『20 貴族』
注:()が皇帝視点です
招待状を受け取ってから、数日後。
俺は、帝都ルクレティアの皇帝陛下の居城に招かれた。
場違いにも程があるが、皇帝陛下の前で無礼を働けば、帝国を追放されかねん。
仮にそうなった場合、曙光の連中がどう動くか、考えただけで頭が痛い。
ここは、慎重に行動するべきだろう。
「ルクスと申します。陛下への拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極でございます」
「面を上げよ」
「はっ!」
俺は、皇帝陛下の顔を見た。
第一印象は、誠実で知的な印象。ラモラック伯爵に似ている感覚だ。
しかし、纏っている品格が1段階上だ。
人を惹きつける魅力みたいな物を持たれている。
(余は、ルクスの姿を見た。
この部屋に入った時、何か恐ろしい存在感を感じたが、すぐに霧散した。
あれは、気のせいであったか?
整った顔立ちだが、あの連中を力でねじ伏せる様な、粗野な印象は無い。
大人し過ぎて、逆に何を考えているか分からぬ)
「ほう、良い顔つきをしておる」
「恐れ入ります」
とりあえず、好印象だったようだ、内心ホッとした。
(低姿勢であるな。さて、一先ずカードを一枚切るか)
「其の方が、この国の暗部をまとめ上げたと聞く。真意を知りたい」
「元は人助けで始めましたが、あの者達の力と情報網はそのまま治安に使えると思い、更生した次第です」
「人の話を聞く、連中では無かったのだが」
「残念ながら、手の施しようがない悪は、独断で処分致しました。
罪の無い民に犠牲が出てからでは手遅れになりますゆえ」
いきなり、自分の国に巣食う暗部が、治安維持組織に豹変すれば、確認したくもなるか。
知らないうちに、恐ろしく目立つ行動を取っていたようだ。
これは、セスの認識が正しいといった所だな。
(ルクスから、拍子抜けする様な、答えが返って来た。
しかし、あの連中を、更生するだの、独断で処分するだの、当たり前の様に話す所が問題だ。
あの連中は、そのような生易しい人間ではない。
それにしても、暗部をまとめた男にしては、野心をまったく感じぬ所が不気味であるな、
とはいえ、このままでは埒が明かぬ。本題に入るとするか)
「成程、暗部の件は分かった。此度は、ルクスに褒美を取らせる目的である」
「褒美でございますか?」
「暗部には余も頭を痛めていたのでな。それを解決したとあっては見過ごせぬ。何でもよい。欲しい物を言ってみよ」
(さて、どう食いつくか。これでルクスの本心が、少しは見えるだろう)
欲しい物か。今は特に何も思い浮かばないな。
曙光のトップになってからという物。欲しい物は手に入る状況だ。
それでなくとも、マジックストレージには高価な財宝が眠っている。
平民であれば、爵位だろうが。領地管理など専門外で、他の貴族との摩擦など面倒事の方が多いだろう。
ただでさえ曙光の管理で忙しいのだ。正直、まったく要らないと言い切れる。
そもそも、俺は帝国の正規の平民でもない。
ならばその線でアプローチするのがいいだろう。
「それでは帝国の市民権を、頂きたいと思います」
「市民権?」
「私は、元は旅人にして、グラッセ王国を経て、この帝国に辿り着きました」
「そうであったか」
(思わぬ答えが返って来た。帝国の市民権だと?
そのような物は、国境を越えれば、勝手に付いて来るものだ。
何もいらないと言っているに等しい。これは一体、どういう意図なのだ?)
「グラッセ王国の腐敗は、貴族から民に至るまで、良心が麻痺しており、目に余る物でした。
しかし、エルスト帝国の民は、旅人の私にも親切で人間味に溢れており、思わず長く居座ってしまった次第です。
是非、この機会に、改めてこの国の一員になりたいと願います」
(嬉しい事を言ってくれるが、それでは、余が、何も与えない事と同義だ。
無欲過ぎて、ルクスが何を考えているか分からぬ。ここは、素直に聞いてみるか)
「余にとっても、大変嬉しい話ではあるが、関所を通れば、帝国の民であろう。それでは到底褒美とは呼べぬ」
「私は、帝国民の一員として認めて頂ければ、それで充分に御座います」
(あくまで、無欲を貫くか・・・であれば、少し踏み込んでみるか)
「無欲だな。平民であれば、爵位をねだる者が多い物だが」
(さて、賽は投げた。どう来る?)
そう来るよな。しかし、シナリオはすでに完成している。
「貴族は尊き血と歴史あっての物。領内で得た財を民に還元する責任もあるでしょう。
出自も分からぬ平民である私が、爵位を所望するなど、無責任な思い上がりと具申致します」
我ながら完璧な、断り文句だ。
その証拠に、周囲の諸侯達も安堵した表情を浮かべている。
下手な種火は速やかに消すに限る。
(なんと!まさかここで、貴族の責任を聞く事になろうとは、夢にも思わなかった!
我欲に溺れ、腐っていく貴族が増えていく中、この様な事を真剣に話すのは、ラモラックくらいと思っていたが・・・)
「ほう。貴族の義務を謙虚に捉える貴族が、どれ程いるか分からぬというのに、
久しぶりに心地よい返事を聞いた。血筋だけの貴族より貴族然としておる」
おや?話の流れがおかしい。あさっての方向に流れているぞ。
「エルスト帝国は、出来て歴史が浅い国でな。
余は、貴族に歴史と血は、然程必要と思っておらぬ。
民を正しく導く、高貴な心根こそが肝要なのだ」
「陛下の寛大なお言葉に感服致しました」
(あくまで、低姿勢か。しかし、暗部をまとめ上げている男を野放しには出来ぬ。用意していた本命を使うとしよう)
「うむ。男爵位で丁度、失脚した家がある。余の権限を以ってルクスにその爵位を継がせる。ルクスの血を正統血統として、男爵位とする」
「身に余る光栄でございます」
「期待しているぞ。ルクス。励むが良い」
「はっ!」
(男爵の肩書きにも動揺は無しか・・・底が知れぬな。
これ以上腹の探り合いをしても、意味は無さそうだ。今回は臣下に迎える事が出来たという事で、よしとしよう)
思わず、何も考えずに勢いで引き受けてしまったが、どうしてこうなった?
シナリオが完璧過ぎたか?
俺が貴族?いやいや似合わないだろう!
「しかし、失脚した土地は、すでに他家の領地ゆえ、与える領地が無い。そこは他の貴族と相談となろう」
周囲の貴族を見ると、何やら渋い顔をしている。
いや、一人笑顔なのがいた。予想通りバイデル侯爵だ。
ここにいない、ラモラック伯爵は体調を崩して、自分の領地で静養中らしい。
しかし、他の貴族と領土の奪い合いか。やはり面倒な事になった。
かといって、バイデルに相談は論外だ。あいつは喜んで領土の全てを俺に差し出しかねん。
待てよ・・・そういえば、丁度良い土地があるな。
「恐れながら、魔の森周辺の土地を与えて頂ければと思っております」
「魔の森周辺だと!?そなた正気か?」
掴みは完璧だ。
周囲の諸侯も驚きに声を失っている。
「はい。あの土地一帯は不毛の土地ゆえ、誰の領土にもなっていないと思われます」
「その通りだ。しかもグラッセ王国との小競り合いで、荒らされる土地でもある。
加えて、魔の森の影響なのか、作物も育たぬ捨てられた土地だ」
「その空白の土地を開拓してみせましょう。元々誰も収めていない空白の土地。
陛下、ひいては諸侯の損失もまったくありません。いかがでしょうか?」
(思わぬ展開になった。まさか魔の森を所望してくるとは、この男は狂人か?
何を考えているのか、まったく読めぬ・・・しかし、ルクスの言う通り、誰の懐も痛まぬ
ここは、話に乗ってみてもいいだろう)
「自信ありか。そこまで言うのであれば。面白い。魔の森周辺一帯をルクスの領地とする。
そうだな、国境の街、アイシスから東の土地一帯、魔の森までを貴殿の領地としよう」
皇帝陛下からも、色の良い返事を貰った。
失敗しても、懐が痛まずに、成功すれば丸儲けだ。
しかも、俺が自ら言い出している事だ。陛下の良心も痛む事は無い。
「そ、それは殆ど無いと同じだぞ!」
「若い。無謀にも程がある!」
諸侯の反応も、大変都合がいい。
ここで揉めては、後々面倒だからな。
せいぜい、身の程知らずの小僧が粋がっていると思ってもらおう。
「願っても無い場所でございます。謹んで御受け致します」
「とはいえ空白地を与えるというのは、褒美にしては問題がある。
よって、開拓した土地は、ルクスの領地にして構わぬ。期待しておるぞ」
「はっ、有難き幸せ!」
***
俺は、魔の森周辺の土地を手に入れた。
皇帝陛下、直々の発言だ。それに他の貴族の懐も痛まない。誰の文句もないだろう。
何より、公然の場で、開拓した領地は、俺の物にしてよいと、まさかの有難い言葉も頂いた。
そして、宮殿の廊下を歩いていると、見知った顔に呼び止められた。
「ルクス様」
「様は止してください。バイデル卿」
「私にとっては神なのです。呼び捨てなど恐れ多い」
予想通り、バイデル侯爵だ。
しかし、侯爵が男爵に頭を下げている絵面は、他の諸侯に見られたら厄介極まりない。
ここは釘を刺しておこう。
「ここは人目もあります。他の貴族と同様に接してください。これは命令です」
バイデルならば、これで伝わるだろう。
頭の回転は速いからな。
「はっ!わかりました。ルクス卿。しかし、面白い場所を選択されましたね」
「バイデル卿は、一度行っているから分かるか」
「ええ、魔の森を、自分の領地に取り込むお積もりなのでしょう」
「流石に分かっているな。他言無用だぞ?」
「勿論です、神」
本当に分かっているのだろうか。陛下の前で神はやめてくれよ?
さて、貴族になるつもりは、欠片も無かったが、
なったからには、領土が大きいに越した事は無い。
魔の森の結界は、俺が竜珠を破壊して、とっくの昔に、機能停止しているからな。
今あるのは、グラッセ王国が見得で張っている、見た目だけのハリボテの結界だ。
そして、それを知っている王侯貴族は、外ならぬ、結界を解いた俺1人。
つまり、領地争いの競争相手が全くいない、素敵な状況だ。
そして、陛下の話を真に受けるならば、魔の森の方向へ領土を拡大し放題という事になる。
この機を逃す手は無い。広大な魔の森を、俺の領地にしてやろう。
食い違う思惑・・・
何故か貴族にジョブチェンジしました