弐拾陸の7 横浜でサッカーをすなる
おれと同じ威力業務妨害の容疑で逮捕、起訴され横浜地方裁判所で公判中の男の事件に関し、脅迫状を送り付けられたという熊本県八代市の私立・秀岳館高校に取材を掛けなければならない。警棒で教職員を武装させた真意について尋ねるためだ。
遠隔地だから、電話でアタックする。まず高校にかけるか、監督官庁である熊本県に当たるか、検討する。
どちらに先に電話をしても、その相手からもう一方に対し、おれの取材に関する情報が筒抜けになるのは眼に見えている。高校から県庁への通告とその逆のそれぞれのメリット、デメリットを比較衡量し、組織としての指揮命令系統が県庁に比べれば弱いはずの高校から攻めることにした。県庁を先にすると、一気にかん口令が敷かれてしまう。
インターネットの公式サイトに掲載される0965-33-5134をプッシュ。出てきた相手に、こう名乗る。
「横浜市で作家をしております、森と申します」
〈お世話になっております。横浜市でサッカーをなさってらっしゃる森さまですね〉
文字にすれば音引きで「カ」を伸ばす。
「サッカーじゃなくて、作家ね」
〈ですから、サッカーをなさってらっしゃる森さまですね〉
テーマがサッカー部コーチらによる部員らに対する体罰問題に端を発する事件だからではないはずだ。なぜなら、おれは用件をまだ口にしていない。
秀岳館高校の職員らしい女声が「作家」を「サッカー」と聴き間違える理由は、二つ考えられる。
一つ目は、これまでにもたびたび経験させられたの同じで、「作家」を名乗る未知の者から電話や訪問を受ける機会が、個人宅でも事業所でも、まれなせいだ。このワードが、相手の耳になじまない。
半年ほど前の六月にUR都市機構の子会社であるJS日本総合住生活の、うちと同じ横浜市青葉区の伊藤治代表取締役社長宅を訪れた際、玄関インターホン越しに社長夫人らしい女性が過剰な反応を見せたことや、その後、臨場した神奈川県警青葉署地域課交番勤務員の巡査が、小説家と作家の区別が付かず難渋させられたことは、すでに述べた通り。
会社員時代はその社名つまり紙名を名乗ったし、テレビ局の外部スタッフとして取材に当たる場合、局名と担当番組名を名乗る。
局名と個人名の間に番組名を挟むのは、正規局員ではないことの担保だ。局員と誤認されたら、誤認した相手が悪い。むしろ、誤認を誘発する狙いさえある。
完全に個人で取材を敢行する際、「フリーランスの記者をしております森と申します」と名乗ると、「フリーランス」が耳になじまない。「フジサンケイグループの記者をなさってらっしゃる森さまですね」と、わざとではないかと疑う聴き間違いをされたこともある。
二つ目の理由は、単語のどの音にアクセントを置くかの文化的要素が、おれと相手方で異なっている。方言の範疇だ。そして、単語のアクセントの位置は、文章全体のイントネーションにも影響する。逆に、文章全体のイントネーションが単語のアクセント位置を形成したとも言える。
例えば、熊本県のPRマスコットキャラクターで「ゆるキャラ」の代表格である「くまモン」は、東京など全国標準では最初の「く」にアクセントを置く「頭高型」が定着している。ところが、ご当地の熊本ではおおむね、アクセントを置かない「平板型」。
熊本の民間テレビ放送四局はいずれも、自社製作番組内のナレーションで、「平板型」のアクセントを使う。四局それぞれを放送ネットワーク傘下に置く在京の各キー局は、すでに定着している「頭高型」と、地元系列局の方針を重視し舵を切った「平板型」で扱いが割れている。
単語のアクセントの位置は、エリアによる規則性が明確でなく、例えば熊本の隣県にあるおれの生まれ育った盆地では、楽器の「ピアノ」を、「ピ」にアクセントを置く頭高型で発音する。オートバイを表す「単車」も同様だ。東京を中心とした全国標準では、いずれも平板型。
おれの姓である「森」も、おれの地元を含む西日本の広いエリアで、「も」にアクセント。
姓の由来と同根と思われる「森」の地名がやや離れた土地にあって、九州旅客鉄道(JR九州)久大本線が旧国鉄時代から「豊後森駅」を置く。この駅名の「森」は頭高のアクセントか平板型か、JR九州と、駅が立地する玖珠町(大分県)役場に尋ねてみたことがある。
ーー気にしたことがなかったーー
ーーそんなことを誰からも聴かれたことがないーー
JR九州、玖珠町役場の担当者とも困惑する。
ーー人名の「森」は確かに頭にアクセントを置くが、地名だとそうではない気がするーー
ーー「豊後森」の駅名を、年配の人が「も」にアクセントを置いて話しているのを聴いた記憶があるーー
ーー「豊後」が付くか付かないかで違うんじゃないでしょうかーー
玉虫色のままだ。
北海道から沖縄まで全国各地で暮らし働いたおれは、それぞれの土地の方言に耳がなじんでおり、その方言の話者との会話であれば、自身の発声も自然とイントネーションがその話者に合ってくる。ところが、単語のアクセントの位置を一カ所でも間違うとそれに続く別の単語にも影響し、文章全体のイントネーションが狂ってしまう。郷里を離れて永いから、生まれ育ったエリアにおいてもこれは同様になってしまった。
そんな経験があるから、固有名詞でもエリアによってアクセントが異なり、そのことによる誤解が生じる仕組みは理解できる。
また、同一エリアでもアクセントを変えることによって、異なる意味合いを持たせる使い分けが存在する。例えば、「彼女」がそう。
三人称の代名詞として使う場合は、東京など全国標準で従来から見られる「カ」にアクセントを置く頭高型。これを平板型で読むと、恋人など親密な関係のガールフレンドを指す。平成初期ごろから全国で顕著に見られる表現だ。
平板型の比較的新しい発音が、意味を使い分ける目的で発生、成立したとは思えない。なぜなら、同じように頭高型だった「彼氏」も、平成初期ごろ以降、若い世代を中心に平板型になってきている。三人称の代名詞に通常、「氏」は付けない。頭高型の彼氏は消滅の危機だ。
つまり、若者言葉の一種として発生、定着した平板型の「彼女」「彼氏」が、こと「彼女」においては、頭高型の三人称の代名詞と区別する役割を果たすという副次的な機能を獲得した。
「横浜で作家をしている」を、〈横浜でサッカーをしている〉と誤認した女声職員が働く秀岳館高校の立地する熊本県八代市あたりでは、外来語「サッカー」を、東京標準の「サ」にアクセントを置く頭高型ではなく、「作家」と混同を招く平板型で発音するのであろう。
一つ目の理由として挙げた「作家」になじみがないから瞬時に理解してもらえない事態はこれまでにもたびたび遭遇しているので、あせらずあわてず嘆息も嘲笑もせず、別の表現で試してみる。
「ライターです。ノンフィクションの物書きをしております」
〈はあ…〉
「それでですね、昨年来のサッカー部の一連の問題に関連してお尋ねしたことがあるので、校長先生か教頭先生か、それに代わる方にお取り次ぎをお願いしたい」
〈…サッカー部の件ですか〉
「それに関連する件です」
〈確認してみます。横浜でサッカーをなさってる森さまですね〉
電話が保留状態になる直前の職員女声のせりふは、「作家」と言ったかどうか分からない。「サッカー部」に引っ張られて、誤ったまま「サッカー」と言ったのではないかと疑う。
〈あいにく今、分かる者が全員、会議中でして、こちらから折り返しお電話します〉
保留から戻った女声がそう言うから、おれの連絡先を告げたのに加え、尋ねたいことを少しだけ開陳した。
「昨年五月ごろ、東京かその近辺から、脅迫状のようなものが郵便でそちらに届いているはずです。内容は、サッカー部の問題に起因することです。差し出し人はもう捕まってます。その脅迫状への貴校の対応について、お尋ねしたい」
〈…はあ…〉
この口ぶりでは女声職員は、脅迫状を送り付けられた事実についても知らないかもしれない。
会議中というのが事実かそうでないか、分からない。
いずれにしろ、おれが秀岳館高校に電話をした事実が監督官庁の熊本県に伝わる前に、当の熊本県を押さえなければならない。取材除け対策を立てられないようにだ。考える猶予を与えないためだ。
096-383-1111ーー。
県庁の代表番号を、おれはプッシュした。
(「弐拾陸の8 熊本県知事に包丁が?」に続く)




