拾玖の2 それからの『典子は、今』
「あの店には、もともと問題が多いんです」
「問題? どんな?」
「あまりにも数が多くて。新しいことから話しますか? 旧いことから話しますか?」
「新しいことから言って」
「例えば、時期的には今回問題にされてる一件より後のことです。惣菜売り場で、密封されてない陳列台の真上にある照明用の蛍光灯を、埃をぼろぼろこぼしながら、店長が交換してる。売り物の惣菜は、落下した埃だらけ。そのことを店長に指摘したら、来客の少ないアイドリングの時間帯だから問題ないって、ぼくの指摘を理解しないーー」
「ーーそういう衛生的な問題があると思うのなら、そんな店では買い物をしなきゃいいじゃないか」
強い口調でオオタケは、おれの供述を遮る。
株式本社三和の町田市の本社にあるらしい総務部に初めて電話をした際、陳列棚への搬入で商品が入っている段ボールを店舗従業員が蹴って移動させたり、密封されていない出来合いの惣菜を、ハンディー器材をシャベルかスコップのように使いザクザク砂場の山を削ったり移動させ新たに山を造ったりの問題を並べ立てたところ、女声従業員は、「もしそれが事実だとしたら」という仮定付きで、衛生上の問題がある、というようなことを言った。
おれたち取材に携わる者にとっての「取材」と、取材に縁のない者がそのワードで捉えるイメージには乖離がある、それは、「取材」を「捜査」に置き換えても同じことだと、すでに述べた。
そのことは、例えば「衛生」も同じだ。
少なくとも昭和中期以降において「衛生的」といえば、「清潔」と同義語だ。
しかし、もともとは、病気にかからない、健康であるという意味を含む。江戸時代の儒学者、貝原益軒(一六三〇-一七一四)が著した健康のための指南書『養生訓』でいうところの「養生」という概念が、明治時代以降、「衛生」という新しい用語にほぼそのままの意味で置き替えられた。
つまり、衛生とは医療(医学、薬学を含む)、保健(保険とは区別する)、防疫、栄養などを含んだ概念で、旧・厚生省が所管する分野の多くがそれに該当する。
労働安全の部門は、一九四七(昭和二十二)年、旧・厚生省から独立し新しくできた労働省に移管されたという歴史的背景やそもそもの親和性の強さから、二〇〇一(平成十三)年の中央省庁再編で厚生省と統合し原点回帰。新制・厚生労働省が発足した。
旧・厚生省の記者クラブに寄生していたころのおれは、報道関係者、政官関係者など事情を知る者に取材担当分野を尋ねられると、こう答えていた。
ーー主に公衆衛生行政をーー
それで通じていた。
関係者と部外者で捉えるイメージが異なる例を、取材、捜査、衛生に加え、もう一つ挙げる。「経済」だ。「経済的」といったら物事が安くあげられることを一般にはイメージされがちだが、学問や実務としての「経済」は、もっと幅が広く、奥が深い。
検察庁に勤務する国家公務員である検事、オオタケは、「衛生」が意味する概念、範囲を掌握しているはず。それなのに素人のような表現をするのは、その方が被疑者であるおれにとって分かりやすいとでも誤認しているのか、または、株式会社三和総務部やその顧問弁護士の主張に依存しているせいなのか、あるいはその両方だろう。
「三和以外に、近所に店はないの?」
オオタケは畳みかける。
「もう一つ横断歩道を渡れば、コンビニエンスストアがありますがね」
交差点の対角に当たる「筋向かい」に、セブン-イレブンのフランチャイズ店がある。道路を一つよけいに横断するのが面倒だという理由だけで、スーパー三和が営業している時間帯にはそっちに通っていた。
「じゃあなぜ、そんな『衛生的』な問題を抱えるスーパーに行くんだ」
「『衛生的』じゃない物を口にしても、もう気にならない年齢だからですよ。そういう境遇の暮らしだからですよ」
オオタケに合わせ、あえて「衛生」というワードを使った。
「年齢に、どういう関係があるんだ」
「ぼくはもう、子を成さない。ぼくが買ってきたものを、子どもや、これから子を成そうという世代は食べない。口にするのは、一人暮らしのぼくだけ」
「……」
「食品衛生も薬害も公害も、健康被害の犠牲者は子どもです。子どもに直接、あるいは、そういうものを摂取した、体に蓄積した親の世代から、生まれ来る子どもに間接的に、垂直に被害が及んでます」
一九六〇(昭和三十五)年前後、西ドイツ(当時)で開発された非バルビツール酸系の化合物「サリドマイド」が、日本でも催眠鎮静剤、胃腸薬として認可され、「つわり」対策で多くの妊婦が服用した。
胎児への強い催奇性など先天異常との関連が世界で報告、警告されたが、日本は、公衆衛生行政を担う厚生省(同)の対応が遅れた。当時の輸入販売元「大日本製薬」(現・住友ファーマ)保護のため、つまり、国と事業者の癒着のため、すなわち、厚生官僚や厚生族議員の利権を優先したためだ。
インターネット社会の現在のように情報が行きわたらない中、国は、輸入販売元の在庫がはけるのを待ってから出荷停止の措置を採ったとされる。
その間、この薬剤の危険性を知らずに服用した妊婦の子が死産になり、あるいは、身体の一部、特に四肢を欠損する子が生まれた。
サリドマイドの副作用で生まれつき両腕のない辻典子(一九六二-)=現・白井のり子=が本人役で出演する、松山善三(一九二五-二〇一六)監督の半ドキュメンタリー映画『典子は、今』(一九八一)は、国内で大ヒットし、米国の権威ある医学教育映画祭グランプリを受賞している。
おれは、彼女(本稿では出生名「典子」と称する)に会ったことがある。
妊婦への禁忌薬「サリドマイド」は、ハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(らい性結節性紅斑)への効果などで再評価。抗がん剤としての利用も試みられていた。
国内では大阪拠点の「藤本製薬」が、多発性骨髄腫の治療薬としての治験(臨床試験)を、厚生労働省に申請。同省の審議会は二〇〇五(平成十七)年、サリドマイドを希少疾病用医薬品に指定することになる。
その審議会の会合に、ヒアリングのため典子が招聘され発言の機会を与えられた。
当時の典子は、地元・熊本の高校卒業と同時に入職した熊本市役所での勤続二十五年目を迎えていた。
東京・千代田区の官庁街にある複合ビル高層階で開かれた会合に、おれは取材のため出向いた。到着が早すぎて会場に入れなかったから、ビル一階にテナント出店するカフェチェーン「プロント」で、コーヒーを飲んでいた。
店内の客席は、すいている。そこに、典子は一人で現れた。
冬の寒い時期で、長袖の衣服を厚着していると、上着の袖に腕を通さず肩に掛けていると誤認されがちだからであろう、典子の上着は、両袖それぞれが真ん中辺りで結ばれていて、腕があっても通せない仕様になっている。
(「拾玖の3 厚生省が上告断念」に続く)




