【十四話】微風と微熱
シュウは後方支援および避難誘導に専念することになった。
前線に残っているのはバクとビリー、そしてヒューゴーのみ。
辺りは不気味なくらいに静まり返っていて、三人の声がよく響いている。
いくら朝方とはいえ、こんな場所にいる物好きはスカベンジャーくらいだ。
ゴミの間から絶え間なくあふれてくる腐敗ガスを嫌ってか、乞食やホームレスすら近づかない。
これが翻って時間の節約に繋がったのだが。
「大口叩いたとこ悪いんだけど──」
作戦がある、と言って竜巻を迎えようとしているバクが申し訳なさそうに口を開いた。
視線は空を向いている。
もっと言うと竜巻の頂点だ。
「もしかしたら間に合わないかも」
「はぁ!?」
「僕たちここで死んじゃうんですか!?」
「そうなるな……」
ゴミに火を点けながら言う。
その火種はなかなか大きくならないし、なにより燃えないゴミのほうが多くて困る。
バクは墓場にあるすべてのゴミを燃やして黒煙を大量に出せたら、あのモザイクを倒すに足ると計算しているのだが、こんなことをチンタラやっていたら竜巻に吹き飛ばされて死ぬ。
どうしたものか。
バクの先走り癖は他人を巻き込む素晴らしい魅力を持っているが、反対に誰かを巻き添えにドン底まで転がり落ちていく厄介さも孕んでいる。
「とりあえず三人で火を──」
「おいおい、お前ら三人で歴史に名を刻もうって算段か? そんなのズルいぜ!」
「えっ、この声は?」
「よおバク! 助けに来たぞ!」
「……? ……いやアンタらマジで誰だ!?」
「いや知らんのかい! 世界ドミニオンズ機構の職員だっての! お前らの上司だよ!」
「知ってるわけあるか!」
振り返ってみると、中年の男女が十余人ほど。
なぜだか知らないがバクたちのいる墓場まで駆けつけてくれた。
よく見てみると、彼らの肩にはDの字のマークが。
世界ドミニオンズ機構の一員である証だ。
「手伝えることはあるか? お前さん、なにか作戦があるんだろう?」
「もしかしてシュウさんから聞いたんすか?」
「おう、あの子たちだけじゃ心細いので~ってな。そう頼まれちゃあ駆け付ける以外ないってもんよ」
「……」
「安心しろ。こいつら全員イカレポンチだ。もちろん俺もな」
恐れを知らぬ笑顔。
眩しさすら感じられる、正義への忠誠心。
バクもなにかと死と縁のある人生を送ってきたが、勇み足とも思えない彼らのまっすぐな発言には数秒、硬直せざるを得なかった。
そういえば彼らはなぜ世界ドミニオンズ機構で働いているのだろう。
給料が良いから、というわけでもなさそうだが。
バクは今までに味わったことのない恐怖、畏怖を飲み込まされ、よろけそうになるのを持ち直しながら彼らと向き合った。
「──オレの作戦が失敗に終わっても恨むなよ」
「恨まんさ。それに、そんな後ろ向きでどうする。成功したあとのことを考えたほうが百倍楽しいに決まってるだろ?」
「……あー……言えてる。じゃあ指示を出すから、みんな聞いてくれ。楽しい楽しい地獄へのピクニックの始まりだ。地獄の門は絶対にくぐるなよ」
「「「おう!」」」
大勢に混ざってビリーとヒューゴーも大きな声で返事をした。
これが脳内麻薬による集団自殺になるか、百年後まで残る英雄譚になるか、それはバクたちの頑張り次第だ。
「改めて自己紹介させてくれ。オレは今からお前たちの命を預かる、バクって名前の、特に取り柄のない男だ。それ以外の何者でもない」
バクはいつになく真剣な顔つきをしていた。
まぁ、いつも真剣だが。
最初の指示は地味なものだった。
それは近くから可燃物をかき集めてこい、というもの。
油でも薪でも炭でもいい。
世界ドミニオンズ機構の権限と資金でもって、死に物狂いで集めろ。
さもなくばエルピス島は壊滅する。
そう言い切った。
「そしてオレたちはフォーメーションの確認だ」
「つっても立ってるだけだろ」
「ですね」
ビリーとヒューゴはゴミの山の上に座り込んで、どこか暇そうな様子。
それもそのはずで、先ほど作業を手伝おうとしたら「お前らはジッとしてろ! 作戦前に怪我するようなマネしたらタダじゃおかねぇ!」と怒鳴られたのだ。
確かにそうだな、と今は休養している。
ただこの時間があることによってヒューゴーに「溜め」の時間が生まれた。
「改めて聞くけどさ、ヒューゴーの能力って──」
「風を生み出す能力です。もっと言うと軽い『粒』を遠隔で動かせる、って感じですね」
「じゃあ水とか土は重すぎて無理か?」
「はい、ひと粒ひと粒が僕の念力で動かすには重すぎます」
バクはふーんと唸る。
なにも考えてない時の返事だ。
そしてそれを裏付けるように、彼はさくっと話題を替えた。
「オレが頼んでたアレ、できてるか?」
「すでに」
ヒューゴーは口を大きく開いてみせた。
その姿はいつぞやのモザイクにそっくりだ。
喉の奥がよく見える。
しばらく口をあんぐりと開けた後、彼は少し恥ずかしそうに口を閉じた。
「──すでに祈りを始めています。この辺りの大気はすべて僕の能力の範囲内です」
「姉より才能あるんじゃねーか?」
「いえいえそんな。僕は『自』を中心に、お姉様は『他』を中心に風を起こせるってだけの話です。能力者と対象の距離が近いぶん、僕のほうが風を強くしやすいんでしょう」
と謙遜しているが、この短時間でモザイクに迫らんとするこの天才っぷりには誰も文句を付けられないだろう。
しかもヒューゴーはこれまで能力を完全に封印し、なるべく姉の傷のことを思い出さないようにしていた。
こんな幾重ものハンデを負いながら、なおも世界ドミニオンズ機構の主力を張れるのだ。
彼が内包する価値は計り知れない。
ガブリエルに紹介してやったらきっと気に入るだろう。
もしかしたらバクよりも好待遇を受けられるかも──なんて話はまた今度。
今はやるべきことがある。
「しかし急にどうした? 能力をオレたちのために使ってくれるなんて」
「……心変わりくらい、しますから」
ヒューゴーは自身がドミニオンズであることを隠していた。
ひどく嫌っていた。
怖かった。
能力を使うと、あの日の、あの光景と地続きになってしまう気がして。
「この能力のせいで僕らは──お姉様は世界から迫害され、傷付き、堕ちてしまった」
こんなもの、ひとりの人間が持っていて良いわけがない。
拳銃だ。
本来、厳重に管理されて然るべきなのだ。
ヒューゴーはそんな厭世的な理想像を幼少期の頃から持っていた。
そんな中、少し変わったドミニオンズが視界に割り込んできた。
『華麗に助けてやるぜ。これでオレもヒーローになれるかな、ははっ……』
その者は能力を使うことを躊躇しなかった。
その者は誰かを助けるために動いていた。
その者は差別に苦しんでいた姉を理解してくれた。
それなのに、なんと言えば良いのだろう……遠くにいる気がしなかった。
どこにでもいる等身大の男の子だった。
「オレの顔になんか付いてるか?」
「いえ、なにも」
この者ならば、ずっと隣にいてくれると思った。
誤りを正してくれるし、正しさを肯定してくれる。
根拠や理由のない安心感で包んでくれそうな、そんな気がした。
「にしてもヒューゴーの能力は最高だな」
「……そうですかね?」
「夏に扇風機がいらないだろ? それだけで最高なんだよ」
なんてバカな。
そう笑う。
しかしバクはなぜ笑われたのかわかっていない様子で、ジロジロと見てくる。
そうだ。それで良いんだ。
誰かの頬を風で撫でたら、もうそれで最高なんだ。
自分はそんな簡単なことにさえ気付かず、夏の暑さを何回もやり過ごしてきたのに。
なんてバカだったんだろう。
いや、なんて難しく考えていたんだろう。
「ビリー」
「おうよ」
「ヒューゴー」
「はい」
この世界は簡単な仕組みで出来ていたんだ。
楽しい。幸せ。嬉しい。ありがとう。
落ちてるそれらを拾うだけで良い。
ずっと変な場所ばっかり見ていたから、気付かなかった。
この頭の固さには、やっぱりあの人の弟なんだな、と思わされた。
「最終確認だ。オレたちはこれからこの作戦を成功させる」
もちろんバクには危うい側面もある。
悪に傾きやすい純粋さもあるし、簡単にヒトを殺せる凶暴性もある。
しかし彼の良い側面に影響されてヒューゴーは良い人間になれた。
だったらそれで良いじゃないか。
せっかく転ぶなら目的地がある方角に転んだほうが絶対に良い。
「んで──成功したら、なにを食いたい?」
「肉だな」
「魚ですかね」
「両方食えるぜ。オレら高給取りだからな」
バクはシュウとの約束を。
ビリーは美味しい食べ物を。
ヒューゴーは悪に堕ちた姉を。
それぞれの目的を果たすときが来た。
「ちょうど合図が『燃えてる』ぜ」
バクが特定の方向を指さすと、そこには大きな、それはもう大きな狼煙が。
モウモウと黒煙を空の雲の彼方へ昇らせていた。
その光景に圧倒されていたら二と、三と、最初の合図に続くようにして狼煙が昇っていった。
いや、もはや野火だ。
広大な地表に放たれた、神より授かりし光明。
それがあらゆる物体を飲み込んで、赤白く発光し、その後に黒い煙を吐き出していく。
さながらキャンバスに倒した黒のペンキだ。
黒は青を塗りつぶし、やがて空いっぱいに広がると、太陽の熱、光さえも遮断した。
「そんでもって──RPGのボスの登場だ」
空にある黒。
その端を、テーブルクロスを引きずるようにシューシューと吸い込んでいく影があった。
モザイクの竜巻だ。
タイムリミット、ギリッギリ。
バクの作戦の第一段階は彼女の襲来に間に合ったのだった。
「──無駄な手を」
「ムダだと思うなら、わざわざ様子を見に来なくても良いんだぜ」
瞬間、不思議なことに竜巻が停止してしまった。
きっとモザイクがなにか働きかけたのだろう。
案の定、その主たる聖女が、恭しくスカートをたなびかせながら登場した。
「その後ろにある竜巻、どかしてくんないか?」
「なりません」
「じゃあ戦うか?」
「そうしましょう」
モザイクが不可視の風刃を繰り出す。
「チッ……! もうちっと手加減とか……! しゃあねぇ、ヒューゴー!」
「っ、はい! 足止めは任せます!」
バクはモザイクの腕の動きから、その刃の軌跡を予測。
瞬時にかわして見せた。
そして戦いの後ろで、ヒューゴーが掌同士をバチン。
五指と五指を強く絡ませ、祈りの姿勢に入った。
彼固有の、能力の発動モーションだ。
「ビリー! 攻めろ!」
「わかってるぜ!」
捨て置かれた電化製品から電気を誘導。
青白いプラズマと化したそれを、ビリーは聖女に向かって流した。
音より速く飛んでいくも、モザイクがそれを読んでいないはずがなく──
「地面に近い場所では、ビリー様の能力も無意味なのですよ」
さっと手を添え、空気に働きかける。
すると電気の軌跡が面白いくらいにギュンと曲がり、地面に向かって放射状に消えてしまった。
風の塊を避雷針とし、地面に向けて電気を逃がしたとでも言うのか。
「ヒューゴー……私に追いつけて嬉しかったでしょう。それでも経験はこちらが上です。貴方の知らないやり方でお友達を殺して見せましょう」
「ゴチャゴチャとなに言って──ぇ、ぐぉ……!?」
バクは突然、呼吸をおこなえなくなった。
根拠は胸の痛み。
肺にナイフを押し込まれた感覚があったのだ。
その後、間髪入れず視界が暗くなり、全身が倦怠感に包まれた。
「お、まぇ……」
「大気圧の関係で、完璧な真空は作れないのですよ」
「ぅ、ぁ……」
「バク!? どうした!?」
ビリーは気が動転し、足を止める。
それもそうだ。
こんなの作戦にないんだから。
司令塔がいない状況でアドリブを演じろ、なんて言われても彼には針に糸を通すように難しい。
しかも下手したら司令塔が殺されかねないのだ。
動けたものではないし、これで動けるのなら肝が座りすぎている。
「モザイクさん、さすがにアンタのこと──」
「安心してください。殺しはしませんよ。ただしひとつ約束してください」
モザイクはまっすぐな瞳で告げる。
「バク様を連れて、どうか私の見えない場所まで逃げてくださいませんか。こちらも殺したくはないのです」
「……好き勝手言いやがるッ!」
あり合わせの電気を糧に、突撃。
こんなに舐められたもんじゃ退くに退けないだろう。
濡れたガレキをガチガチと踏み鳴らしながら距離を詰め──
「いくら恩人でも見過ごせね、ぇ……」
「どうされましたか?」
「ぇ、ぉ……」
「あらあら」
そして同じ術にはまり、真っ逆さま。
憎きモザイクの横を通り過ぎるようにしてガレキにダイブ。
倒れたあとは力なく肉体を痙攣させるしかなかった。
これで策は尽きた。
勇者のいなくなった丘には、慈しみの風が吹くのみ。
その風の音色の、なんと虚しいことか。
「……消えると、それはそれで寂しいものです」
モザイクはそう残すと、最後の障壁──愛しの弟を探し始めた。
彼の能力はよく知っている。
自分と同じだ。
二つの竜巻の片方の、その根元で待っているはずだ。
「弟は元気でやっているでしょうか……子供たちも……」
みんな元気ならそれで良い。
みんな元気ならそれが良い。
モザイクは、ただ差別主義者たちを皆殺しにしたいだけ。
そこにはバクも、ビリーも、ヒューゴーたちも、誰ひとりとして含まれていない。
空を埋め尽くし始めた暗雲を、処刑対象たちは震えながら見ているはずだ。
これから自分たちが殺されるとも知らずに。
「──見つけた」
たったひとりの家族。
遠くからでもすぐに判別できる。
大風のなか、倒れずに祈りを続けている。
「……少々、心が痛みますが……弟も同じように──」
窒息させ、無力化してやろう。
そう言おうとした。
そんな彼女を呼び止める声がした。
もう誰も抗ってこないはずの、この墓場で。
「オレたちを差し置いてヒューゴーに手を出そうってか? ひでぇよなぁ、ビリー?」
「あの人は俺たちのなかで一番ヒョロいからなぁ? 止めなきゃいけねぇなぁ、バク?」
倒したはずの二人が蘇って──否、蘇りはありえない。
まだ能力は切っていない。
酸素を吸えていないはずの彼らが、自由に動くことなどあってはならな──
「これに関しては、オレも結構ズルだって思うぜ」
「同感だ。バクの能力は見た目以上に奥が深い」
「なぜ……なぜ?」
「はっ、そんじゃあこの辺でお迷いの聖女さまに大ヒントだ! オレの能力はなんでしょ~か?」
爆発。
何度も見た。
爆発に決まっている。
いや……待った。早計だ。
爆発という能力とは、そもそもどういうものなんだ?
なにを爆発させている?
トリガーが喉の発火だとして、燃料はなんだ?
対象を破裂させているわけではないだろう?
モザイクはあらゆる可能性を模索、考慮、推測し──
「まさか貴方、す」
「そこから先は言わなくても良いぜ」
正解にたどり着いた。
頭の切れる聖女だ。
これまでバクがひた隠しにしてきた秘密を、たった十数秒の熟慮で見破ったのだから。
「ホントに、これに関しては騙して悪かったと思ってる。だってオレの能力を見たらさ、普通に『爆発する能力』って思うよな。誰も疑ってこなかったよ」
「バク様……やはりあなたは素晴らしい。抜かりなく、賢く、カリスマも持ち合わせている」
「それを言い表せる良い言葉があるぜ。行き当たりばったり、だ」
バクは別に隠したつもりなんてなかった。
言いたくなかったわけでも、やましいことがあったわけでもなかった。
ただ、ホントに、言ってなかっただけの話。
「いまアンタが思い浮かべてる物質に電気を流した。それだけだよ。マジで作戦でもなんでもなく、いま偶然ハマっただけなんだ」
「その知識もこっちの受け売りだがな」
ビリーが横から突っ込む。
「──だとして、どうするつもりです?」
「どうもこうも、アンタを止めるんだよ。オレたちの──みんなの力でな」
「モザイクさん、理科の授業は好きか?」
バクは東に、ビリーは西に駆け出す。
今度は距離を取っているため、万が一にも酸欠を起こすことはない。
「今更、いったいなにを──」
「敵を侮る癖、そろそろ止めたほうが良いぜ」
「バク! いつでもOKだ!」
ビリーが叫ぶ。
そしてモザイクが警戒したのも束の間、それに応えたのは他でもないバクで。
「全員、火力全開だ!!!」
──ドォン! ドォン! ドォンドォンドォン!!!
バクの発破を合図に、墓場からさらに煙が立ち昇る。
雨をものともしない、勇気の明かりだ。
「オレばっかり見るなよ。ただの火点け役だ」
「……っ!」
モザイクが気付いたときにはもう遅い。
立ち昇った煙が、上昇気流が、ヒューゴーの手助けになっていたから。
竜巻とは寒暖差が起こす暴力的な「調整」だ。
下が熱くなれば、上で冷やされる。
逆に言えば、バクがゴミを大量に燃やして風を作れば、それを足場に竜巻を作ることなど実に容易い。
もちろんヒューゴーの才能は無視できないが、それでもモザイクに対抗しうる竜巻を生めたのは、この上昇気流によるところも大きい。
「まさか竜巻に竜巻をぶつけ、対消滅を──」
モザイクはすぐに察知した。
だとしたら進路を変えねばならない。
せっかくの恨みの結晶が消されてしまっては、この星にある島々を壊滅に追い込むことなどできないのだから。
バクとビリーに気を配りながら、聖女は竜巻に指令を送った。
「──モザイクさん、オレの友達を忘れちゃ困るぜ」
「っ」
その指摘に、モザイクは目をキッと見開く。
すでに書いたことではあるが、やはり彼女の悪癖は目立ちすぎる。
彼女が狂ったのも、彼女が仕留め損なったのも、すべてそれが原因だ。
「ビリー! モザイクさんにでっけぇのブチ込んでやれ!」
「女性にその言い方はマズくないか!?」
モザイクは一度決まったことを疑えない、悪い癖がある。
一度殺すと決めたら曲げないし、一度油断したら隙を作ってしまう。
そのせいでバクに負ける。
バクたちの意志の前に負けるのだ。
「(先ほど空を見上げたとき──)」
完全に見誤った。
あれはヒューゴーの竜巻を補助するためだと、そう思い込んでしまった。
実際には違った。
見えていたはずなのに警戒できなかった。竜巻を包むように走っていた白い電閃を。
あれは、あれは──
「俺は電気を操る。バクと違って嘘じゃねぇぜ」
ビリーが酸欠覚悟で突っ込んでくる。
そしてものの数秒でモザイクの懐まで走ってきて──
「俺のこと、助けてくれてありがとう。最後に、それだけ」
「ビリー様……っ」
「さようなら」
優しいハグをした。
ビリーはこのとき、人間避雷針になっていた。
要は空から落ちてくるエネルギーの塊を誘導するためだけに、モザイクに近づき、捨て身の特攻をかましたのだ。
聖女に抱き着き、雷で丸焼きにされるところを巻き添えにしたのだ。
「(こんなっ、貴方まで──)」
犠牲になること、ないのに。
こんなことになったのだから、恨み言のひとつや二つは吐かれると、パンチでも飛んでくるだろうと身構えていたのに。
なんて優しくて、崇高なんだろう。
バクもビリーも、なぜ怒ってくれないのだろう。
できることなら私のことを、悪ふざけしすぎた子供のように叱ってほしかった。
しかしそう望んでも許されるのは、子供だけの特権か。
「私の負けですね、なにもかも」
「勝ちとか、負けとか、考えてたらツラいだけってな」
抱き合う二人に巨大な雷が、ドスンと落ちて──そのあとに雨が上がった。
エルピス島で規格外の火災が観測された。
それに伴った火災雷も。
いわゆる上昇気流に巻き上げられた物質が起こす、静電気の最上級だ。
「オレが見たのは火山雷だったけどな」
あのとき船長がアレを見せてくれていなかったら、今頃エルピス島は壊滅していただろう。
あるいはガブリエルによってモザイクが殺されるという最悪な結末をたどっていたかも。
「ヒューゴー、オレたちがモザイクさんを生け捕りにしたおかげで殺されずに済んだみたいだぜ」
「……良かった、と喜ぶのも違う気がしますね」
「素直に良かった、で良いんだよ。オレの前限定だけどな」
竜巻で住居を吹き飛ばされた市民がここにいたら、ヒューゴーの横っ面を殴っていただろう。
しかしいま病室にいるのはバクたちだけ。
彼がどんなことを言おうが流してやれるだけの余裕がある。
大犯罪者と成り果てた姉を、弟が私情で庇おうがどうでも良い。
「それでビリー様は……」
「どうせ目覚めるって。世界ドミニオンズ機構で訓練してたんだから」
ビリーは電気にある程度、耐性がある。
そもそも雷に当たって生還した例などいくらでもあるのだから、目覚めないほうがおかしい。
と、信じるしかなかった。
「アンタの姉もしぶとく生きてたしな」
「それは……良かった、です……よね」
「……いつか時間作ってさ、監獄に挨拶しに行くか」
「です、ね……」
ドミニオンズには専用の監獄が用意されている。
三大人工島から離れた場所にある、とある孤島を改造して作られたものだ。
そこには世界ドミニオンズ機構からの勧誘を蹴り、かつ終身刑を受けた囚人が何人か収監されている。
全員が、凶悪な能力を持っている……らしい。
「まぁ、なんだ。別にヘコむことないと思うぜ。殺されなかっただけマシだろうし……あっでも! ヒューゴーがいま落ち込んでるのは事実だろうしさ! その、オレもそこまで踏み込みたくないってか!」
「お気遣いだけでも、嬉しいです」
「……たったひとりの家族だからな。なにもなかったフリさせるのも心が痛むぜ」
そんなとき、ドアがバンと開け放たれた。
「おいおいおい! 目覚めたら誰もいねぇじゃんか!」
「え……!」
「あ……!」
そこにいたのは、無事に意識を取り戻した──
「ビリー!!!」
「ビリー様!!!」
「男からのハグはいらねぇよ!!!」
ビリーの変わらぬ姿に、包帯だらけの身体に、大人の男が二人も飛びついたことで症状が派手に悪化したのだった。
とにかくこれで教会を巡る話はおしまい。
あとは始末を付けるだけ。
世界とドミニオンズの間にある、大きな壁の始末を。




