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弐拾陸の6 手数料三〇パーセント

 熊本県八代市の秀岳館高校などに脅迫状を送り付けた男の公判が閉廷し、昼を挟んで午後イチの、神奈川県警青葉署留置施設で同室だった四十番の男、野村(のむら)の共犯者で野村夫妻が役員として名を連ねる会社代表取締役、橋本(はしもと)の公判傍聴に臨む。


 検察官は、前回の初公判と同じ若い女性検事。バブル景気のころ流行し現在も日常的に見られる、前髪から後ろまでを同じ長さにまっすぐ切り揃えたワンレングス(ワンレン)のヘアスタイルで、灰色スーツ姿。隣の検察庁舎から建物の外に出ず直通廊下を渡ってきたことを表示するかのように、手持ちの資料は自前であろう赤い風呂敷包み。卓上でそれを解き、中身の資料を取り出す。

 弁護人弁護士は、三十代に見える額の広い男。今どき珍しい三つ揃え(スリーピース)のスーツ姿。

 開廷時刻間近に、それぞれ制服姿と私服姿の男の警察官二人が、手錠でつないだ被告人、橋本を連れて入廷する。身柄はまだ拘置所に移されておらず、県内のどこかの警察の留置施設に留め置かれていると分かる。

 私服警察官の靴は茶色で、ベルトも同系色。おれの勾留請求時のバス内での団体旅行添乗員のような、靴の色とベルトの色が合わず著しくファッションセンスに難がある、後に見た制服姿の階級章によれば巡査長らしい男とは異なる。

 ただ、茶色ベルトの私服警察官も、手錠など装備品をぶら下げる帯革(たいかく)と呼ばれる革製ベルトは、官給品の黒色だ。帯革から、自前であろう内側の茶色いベルトが見え隠れしている。

 上下灰色の囚人服の被告人、橋本は、右耳に補聴器のような器具を装着している。前回の初公判では装着していなかった。聴力に難があって審理に支障をきたすということなのかもしれない。

 六十代半ばの橋本は、坊主頭に近い短髪で、生えている毛もほぼ全域で白い。


「それでは開廷します。被告人は証言台の前へ」


 前回の初公判と同じ男性裁判官が開廷を告げ、橋本に指示する。


「八月一日付けの追起訴分から、審理します。検察官は起訴状を朗読してください」


 ワンレン女性検事が立ち上がる。

 前回の十月四日の初公判は野村のそれと同じ日だったが、時間帯が野村より前で、野村との関係を認識していなかったおれはぼんやり傍聴していたから、正確にメモを取れていなかった。初公判では、七月二十九日付け起訴分までしか進んでいない。そして、八月一日付け起訴の存在を、おれは聴き漏らしていた。


 女性検事の朗読する起訴状によれば、橋本は、二〇二一(令和三)年一月ごろから同四月ごろまでの間、まだ初公判のない共犯者で中国(中華人民共和国)出身、文強(ぶんきょう)が代表取締役を務める横浜市の「華誠(かせい)株式会社」の、架空の従業員百七十三人分それぞれの日給一万五千円以上とする休業手当て申請を、厚生労働省の出先機関である神奈川労働局に提出。一億四千五百万円をだまし取った。


「ーー罪名、および罰条。刑法二四六条、詐欺。以上です」


 起訴状を読み上げ、女性検事が着席する。裁判官が、証言台の橋本に告げる。


「黙秘権については前回、説明した通りです。いいですね?」

「はい」

「では、改めて尋ねます。今、検察官が読み上げた公訴事実に、なにか間違っているところはありますか?」

「うその申請とは、思っていませんでした」


 罪状認否は、前回の初公判と同じだ。


「弁護人のご意見をうかがいます」

「共謀はしておりません。よって、被告人は無罪」


 これも、前回と同様。


「それでは検察官、冒頭陳述をお願いします」

「検察官が証拠によって証明しようとする事実は、以下の通りです。被告人の身上経歴は前回同様なので、省きます」


 女性検事が陳述で述べる、橋本ら四人による新型コロナウイルス感染症に伴う国の雇用調整助成金不正受給の流れは、前回の初公判の際より詳細だ。橋本らが複数回にわたって同様の手口で助成金を受け取っていることが分かる。

 また、文強が経営する華誠株式会社の口座に入金された給付金のうち、三〇パーセントを手数料として振り込むよう橋本が文強に指示していたことを、女性検事は明らかにした。


 正当な、つまり合法的な申請であれば、三〇パーセントという手数料は極端に高い。手数料を除けば給付金の七〇パーセントしか、例えば文強の手元には残らないことになる。

 この手数料の計算式をもって、検察は橋本の犯意を主張していくと考えられる。

 しかし、捜査機関つまり検察にとって有利な証拠は、これだけではあるまい。証拠は小出しにする。大規模な事件ほどその傾向は顕著。

 だとすれば、二回目の公判ですでに出てきた手数料三〇パーセント問題は、事件の大きな要素ではない。検察はさらに質の高い証拠を複数つかんでいるはず。


「きょうの審理はここまでにします。今後の追起訴の予定は?」

「今後もあります」

華誠株式会社(かせい)については?」

「そちらは、十一月二十九日の追起訴をもって終了です。(橋本の追起訴は)別の会社に関するものです」

「追起訴はいつくらいになりますか?」

「一月下旬の見込みです」


 次回の開廷期日は、年明けの一月十七日と指定された。十一月二十九日に指定されていてそれが取り消され延期された野村の次回公判と同じ日だ。

 そして、女性検事の説明によれば、一月十七日の公判の後にも、橋本に対する追起訴は続く。つまり、野村の公判延期は、橋本の審理と並行させるための検察の都合によるものだった可能性が高い。


 この日もおれは夕刻まで裁判所庁舎内で過ごし、法廷をあちこち行き来し、公判と口頭弁論を傍聴した。

 午前中の威力業務妨害をしのぐ興味深い事件には巡り合えなかった。


 帰宅し、公判を傍聴した威力業務妨害事件を、パソコンでインターネット検索してみた。八月の逮捕直後、神奈川県警が報道発表している。

 被告人、高橋は逮捕時四十六歳。一九七六(昭和五十一)年か七七(同五十二)年生まれ。初公判を傍聴していないから、正確な生年月日は分からない。

 パソコン上で読み取れる限りの報道内容では、黒岩祐治知事に宛てた脅迫状と刃物を郵便で県庁に送り付け、知事らの安全確保のために本来必要のない警戒活動に当たらせるなど県庁の業務を妨害した容疑。

 熊本県八代市の秀岳館高校に対する余罪については触れられていない。


 URコミュニティ神奈川西住まいセンター課長職、神田裕治がいうところの県警内部のおれのお友だち(オトモダチ)情報通り、青葉署の刑事課長が九月二十二日付けで、鳥越貴博から田中健次(いずれも警部)に交代していることを確認した。

 株式会社三和の顧問弁護士、藤間崇史は、所属していた東京・港区虎ノ門の「大江・田中・大宅法律事務所」を九月に退き、十月から世田谷区の「世田谷用賀法律事務所」に移籍していた。藤間は世田谷かいわいで成育しているはずだから、生家近くで仕事ができて、おめでたいことだ。

 佳人薄命の代名詞とも言える女優、夏目雅子(一九五七-一九八五)を看取った夫で作家、伊集院静が十一月二十四日、七十三歳で没した。


(「弐拾陸の7 横浜でサッカーをすなる」に続く)

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