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覇権国家計画  作者: 納豆
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第25話:フリーター

「口コミ」による情報の格付けと、前払い式の「回数券」の仕組みは、想定以上の速度で帝国に浸透していった。


四か月の試行期間を終え、現在は南門周辺のみならず、主要な街道の休息所(SA/PA)へと順次展開を進めている。

実務責任者となった彼女からは、情報の流動性を操作する手法――いわゆる「潜伏型宣伝ステルスマーケティング」の理論を詳細に聞き出すことができた。


「少尉さん。これ、本当にやったらダメなやつですからね?」


などと言いつつも、彼女は終始楽しげな笑顔でその手順を語ってくれた。

他にも、休息所に新規店舗の広告を掲出する「軍の振興事業」という名の新たな現金収入案も提示してくれた。


現代の商環境にいれば真っ先に思いつくような収益形態だが、インフラという「箱」の整備に忙殺されていた俺は、その中身が生む利益を失念していた。


当初は苦行でしかなかった先人異世界人との面談も、今や俺というシステムを補完する有意義な「更新」の機会になりつつある。


そして今日も、先人との面談が控えている。


数年前にこの世界へ来たという、元フリーターの男性による就職相談。

参謀本部の記録によれば、彼はこの世界の緩慢な空気に馴染み、あちこちの街を転々としながら日雇いの仕事で食い繋いできた個体だという。


……だが、来客用会議室で待つこと三十分。

予定時刻を大幅に過ぎても、彼が姿を見せる気配はない。


時計を確認し、隣に控える曹長に視線を送った。

軍の施設、それも参謀本部が関与する面談において、このような「遅延」が発生することは極めて異例だ。


「曹長。予定の個体から接触、あるいは遅配の連絡は?」


「……いえ、少尉殿。彼は二時間ほど前に南門の検問所を通過。現在、こちらへ向かっていると思われます。……報告によれば、彼は“評価の高い店”を優先的に巡回しています」


十五分後、彼は到着した。


歳は二十代前半。よれよれの服に、薄汚れた靴。俺が最初にこの世界に放り出された時の村人のような、精彩を欠いた恰好をしている。


「ども、少尉さん。先に来ていたんですか。俺、時計持ってないから時間わかんないんですよね」


彼は悪びれる様子もなく、平然としている。


「回数券の期限が近いから、使う店探していたんですよね。帰りによる店決めてきました」


この世界において、軍との約束を違える者など存在しない。だが、俺の放つ言葉は感情による威圧ではない。単なるシステム仕様の説明だ。


「君は、今後、軍との約束は必ず守る必要がある。これは比喩ではなく、文字通り首が飛ぶ場合がある」


「こわー」


あまりに緊張感のない返答を流し、俺は面談を進めた。


元の世界では、特定の職に就かず、いわゆるコンビニの接客や日雇いの現場を転々としながら暮らしていたという。この世界でも同じように、日銭を稼いで食い繋いできたが、最近は帝都周辺で仕事が取れなくなったと彼はこぼした。


帝都では大規模な施設建設が進み、食事処や宿場、さらには定期馬車を流用した個人の宅配業務まで、至る所で人手不足だという報告が俺の手元には上がっているのだが。


「どこへ行っても『手順書』に従わないと順位が落ちるって怒られるんですよ。俺、ああいうの苦手で」


「……手順書か」


「あと、定期馬車の回数券がまだ残っているから、他の街へ行くのも勿体ないし。あ、でも帝都周辺は野盗も少なくなったし、治安だけはいいですよね」


彼はへらへらと笑っている。


俺は、目の前の個体を観察した。


この個体は、設計上の前提条件を満たしていない。

回数券も、格付けも。本来なら人間を前に進めるための仕組みだ。だがこいつは、その場に留まっている。


だが、彼は回数券という「管理の鎖」に縛られて移動の自由を奪われ、格付けという「監視の目」に弾かれて労働市場から排除されている。


そして、皮肉なことに、俺が整備した治安維持の恩恵だけを享受して、死なない程度に停滞を続けているのだ。


(こいつは、俺の網に“かかっている”のに、捕まっていない……)


最適化が進めば進むほど、そこから零れ落ちた者は、二度と歯車に戻ることができなくなる。俺の作った「正しいシステム」が、この男から「適当に生きる権利」を奪い取っていた。


俺は、制御不能な処理待ちの例外情報のような、不快感を覚えた。


「あ、でも地方は魔物がいるし、帝都にいればいいかなって。ここ楽だし」


彼は、心底どうでもよさそうに言った。


……なるほど、一瞬だけ、理解しかけた。

この個体は、最適化されていないのではない。最適化を“必要としていない”だけだ。


俺が構築しているシステムは、向上心や生存本能、あるいは「得をしたい」という合理的精神を燃料に駆動している。

軍が紹介できる正規の仕事はいくらでもある。しかしこの個体は、それを受け入れることはないだろう。仮に強いたとしても、すぐに逃げ出す。


いや、「システムの外」にいることこそが、この個体の最適解なのだ。


「帝都でも現代の隙間時間を使うような短時間の仕事は、あるぞ」


「え、そうなんすか。でも俺、穴掘ったり、修業が必要なこと無理です」


「例えば南門だと、旅人や商人を人気の宿や食事処まで案内する仕事がある。一人案内すれば店から駄賃が入る仕組みだ。

後日、SA/PA(休息所)に『隙間時間』を切り売りする仕事を掲載しよう。帝都の人気店を熟知している君に適性がある」


「好きな時間に仕事ですか、まあやってみます」


彼は礼も言わず、人気店が混む前に行くと言って帰っていった。


俺は目指すシステムは全員が予測通りに動くのが理想だ。しかし例外は必ず発生する。例外を削除しても意味はない。一つ消去すれば、また別の例外が発生するだけだ。


要は、例外個体が発生する条件を確認し、再現性があるならば改善する。できないのであれば開放する。

ただし開放した個体がシステム全体に悪影響を及ぼさないよう、定期的に餌を食える場所……「管理された遊び」だけは用意しておく。


やはり、先人異世界人との面談は、俺というシステムを補完する有意義な「更新」のようだ。


システムの外で生きる個体。システムの外こそが最適解である個体。


彼は間違っていない。

だから、俺は彼を「仕様」として処理する。


影響のない場所に配置し、最低限の資源だけ与える。


読んでくださり、ありがとうございました。

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