弐拾陸の1 国家資格の知識を悪用
神奈川県警青葉署留置施設で同室だった四十番の男、野村の共犯者で社会保険労務士、上野の公判を傍聴するため、野村の初公判から二週間後の二〇二三(令和五)年十月十八日、勝手知ったる横浜地方裁判所に出向いた。
野村と、意図せず同じ日に同じようにあった別の共犯者、橋本の二人の初公判を傍聴し、新型コロナウイスルにまつわる国の雇用調整助成金を億単位でだまし取ったという詐欺事件の輪郭がつかめたこと、それは留置施設で野村から聴かされていた内容と大きく違っていなかったことは、前述した通りだ。
そして、上野の素性やその存在さえ知らなかったおれは、野村らより前に審理が始まっていた上野の公判を傍聴しそびれていたことも、すでに述べた。
上野の公判は、法廷も、裁判官も検事も野村、橋本のそれとは異なる。
午前十一時十分という中途半端な開廷予定時刻通り、警察の留置施設の官品である上下灰色の囚人服姿の上野が、男の私服警察官二人に手錠でつながれた状態で、入廷してきた。弁護人席には男女二人の弁護士が着いている。
「被告人は、証言台の前へ」
裁判官の指示に、上野は従う。
傍聴人は、野村、橋本の公判の際より多い。おれより明らかに若い男女数人が前方の席を陣取り、固唾をのんで見守っている様子。
「前回の七月十九日付けに続き、本日は、八月九日付け、二十九日付け起訴状について審理したいと思います」
初公判ではないから、人定質問は行われない。
野村、橋本の初公判後にチェックした過去の報道内容によれば、六月の逮捕時に三十五歳だったはずだから、一九八七(昭和六十二)年か八八(同六十三)年の生まれ。一九六五(同四十年)生まれの野村、一九五九(同三十四)年生まれの橋本より干支二回りほど若い。逮捕時は、大阪府堺市に事務所を構えていた。
追起訴二回を含め計三回起訴されているのは野村、橋本と同じだが、最初の起訴と、二回目つまり最初の追起訴の日付けが、野村、橋本よりいくぶん遅い。最初の起訴が遅いということは、神奈川県警による逮捕が遅れたと考えられる。四人全員を逮捕してからの報道発表だったようで、実際の逮捕の日付けは読み取れない。
また、起訴が遅いのに初公判は二人より早かったということは、検察側は、上野の事件への関与を二人より重視しているとも考えられる。社会保険労務士という有資格者で、野村、橋本の初公判を傍聴した限りでは、国の助成金をだまし取る手法の指南役を上野が務めたという構図が見えるから、それは当然のことだろう。
検事の朗読する追起訴分二本の起訴状の内容は、野村、橋本に対するものと変わらない。
「黙秘権については、大丈夫ですね? それでは、認否をお尋ねします」
前回の公判で黙秘権はすでに告知しているということだろう。
裁判官の質問に対し、被告人として証言台に立つ上野が、初めて口を開いた。
「わたしが申請代行をしたことは事実です。しかし、詐欺として不正受給に加担したことはありません」
青葉署の留置施設で野村は、自身は容疑を認めているが共犯者三人はいずれも否認しているらしいと言っていた。
初公判で野村は、起訴事実を認めた。橋本は、事件への関与は認めたが、それが虚偽の申請だとは知らなかったと否認した。上野も、橋本と同様だ。
つまり、野村が囚人仲間のおれに話してくれた通り。
「弁護人のご意見をうかがいます」
「共謀はありません。被告人は無罪です」
裁判官の問いに、男の弁護士が答える。
検事による冒頭陳述も、野村、橋本に対するものと変わりない。
「十一月上旬に追起訴があると聴いておりますが」
「今月…十月二十七日までに追起訴します」
四度目の起訴、つまり三度目の追起訴予定があるのも、野村、橋本と同様。二人の初公判の日から二週間が経過しているためであろう、追起訴スケジュールで検事は、二人の際と異なり、「十月二十七日までに」と具体的な日付けを口にした。
「それでは次回期日ですがーー」
スケジュールに関するものらしい手元の資料と、裁判官の前の法壇下に席があり後方の法檀上の裁判官事を振り返り仰ぎ見る書記官の顔とを交互に見て確認しながら、裁判官はこう続ける。
「ーー十一月二十九日十三時から、非公開ということで」
公正な裁判を担保するため公判は原則公開だが、さまざまな理由で、裁判官により非公開とすることができる。
社会保険労務士である上野がその知識を悪用して厚生労働省の出先機関である神奈川労働局、大阪労働局への虚偽申請を指南したと、捜査機関、つまり神奈川県警と横浜地方検察庁は見ているから、公判を公開するとその具体的な手口を公にさらし、模倣犯を誘発すると、横浜地検も横浜地裁も判断したのだ。
労働、社会保険問題の専門家として、労働保険や社会保険諸法令に基づき、行政機関に提出する提出書類や申請書を依頼者に代わって作成したり、労働関係紛争の調停、あっせんといった解決手続き代理を行ったり、企業経営での労務管理や社会保険、障害年金、国民年金、厚生年金保険について指導することがなりわいの国家資格である社会保険労務士は、高度な専門性を有するがゆえに、同時に高い倫理性が求められる。
彼ら社会保険労務士は、だから、違法な手続きの敢行が容易な半面、そうしたことに手を染めた場合のペナルティーは当然、重い。
「上野さんっ!」
「所長っ!」
閉廷し裁判官が退廷した後、傍聴席の男女が腰高の柵ぎりぎりまで押しかけ詰め寄り、上野に声を掛ける。二人の私服警察官によって手錠をはめられる上野は、うなずきそれに応じる。
警察官二人は、なにも言わない。上野が声を上げたり、傍聴席の男女が柵を超えて近づこうとしたりしたら、制止するだろう。
「先生っ!」
「頑張って!」
上野が扉の向こうに消えるまで、傍聴人はその後姿を見送る。
野村が青葉署で処分を付されていたのと同じように、上野も接見禁止なのだろう。傍聴席の連中にとって、公判が唯一の上野に接する機会なのだろう。
彼ら傍聴人と上野の関係は、おれには分からない。親族もいたかもしれない。しかし、公判が非公開になれば、上野の接見禁止が解かれない限り、彼らも上野と接する機会を奪われたままだ。
上野の公判があったその日おれは別に予定がなかったから、夕刻まで裁判所建物で過ごし、法廷をあちこち巡って刑事事件の公判や民事事件の口頭弁論をだらだら傍聴して過ごした。
閉庁前に、十一階の刑事部刑事訟廷庶務係に寄って、上野以外の三人の次回公判期日を確認した。野村の十一月二十九日、橋本の十二月六日は変わらず予定通り。横浜市の会社経営者で中国出身、文強の期日は未指定のままだった。
二日後の十月二十日、午前九時二十三分、同十時六分、同十一時四十四分の三回、横浜地検から短時間に立て続けの電話を携帯端末「赤色一号機」が受信していることに、気づくのが遅れた。気づいたのは夕刻だった。
その日は金曜。翌日も翌々日も、地検は閉庁でコールバックできない。
横浜簡裁での略式命令が確定した威力業務妨害罪の罰金二十万円の納入に関することだろう。
おれにとってはどうでもいい案件だから、週明けに対応することにした。そして、どうでもいい案件だから、週が明けたら地検からの電話のことは忘れてしまっていた。
(「弐拾陸の2 今、言ったから解決した」に続く)




