表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見えない家事、見えない私  作者: 櫻木サヱ
揺れる朝と選択の時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/57

壊れないように触れた言葉(Bルート)

あの夜、夫の「そんな顔すんなよ」という言葉を、

妻は“傷ついたけれど拒絶しなかった”——それがBルートの始まり。


リビングで一人、妻は温め直したお茶をゆっくり口に含んだ。

味はしなかった。でも、心だけは少し落ち着いた。


夫が帰ってきた時、

妻は初めて夫を“観察する目”で見てしまった。


疲れているのか、機嫌が悪いのか、ただ面倒くさいのか。

そのどれもに当てはまるようで、どれも違うような。

でも——それでも「今なら話す」という小さな直感があった。


「ねえ」

思わず声が漏れた。


夫が振り返る。

その目は「何かあった?」ではなく、「面倒な空気か?」という探り。

そういうところが妻を長年苦しめていたけれど、今夜は違った。


「今日ね……私、ちょっとしんどかったの」

妻はできる限り中立的に、淡々と伝えた。


夫は最初、「またかよ」という反応を見せた。

けれど、そこで妻は逃げなかった。


「あなたに責めたいんじゃないの。ただ、話を聞いてほしいだけなの」

言葉は震えていたけれど、意志は揺れていなかった。


夫の眉がわずかに動く。

この“わずかな変化”が、この夫婦にとっては大きな一歩だった。


妻は深呼吸し、胸の奥の小さな本音を取り出すように言った。

「私ね、名前で呼んでほしいの。“おい”でも“ママ”でもなくて」


沈黙が落ちた。

重くて、切なくて、でも逃げたくない沈黙。


夫は、すぐには返事しなかった。

けれどいつもの「無視」ではなく、

考えようとしている沈黙だった。


「……悪かったな」

短い言葉。

だけど、夫の喉が一度大きく動いた。

それは、言いたくない言葉を絞り出した証だった。


妻はその瞬間、胸の奥で小さな火が灯るのを感じた。


——あ、まだ終わりじゃないかもしれない。


完璧じゃない。

謝罪になってない。

行動も変わっていない。


でも妻は、まだ諦めたくなかった。


「ありがとう。少しだけ、話せてよかった」


そう言った自分の声が、思ったより優しくて、涙が出そうになった。


その夜、夫婦は距離を保ったまま同じ部屋にいた。

その距離は冷たくもあり、同時に“希望の余白”でもあった。


妻は心の中で問いかける。

——私たちは変われるの?

——それとも、これが最後の努力?


答えはまだ先でいい。


(第5章 第4話B「壊れないための約束」へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ