高千里と同じように、ピアノ、ギターを演奏できることは、生前から公式プロフィールで明らかにされている。曲作りでイメージをつかみ、共同製作者に意図を伝えるため、レコーディングスタジオでも鍵盤をたたき、弦をつま弾いた。
公開ライブでピアノ弾き語りをしようという計画が、彼女とスタッフの間で交わされたことがあるという。
少しぐらい弾けるからと客前で演奏することは気が進まないと、彼女はその案の実行を拒んでいる。
そして、ドラムだったら意外性があっていいかもしれないと、代案を出している。
彼女がドラムセットに向かう写真がある。演奏の録音があるのか、あるとして闇を含め市場に流通しているのか、その確認におれの取材はまだ到達していない。
おれを既視感で襲ったショートパンツ姿の彼女は、軽快に八分音符を刻む。八分音符のステップを踏む。
(「弐拾漆の2 サタデー・ナイト・フィーバー」に続く)




