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弐拾陸の2 今、言ったから解決した

 横浜地方検察庁(ちけん)からの郵便物が団地一階集合ポストのおれのボックスに投函されているのに気づいたのは、週が明けて三日目の水曜。二〇二三(令和五)年十月二十五日のことだ。


《特定記録》


 赤いインクのスタンプ文字が、長型3号(ながさん)サイズの茶封筒表面に捺されている。宛て先欄のおれの住所、氏名は、封筒にそのまま刷ったような黒い活字。

 封筒表面下三分の一ほどの差し出し人欄には、最初から印刷されているらしい《横浜地方検察庁》とその住所に加え、黒いインクのスタンプ文字で、《徴収担当》《045-211-7571(直通)》。

 検察庁舎前の交差点を挟んで対角線にある横浜港郵便局が二日前の月曜、十月二十三日に受け付けたことが分かる切手代わりの証紙(ラベル)が貼られている。


 八階の自宅兼仕事場に戻り、開封してみた。

 三つ折り状態で出てきたA4サイズの紙二枚は、こんな内容だ。


《呼出状

  令和5年10月20日

 住所 神奈川県横浜市青葉区奈良町2913番地 奈良北団地2棟805号

 氏名 森 史×殿

  横浜区検察庁

  検察官事務取扱検事 横田正久

 貴殿は、次の罰金を未納のため、労役場に留置するから、下記により出頭されたい。

 出頭できないときは、その理由を通知すること。

 罪名      威力業務妨害

 裁判所     横浜簡易裁判所

 裁判の日    令和5年8月30日

 確定の日    令和5年9月14日

 刑名金額    罰金 200,000円

  記

 1 出頭すべき日時 令和5年11月9日午後1時

 2 出頭すべき場所 横浜地方検察庁 本館2階 検務官室(徴収担当)

  ※ 留置期間:11月9日~12月18日(40日間)

 3 持参すべきもの ・本書(呼出状)

           ・顔写真付き身分証明書(免許証等)

           ・病院に通院なら、病気が分かるもの及びお薬手帳等

           ・横浜刑務所出所後、自宅に帰るための交通費

  (調停番号 令和5年第000118号)(取扱者印  )》


 最後の《取扱者印》には、寺山のものと、別に二人分が捺されている。

 そして、もう一枚。


《出頭の際の注意事項

 出頭した日から労役場(横浜刑務所)に留置されますので、刑が終了して出所した時に、帰宅するための必要な交通費を持参してください。

 理由なく出頭しないときは、収容状を発付して強制的に拘束することになります。罰金を納付すれば、出頭の必要はありません。

 日用品等については、支給又は貸与されます。持ち込んだ所持品の大半の物は使用できませんので、ご了承ください》


 下半分に、出頭場所として指定されている検察庁舎の周辺地図が刷られている。庁舎は、八月三十日に釈放された場所だ。神奈川県警青葉署留置施設で同室だった四十番の男、野村らの公判傍聴を続けている裁判所建物の隣だ。


 前の週の金曜である十月二十日午前、立て続けに三回、横浜地検から携帯電話「赤色一号機」が受信し出られなかった用件は、このことだったようだ。

 徴収担当の寺山に電話をしてみた。


「呼び出し状、受け取りましたよ」

〈そうですか〉

「ご指定通り、出頭しますので」

〈……〉

「罰金を納付すれば出頭しなくていいって書かれてるね」

〈そうです。納めていただけますか?〉

「指定の日までにお金が準備できればね」

〈……〉

「納付するには、どうすればいいの? 前回送ってもらった納付書を使える?」

〈あれは期限を設定してるんで、もう使えません。現金でこちらにお持ちいただくかーー〉

「何十万円も持ち歩きたくないのよ。防犯上さ。最寄りの金融機関からでも、一区画(ワンブロック)二区画(ツーブロック)、歩くことになるだろ?」

〈ーー現金書留でこちらに送っていただくかですがーー〉

「うん」

〈ーー必ず十一月九日までにこちらに届くよう差し出していただきたいのとーー〉

「うん」

〈ーー差し出した際の記録が分かるものを、ファクシミリでも電話でもいいんで、お知らせください〉

「分かった。そうする。十一月九日に出頭するか、その日までに到着するよう現金書留で送ってそちらに連絡する」

〈労役場に入られるおつもりですか〉

「そうなるでしょうね。お金が準備できそうにないから」

〈その場合でも、前日の…十一月八日の早い時間帯に…午前中までですね。連絡をください〉

「そうなの?」

〈はい。労役場の受け入れの準備もありますし、労役場までの車も手配しなければなりません〉

「そうか。分かった」


 がちゃんと受話器を乱暴に打ち付ける音がして、通話は切れた。

 ところが、すぐに携帯電話「赤色一号機」が、横浜地検からの受電を知らせた。


〈森さん以前、通院されてる医療機関の処方薬のことを気にされてましたね〉

 寺山だ。

「うん」

〈薬は労役場には持ち込めません〉

「寺山さん、持ち込めるってその時に言ったじゃん」

〈持ち込めません〉

「じゃ、処方薬の名称が分かるメモをってことで」

〈それも持ち込めません〉

「持ち込めるって、寺山さん、言ったじゃん」

〈持ち込めません〉

「じゃ、どうすりゃいいの?」

〈入ってもらってすぐに医務検診があります。森さん、労役場留置は初めてじゃないんでしょ? 前回も医務検診を受けてるんでしょ?〉

「うん。だから、前回は持ち込めなかったって話したじゃん。寺山さん、十年前のことは知らんとか川越のことは知らんとか言って、取り合わなかったじゃん」

〈規則で持ち込めません〉

「郵送してもらってる《呼出状》に、《お薬手帳》うんぬん書かれてるね」

〈持ち込めません。規則です〉

「ぼくが前回、処方薬の話をしなかったら、この件はスルーされてたってこと? 《お薬手帳》でも持参すればなんら問題ないって安心して、結局、同じ処方薬は用意できないっていう結果になったってこと?」

〈持ち込めません。今、言ったから、それで解決したじゃないですか〉


 自身が架電した通話も、寺山は受話器を本体に強く打ち付けた音で切断した。


 神奈川県警青葉署に通常逮捕された日、医療機関の処方薬のことを刑事課強行犯係の誰に言っても「分かってるから、分かってるから」と彼らは取り合わず、巡査部長ジョー松本に至っては、「そんなこと、おれらには関係ないんだよ/知るかっ!/うるさい。おまえには関係ない。立て。歩け」と暴言。

 結局、留置施設に入れられて、留置管理課員に申し立て、夜の暗い時間帯になって手錠腰縄状態でおそらく刑事課当直勤務員の運転するワゴン車に乗せられ、未知の心療内科クリニックに連れて行かれたのは、前述した通りだ。

 その件を、警察に対しても検察に対しても裁判所に対しても、おれは蒸し返していない。今回の地検徴収担当事務官、寺山と同じようなことを言われるのは眼に見えていたからだ。

 すなわち、夜になって心療内科クリニックを受診させたからそれでいいじゃないか、解決したじゃないか、なんの問題があるんだ、と。

 手錠腰縄のまま受診したそのクリニックで処方された四種類のうち一種類は血糖値を上げる作用があるから糖尿病を抱えるおれには服用させられないと、その後に寄った調剤薬局の薬剤師によるストップが掛かり、残りの三種類の効果は薄く留置施設で眠れない日々を過ごしたのも、すでに述べた通りだ。


(「弐拾陸の3 パートタイム入所志願」に続く)

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