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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
弐拾伍 歌姫の慟哭を聞け(Hear The Diva Laments)
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弐拾伍の4 冗談だよと笑ってほしい

 女性シンガーソングライターとして成功を収めた米国のキャロル・キング(一九四二-)は、日本と縁が深い。ソロ・アルバム『Tapestry(邦題「つづれおり」)』とその収録曲『You've Got a Friend(同「(きみ)の友だち」)』が大ヒット中の一九七一(昭和四十六)年、デビュー前の五輪真弓(いつわまゆみ)(一九五一-)のデモテープを聴いて感銘を受け、彼女が米国カリフォルニアでレコーディングしたデビュー・アルバム『少女』(一九七二)製作をサポートしている。

 これらのことから五輪は、国内メディアで「和製キャロル・キング」とうたわれ、日本女性シンガーソングライターの草分けと位置づけられる。

 しかし、当時の日本ではシンガーソングライターの地位や需要が音楽市場で確立、定着しておらず、また、五輪自身も、大衆への迎合を好まなかった。

 五輪の名を広く世間に知らしめたのは、十八枚目シングル『恋人よ』(一九八〇)だ。当初B面のカップリング曲として五輪が作詞作曲したこの作品は、こんなサビ。


〈恋人よ/そばにいて

 こごえる(わたし)のそばにいてよ

 そしてひとこと/この別ればなしが

 冗談だよと/笑ってほしい〉


 失恋の歌でも、離縁の詩でもない。

 五輪デビュー当時のプロデューサーで、米カリフォルニアでのレコーディングにも同行したミュージシャン、木田高介(きだたかすけ)(一九四九-八〇)が交通事故死。その葬儀で慟哭する木田の妻の姿に衝撃を受け、書き上げた。

 歌詞〈ひとこと〉〈ばなし〉は、漢字を使っていない。訴えの相手は、もはや言葉を発することもできないからだ。なにかの作り話ではない、無情な現実だからだ。

 また、「こ」に濁点を付ければ、「他人事」の字を当てられる。なにかの間違いであってほしい、他人事(ひとごと)であってほしいという望みが読み取れる。

「別ればなし」は、名詞「(はなし)」のことであろう。サ行五段活用の動詞「(はな)す」の連用形「話し」も読みは同じ。「は」に濁点があってもなくても変わらない。「()く」「()く」「()く」と同じように、文字つまり漢字が中国大陸より伝わる前から存在する大和言葉(やまとことば)では区別していなかったと考えられる「(はな)す」「(はな)す」の字を当てれば、この別れでもう二度と会えなくなるのだというニュアンスが深まる。

 そして、語り手は現実に引き戻される。決して「冗談」ではないし、「笑って」ももらえない。タイトル、歌詞通り、語り手と相手は、愛し合う恋人同士のままなのに。

 歌詞には死を連想させる直截的な文言が含まれていないから、背景を知らなければ、五輪が作品に込めた思いは聴き流されがちだろう。


 幼なじみを亡くしそのことを知らされなかったジェイムス・テイラー(一九四八-)への返歌(アンサー・ソング)を書いたのは、キャロル・キングが二十九歳の時だ。仕事仲間の死を嘆く、やはり同業者であるその妻の胸中をおもんぱかって『恋人よ』を書いた時の五輪も、二十九歳だった。


 表現者(アーチスト)にとって、生と死は永遠のテーマだ。

 一九七二(昭和四十七)年、シングル『返事はいらない』でデビューしたユーミンこと松任谷由実(まつとうやゆみ)(一九五四-)=旧姓・荒井(あらい)=の二枚目シングル『きっと言える』(一九七三)B面カップリング曲で、ファースト・アルバムに収録しその表題にも使った『ひこうき雲』は、十代で亡くなった同級生の少年のことを歌っている。


〈高いあの窓で/あの子は死ぬ前も

 空を見ていたの/今はわからない〉

〈あの子の命は/ひこうき雲〉


 歌詞に〈死〉〈命〉が登場する。

 ユーミンは本人歌唱によるデビュー前から作曲家として活動しており、グループサウンズ「ザ・タイガース」トッポこと加橋(かはし)かつみ(一九四八-)グループ解散後ソロ曲『愛は突然に…』(一九七一)に、作曲者として彼女の名前が著作表記(クレジット)されている。曲発表当時、ユーミンは高校三年の十七歳。

 シンガーソングライター以前の年少時に作家としての経歴を持つという、キャロル・キングとの共通点がある。

『ひこうき雲』の「あの子」は、ユーミンの小学校のクラスメートで、遺伝性の難病である筋ジストロフィーを患っていた。二人は別々の中学へ進学。再会の機会を得ず、四年後の高校生の時に彼は亡くなる。

 参列した葬儀で祭壇に飾られていたのは彼女の知らない高校生の彼の写真で、自分の記憶の中の彼と、目の前の写真の中の彼とのギャップにインパクトを受け、この曲を書き上げた。一連の出来事は、ユーミンが歌い手としてデビューするきっかけとなった。


 物故者や遺された人に対する鎮魂のための作品でメジャーなシンガーソングライターに、さだまさし(一九五二-)がいる。フォークデュオ「グレープ」時代の『精霊流し』(一九七四)は、水難事故で命を落とした従兄(いとこ)がモチーフ。『道化師(どうけし)のソネット』(一九八〇)は、ノンフィクションがさだ主演で映画化された、サーカスのピエロの転落事故。アルバム『夢の轍』(一九八二)収録曲『(つぐな)い』は、曲中で語られる交通事故を起こしてしまった律儀な青年「ゆうちゃん」ではなく、「被害者の奥さん」が、さだの知人だった。


 交際していた年下女性の急逝を歌ったとされる長渕剛(ながぶちつよし)(一九五六-)三枚目シングル『(いの)り』(一九七九)に関し、長渕は多くを語らない。


 若者のカリスマと呼ばれ二十六歳で逝った尾崎豊(おざきゆたか)(一九六五-九二)のことを、同じ所属事務所・レコードレーベルだった時期がある浜田省吾(はまだしょうご)(一九五二-)は、こう述懐している。


「この年(一九八三年=筆者注)の初めか前の年の終わりか、ぼくの運転する車の隣に座ってたディレクターの須藤(すどう)(あきら)=同)くんが、『今、十八歳の面白い子を見つけたんだよ』って言ったんです。『へえ、どんな子』って言ったら、『浜田や井上陽水(いのうえようすい)佐野(さの)元春(もとはる)=同)くんとか、日本のロックやポップ・ミュージシャンの影響を受けて出てきた最初の感じなんだ』って」

「(一九)八六年に『J.BOY(ジェイ・ボーイ)』のトラックダウンをロスで終えてニューヨークで会ったんです」

「『J.BOY』を、『このアルバムってぼくのことを歌ってるみたいだ』って言ったの。『そうだよ、きみのことだよ』って答えたのをすごく覚えてる」


 一九八六年発表の浜田十枚目のこのアルバムは、浜田にとって初のオリコンチャート一位を獲得した作品だ。浜田コメントは、若く尖って危なっかしい自意識過剰気味な生前の尾崎に対する、リップ・サービスの意味合いもあっただろう。


 神奈川県警青葉署留置施設で同室だった、国から億単位の助成金をだまし取ったとして詐欺罪で逮捕、起訴されていた四十番の男、野村が「元内縁の妻」と主張する、夭逝した美しい女性シンガーソングライターも、実体験に基づく死を扱った作品を書き、自ら歌っている。

 歌詞にそれを思わせるフレーズは出てこないから、背景を知らないと、五輪真弓『恋人よ』、キャロル・キング『You've Got a Friend』同様、聴き流してしまう。


 キャロル・キングと、ジョン・レノン(一九四〇-八〇)との接点について記す。

 二人は、少なくとも二回、対面している。一度目は一九六五(昭和四十)年。この際、自己紹介したキングに対し、レノンは無礼な態度だったという。

 二度目は、オノ・ヨーコ(一九三三-)との間にショーン・レノン(一九七五-)を授かったジョンが、主夫(ハウス・ハズバンド)を自称していた一九七六(昭和五十一)年のことだ。

 キングが、夫妻の家を訪れた。前回の対面を覚えているかと、キングはレノンに尋ねる。レノンは、覚えていた。

 その時のレノンの態度について、キングは問いただす。レノンは、こう答える。


「怖かったからだよ/きみとジェリー(当時の夫のゴフィン=筆者注)はあまりにも偉大な作曲家だったから、見下されないためにはなにを言っていいかわからなかった。だから自分を楽にして、気の利いたことを言おうとしてたんだ」(松田よう子/訳)


 一九九〇(平成二)年、二〇〇七(同十九)年、〇八(同二十)年、一〇(同二十二)年にキングは、日本で公演している。

 このうち一九九〇年には、同じ時期に来日ツアーを組んでいたポール・マッカートニー(一九四二-)の東京での公演にも、観客として参じている。


(弐拾陸 悪あがき(Struggle)「1 国家資格の知識を悪用」に続く)

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