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覇権国家計画  作者: 納豆
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第168話:世界大戦 その五十九


海軍庁舎、大会議室。


「――街道大尉! 帝国は『赤旗国』の捕虜を手厚く保護したとのことですが、では、亡命政府『自由比帆諸島』の残党兵に対しては、今後どのような方針で臨まれるおつもりですか!?」



特設された会見場の最前列から、待ちかねたと言わんばかりに外国記者が鋭い質問を投げかけてきた。


無数の魔導ランプの眩い光が一斉に俺の顔へと向けられ、詰めかけた記者たちの懐疑と期待の入り混じった視線が、一角獣の角のように俺一人へと集中する。



俺は引き攣りそうになる頬の筋肉を必死に理性で抑え込み、これ以上ないほど厳格で、かつ深い慈愛を湛えた「人道の英雄」の表情を作って答えた。


「彼らは広い意味では、比帆諸島連邦国内の不法武装組織の構成員です」


まずは声を落ち着かせ、淡々と、しかし毅然とした口調で言葉を紡ぎ出す。



「その多くは組織の命令に従って行動した兵士であり、個々の責任については慎重に判断されるべきでしょう」


「彼らの思想や信条そのものは尊重されるべきですが、暴力によって他者の生命や財産を侵害する行為は、国際社会において決して認められません」


記者が一言も聞き漏らすまいと猛然とペンを走らせるのを見据えながら、俺は最も重要であり、かつ責任を百分の一も背負わないための『核心』を告げた。



「帝国としては、比帆諸島連邦政府に対し、人権を尊重し、感情ではなく法に基づいた公正かつ人道的な裁判が行われることを期待します」


よし、完璧だ。俺は内心で小さく拳を上げた。

要するに、具体的なことは何一つ言わずに煙に巻いたのだ。


『不法武装組織』と表現することで連邦政府の主権と面子を立てつつ、『霧宮王国』が騒ぎ立てる『人道犯罪』の断定的な評価に対しては『公正かつ人道的な裁判を期待する』と返すことで、帝国の『人道的』な姿勢だけを最大級に売り込んだ。



(……海軍の広報は、俺が言うのも何だが卑怯すぎる)


急に呼び出しておいて、まともな想定問答集(台本)すら用意せず、「街道大尉ならいつも通り上手く答えられますよ!」などと笑顔で丸投げしやがったのだ。


もし今の回答で外交的な失言でもやらかしていれば、その全責任をこの陸軍大尉ひとりに擦り付けるつもりだったに違いない。



そもそも俺は、自由比帆諸島軍の連中とは一戦たりとも交えていないのだ。


俺のここでの本来の任務は、海賊から商船を守るための海洋警備だけだ。


『赤旗国』の敗走兵の受け入れがこれほど鮮やかに上手くいったのも、海軍の根回しと地元新聞社のプロパガンダ協力のおかげだ。俺はただ、神輿として担がれただけに過ぎない。



「――では大尉、具体的な保護の手順は!」という記者の追及を遮り、俺は「投降した捕虜に医療物資を早急に届ける任務がありますので」という、もっともらしい理由を大義名分にして、記者会見会場から脱兎のごとく逃げ出した。


息を切らせて駆け込んだ海軍庁舎士官室。


部屋の中では、俺の正面の椅子に深く腰掛け、優雅に珈琲をたしなんでいる少佐の姿があった。そのあまりにも優雅で他人事な態度に、少しだけ敵意が芽生える。



「少佐。今更ですが、俺が浴槽艦での取材中に、比帆諸島に連れてこられた(海軍による拉致)のは、最初からこの面倒な会見の矢面に立たせるためだったのですね?」(第155話)


あの理不尽極まりない強行軍を思い出し、俺は少佐を厳しく問い詰めた。だが、少佐は眉ひとつ動かさず、表情を変えることなく、淡々と答えたのだ。


「大尉。この記者会見のためだけ、ではありませんよ」



この男。少し前までは「陸軍所属の私は、海軍の思惑など知る由もありませんよ」などと言っていたくせに、やはり初めからすべてを知った上で俺を動かしていたに違いない。


――あの忌々しい記者会見から、二週間後。


俺と教導大隊に対し、ついに待望の『帝国への帰還命令』が下された。



てっきり『赤旗国』から分捕った捕虜を後方へ輸送する名目で、再び過酷な東部前線へ配備されるものと怯えていたが、どうやらやっと俺の「安全な後方任務」という切実な希望が上層部に聞き届けられたらしい。


俺が満面の笑みで私物の撤収準備を進めていると、士官室の扉が開いた。いつも通り無言で入ってきた少佐は、無造作に『霧宮王国』の最新の新聞を俺の机の上へと滑らせてきた。



記事によれば、霧宮が世界に向けて輸出を開始した蒸気ポンプは、どうやら低価格で構造も単純な、いわゆる「汎用型」の仕様であるようだった。


「大尉。霧宮による西側諸国への技術提供を、物理的に止める方法は存在しません。……あなたなら、どうしますか?」



少佐はいつものように、新しく手に入れたおもちゃの遊び方を無邪気に尋ねるかのような声音で、こちらの反応を試すように問いかけてきた。俺は荷造りの手を止め答えた。


「少佐。止められないのであれば、止める必要などありませんよ。向こうが下位互換の技術を売るというのなら、こちらはそれらを丸ごと包み込む、もっと良い上位技術で『上書き』してしまえばいいのです」



霧宮が「そこそこの性能のポンプ」という単一の『点』をばら撒こうとしているのであれば、帝国は持ち前の圧倒的な技術力と国力を使って、その『面』を丸ごと押し潰せばよい。


『蒸気機関車鉄道』という巨大なインフラをODA(政府開発援助)で周辺諸国へ丸ごと提供し、他国の流通と経済を物理的に帝国のシステムへ組み込んでしまうのだ。



霧宮が、蒸気ポンプの作り方を教えますよ、とちまちまやっているその横で、帝国が「我が国の最先端の蒸気機関車を走らせ、駅を建設し、全土に線路を敷いてあげましょう」というのだ。


しかもODAによる、実質ただ同然の超長期融資だ。


他国からすれば、自力で苦労して数年もかけて粗悪なポンプを国産開発するよりも、今すぐ目の前に帝国の圧倒的な大馬力インフラがやってくる方を選ぶに決まっている。



そうなれば、霧宮の誇る技術提供の価値など一瞬で暴落し、彼らの目論む「技術による小国の自立(軍拡)」のシナリオは根底から崩壊するだろう。


――もちろん。

平時ならともかく、今まさに『赤旗国』と全面戦争を行っている真っ最中の帝国に、そんな他国の鉄道網を敷いてやるほどの金も人員も余力もあるわけがない。



それに、軍事転用が容易な最先端の蒸気機関技術を、おいそれと他国へ提供するような真似をするはずもないのだが。


俺が単なる机上の空論として、半分は投げやりにそう告げた瞬間、少佐の目が細められた。



「大尉。やはり、あなたは――“彼ら”と全く同じ結論を、こうもあっさりと導き出せるのですね」


少佐は、手帳を取り出して何事かを素早く書き込み、それ以上は何も語ろうとしなかった。



少佐の言う“彼ら”とは、一体誰のことなのだろうか。一瞬だけ不気味な好奇心が頭をもたげたが、俺はすぐにそれをかき消した。問い詰めたところで、どうせこの男が素直に答えるはずがないのだ。



そんなことよりも、今の俺にとっては一刻も早くこの不穏な比帆諸島を離れて帝都に戻り、誰にも邪魔されない自室の清潔な寝台へ潜り込むことのほうが、世界の均衡などよりも遥かに重要で、切実な問題だったのだ。


読んでくださり、ありがとうございました。

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