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覇権国家計画  作者: 納豆
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第1話:白い部屋

これは、完結済み短編


【お知らせ:連載中の「覇権国家計画」は都合により「異世界転生したけど、俺にはチートも魔法も剣もありませんでした。虫よけを売って生活しています。またオレ何かやっちゃいました?」に変わりました。】


の主人公が、異世界に来た直後からの話です。この単体から読んでも問題ありません。



「君なら、その最悪の事態にどんな名を付ける?」


重厚な執務室。歴史の重みを感じさせる声が、静かに俺に問いかけた。

俺は、目の前の「本物の貴族」である中将の目を真っ直ぐに見据え、淀みなく答えた。


「……世界大戦。そう呼びます」


中将は満足げに頷き、一枚の書類を差し出した。

「辞令だ。君を本日付で帝国軍参謀本部所属、『特別監察官』に任命する。階級は曹長だ」


千年後の教科書に「悪魔」と記されようが構わない。

あんな思いをするくらいなら、俺はこの世界の設計図を書き換えてやる。

……あんな、惨めな思いをするくらいなら。


(回想:十日前)



白い部屋だった。


何も聞こえず、何も動かず、誰の気配もない。

音がない。

匂いがない。

温度がない。


壁も天井も床も、境界が分からないほど均一に白い。

自分が立っているのか浮いているのか、それすら定かではなかった。


何かを失った後だということだけは分かった。

何を失ったのかは分からない。


不安だった。


理由を言語化できない、根源的な不安だった。

このまま何もない場所にいたら、自分という輪郭が

溶けてなくなる気がした。


————何かを願わなければ。


そう思った瞬間、言葉が口をついて出た。


「安全でいたい」


声は白い空間に吸い込まれ、どこにも響かなかった。


……まぶしい。


重い瞼をこじ開けると、視界いっぱいに青空が広がっていた。

ありきたりな白い雲が流れ、風が頬を撫でていく。


俺は草むらの中で、這いつくばるような姿勢で固まっていた。手のひらから伝わるのは、じっとりとした土の冷たさと、生臭い草の匂いだ。


……さっきまでいた、温度も感触もない「真っ白な部屋」とは大違いだ。


ノロノロと這い上がり、立ち上がって改めて空を仰ぐ。

太陽は一つ。月は見えない。

空の色だって、見慣れた地球のそれと変わらない。


だが、違う。


何が違うのか、上手く言葉にできない。

空気の密度が重いのか、光が刺すように強いのか、それとも草の色が鮮やかすぎるのか。あるいは、その全部が微妙に、決定的に違う。


「——異世界かよ!」


口に出してから、自分で自分にツッコミたくなる。

根拠なんてない。けど、肌がそうだと叫んでる、肌の方が先に「ここはもう地球じゃない」と決めつけていた。


自分の格好を見下ろす。

着慣れた、街歩き用の普通の服。汚れちゃいない、ポケットを探ると財布があった。中身も、スマホもそのままだ。


だが、これらがこの場所で「価値」を持たないことくらい、直感で分かった。


改めて、周りを見渡す。視界の端から端まで、どこまでも不格好な緑がうねっていた。


呼吸も普通だし、体に違和感はない。

気圧や重力は、変わらないようだ。


草原のその向こう、不揃いな木造の塊から、細く頼りない煙が空へ逃げていくのが見える。人はいるようだ。


「……生きてるな」


腹の底で呟いて、俺は歩き出した。


村の入口。泥の跳ね返った革鎧を纏う男たちが二人、値踏みするように俺を

睨んでいる。


一人は脂ぎった顔の中年で、腰には使い古された剣。もう一人はまだガキと

言っていい若さで、手にした槍を落ち着かなげに握り直していた。


嫌な予感しかしない。

洗練なんて言葉とは無縁の、粗い麻布を纏った、ただの村の番人。

男たちが、威嚇するように何かを吠えた。


……言葉が、分かる。


「そこで止まれ。」


理解できただけじゃない。

喉の奥から、“勝手に返答”がせり上がってきた。


「すみません。草原の向こうから来ました。……見ての通り、迷子です。」


自分の口から滑り出した、聞いたこともない流暢な発音に俺自身が驚いた。


男たちも面を食らったような顔をしたが、それは俺の言葉にじゃなく、身なりに対してのようだった。


「その格好……珍しいな。」


中年の男が、品定めするように俺のシャツとズボンをじろじろと眺める。

確かに、この泥と汗の匂いが染み付いた連中の粗末な服に比べれば、俺の格好は異質すぎる。浮きまくりだ。


「村長に会わせてもらえませんか。話があります」


ここで逃げ出す足なんて持ってないし、抵抗するなんてのはもっと論外だ。

敵対するのが一番の悪手だってことくらい、この世界に来たばかりの俺でもわかる。


男たちは不信感を隠そうともせず顔を見合わせたが、やがて顎で「来い」と示し、俺を村の奥へと引き立てていった。


村の中は、笑っちまうほど「農村」そのものだった。


そこら中に畑が広がり、風が吹くたびに、長く伸びたヒゲがうるさく揺れる。

小麦か、それとも大麦か。俺の知識じゃ区別がつかないが、とにかく生きるために植えられた歪な生命力だけがそこにあった。


ここには、均一な石畳も、整列した街灯もない。

アスファルトもコンクリも、当然ながら一ミリも見当たらない。


足元は、ただの土だ。雨が降れば泥濘に沈み、乾けば埃が舞う。

スニーカーで来たのは完全にミスだったな、とどうしようもない感想が頭の片隅をよぎる。


文明の象徴なんて、俺のスニーカーを覗けば、広場にある古ぼけた石造りの井戸が精一杯。

井戸は、大腸菌とか普通にいそうだな。腹壊したら死ぬ世界だぞ、これ。電気も水道も、ここじゃお伽話ですら聞いたことがない。


家々はどれも、今にも崩れそうな木造りだった。

土の上に直接建てたような危うい造りで、窓枠にはガラスの代わりに、薄汚れた布や革が張られている。


開け放たれた扉の奥を覗けば、湿った藁の匂い。

あれがベッド代わりなんだろう。絶対寝たくない。


案内する衛兵が、ひときわ図体のデカい二階建ての前で足を止めた。

「ここが村長の家だ」

そう言わんばかりの威圧感だが、屋根の葺き方は雑で、角も揃っていない。


中へ足を踏み入れると、一匹の鼠が俺の靴を掠めて暗がりへ消えた。

奥には不恰好なテーブルが置かれている。太い脚の上に、削りっぱなしの分厚い板を無理やり乗せただけの、ただの「板」だ。


そこに、六十は過ぎたであろう男がどっしりと腰を下ろしていた。


男――村長は、俺を品定めするように、深く刻まれた眉間の皺を寄せる。


脇を固める衛兵たちの手は武器にかかっているが、殺気はない。

ただ、得体の知れない余所者を警戒する、野生に近い警戒心だけが部屋に充満していた。


村長が、探るような視線をこちらに向けたまま問いかけてくる。


「名前は」


「……申し訳ありません。

今は、自分の名前をはっきりと思い出せないんです。どこから来たのかも、正確に説明するのは難しいんです。」


「なぜ説明できない。」


「記憶が混濁しています。ただ、皆さんの言葉は不思議とはっきりと理解できる。今はそれだけを頼りにしています。」


村長は深く息を吐き、傍らの衛兵と視線で何事かを交わした。


「……都に連絡を入れる。沙汰があるまで、ここで待機してもらうぞ」


「承知しました。お手数をおかけします」


(困るよね。でも一番困っているの俺だから。)

促されるまま椅子に座り、それとなく室内を観察した。


壁には、端が丸まった地図が貼られている。この国の領土を描いたものだろう。

驚いたことに、そこに記された見慣れない書体の文字が、意味として頭に入ってきた。


あの白い部屋で何が行われたのかは皆目見当もつかないが、この世界で生きていくための「最低限のパスポート」だけは、最初から持たされていたらしい。


村長の言葉は、一見すれば温情だった。だが、その後の2日間で、俺はこの村を包む「奇妙な空気」に気づくことになる。


まず、衛生環境が我慢ならなかった。

広場の井戸の周りは泥濘み、家畜の糞尿が混じった水が地面に染み込んでいる。俺は親切心からではなく、単に自分の腹を壊したくない一心で、近くにいた若い男と子供たちに声をかけた。


「おい、その水は一度沸かしてから飲んだ方がいい。このままだと……」


だが、若い男は俺と目が合うと、怯えたような、あるいは何かを警戒するような顔をして、一言も発さずに立ち去った。


無視されたのかと思ったが、違う。彼は俺の後ろにいた「別の誰か」の視線を気にして、逃げるように去ったのだ。


「……なんだ?」


翌日、俺は畑の効率の悪さを見かねて、休憩中の農夫に話しかけようとした。

麦の病気を防ぐための簡単なアドバイスだ。これで食料事情が良くなれば、俺に提供される飯の質も上がるはずだった。


だが、俺が口を開こうとした瞬間、絶妙なタイミングで衛兵が割って入り、農夫を別の作業へと促した。

一度や二度じゃない。俺が「知識」を出そうとするたびに、村の日常という壁が、滑らかに、しかし強固に俺を遮断する。


「……なるほどな。言葉は通じるが、対話は許されていないわけだ」


三日後、一台の馬車が村に現れた。想像以上に遅かった。そして辛かった。


御者の他に、機能的な鎧を纏った兵士が四人。

その腰には剣だけでなく、見たこともない形状の銃器のようなものが備わっている。

洗練された、嫌な予感のする造形だ。


指揮官らしき男が村長に書面を提示し、事務的な確認を終えると、こちらに向き直った。

村長の顔は、邪魔者を引き渡せて安心するような顔だった。


「同行願いたい。」


「……行き先を伺っても?」


「上の者が直接話を聞きたいとのことだ。詳しいことは向こうで説明する。」


拒否する選択肢はない。あったとしても、この状況でそれを選ぶのが最善だとは思えなかった。


「分かりました。よろしくお願いします。」


内心、おはようからおやすみまで、暮らしをみつめている、あの鼠がいる家は嫌だった。風呂に入りたい。体が痛い。


若い時の苦労は買ってでもせよ。と言う言葉があるが、「安心」を願った結果がこれなのか。


俺は丁寧に一礼し、差し出された馬車へと乗り込んだ。クッションなんてある訳が無かった。ケツが痛い。


俺はガタつく馬車の窓から、遠ざかる不潔な村を眺め考えていた、よそ者に関わりたくないのは分かるが、直ぐには追い出さず、どこかに連絡をして引き渡した。


そういう法があるのか、それとも誰かに命令されているのか。


読んでくださり、ありがとうございました。

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