3-2・鉛筆と非常識な置き土産
「それ・・・誘拐じゃなくて迷子って言うんじゃね?」
「・・・まぃごちゃん?」
「今頃、ショッピングモールでその子の親が大騒ぎしているだろうから、
直ぐに連れて行けばいいだけだろ?」
「ァタシ、ケーサツに捕まらない?」
「直ぐに返してくればな!」
「ぇ~~~~でもぉ~~~」
「途中で気付よ、どんだけ鈍感なんだ?」
不可抗力とは言え、幼い子供を連れ帰ってしまい、誘拐犯扱いを恐れて動揺する少女の気持ちは理解出来る。部屋の時計を見ると18時5分。アパートからショッピングモールまでは、紅葉の自転車のペースに合わせても15分程度。おそらく既に迷子捜しの館内放送が流れているだろうから、総合受付に電話をして子供を送り届ければ一件落着だろう。
「・・・仕方ない!一緒に行ってやるよ!」
「ぁりがとぉ~、燕真!」
「・・・で、その子供は何処にいるんだ?」
「ここだょぉ!」
「・・・・・・・・・・・・・・??」
紅葉は、その場にしゃがみ込み、俺の腹の手前で、空中に手を置くような姿勢になった。しゃがんでいるので、スカートの中がバッチリ見えている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中は短パンかぁ~」
「・・・ぇ!?」
「・・・いや、独り言!・・・・・つ~か、子供は何処?」
「燕真と同じ場所!」
「・・・はぁ?」
「そっかぁ~、燕真ゎワカンナィんだぁ~?
ちょうど重なってるから、燕真のお腹から、
男の子の顔が生ぇているみたぃになってるょ!
あははっ!ォモシロォ~~~イ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・早く言え!」
一般人には見えない子供らしい。紅葉はケタケタと無邪気に笑っている。全く感じないとはいえ、「重なっている」とか「腹から生えてる」と言われて、気分の良い物ではない。だからと言って慌てて飛び退くのも格好が悪いので、冷静なフリをして2歩ほど後退をした。
さて、困った。どう事情を説明して、見えない迷子の子供を、迷子センターに引き取って貰えば良いのだろう?・・・てか待てよ?
「・・・それって・・・誘拐どころか、迷子ですらないじゃん。」
「そっかぁ~!ァタシ、タイホされないんだねっ!良かったぁ~~~!」
ガキは見えないが、話が見えてきた。
「ねぇねぇ、なんてゆ~名前なのぉ?
・・・・ふぅ~ん、ユータくんて言うんだぁ~・・・いくつ?
そっか、4歳なんだ?・・・・・・ぉ姉ちゃんに、なんかして欲しぃのぉ?」
紅葉の姿勢や仕草から察するに‘一般人には見えない4歳児’の背の高さに合わせてしゃがんで、両肩に手を置いているのだろう。人目のある玄関口で話す事ではなさそうだ。
「まぁ、いい・・・少し落ち着いて話がしたいから、とりあえず入れ!」
「・・・ぅん!ぉじゃましまぁ~すぅ!!
ゎぁ~~~~~・・・燕真って、清原果緒里ちゃん好きなんだぁ~~~!?
ぅんぅん、わかるぅ~~~!カオリちゃん、可愛ぃモンね~~~!」
初めて部屋に上がり込んだ珍客の目には‘笑顔でこちらを見つめている清原果緒里のポスター’が強烈な印象を与えたようだ。「他人に自分の好みを覗かれてチョット恥ずかしい」、「クソガキとは言え、女が来るのなら、ポスターは外しておくべきだったかも」等と考えたが、紅葉の反応は意外とシンプルだ。ポスターを眺めて、その笑顔を真似たりしている。
「別に好きなワケじゃね~よ!
ただ、殺風景な壁に何かを貼りたくて、
たまたま手元にあった適当なポスターを貼っただけだ!」
ダイレクトに「好きなんだ?」と聞かれて、つい「違う」と答えてしまった。当然、「たまたま手元にあった」物を貼ったわけではない。好きだから買ってきて貼ったのだ。
若干‘女性’として意識している16歳の少女からの質問を誤魔化してしまうのは、22歳の男性としては年相応の反応だろう。・・・が、16歳の根が素直すぎる少女には、そんな誤魔化しは通じない。
「ふぅ~~~ん・・・へぇ~~~~~・・・別に好きじゃなぃんだぁ~~!?
ならさぁならさぁ、このポスター、部屋に貼るから、ァタシにちょぅだぃよぉ!
代わりに、ァタシがファーストフードでバィトしていた時に、
ぉ店からもらった色んなメニューがプリントされたポスターをぁげるからさぁ!」
この‘がさつ女’に清原果緒里の良さが解るとは、少々意外だった。てっきり「自分が一番可愛い」「自分以外には興味が無い」タイプかと思っていたが、一般的な‘可愛い’を理解する常識と知能はあるらしい。・・・が、要らないポスターと交換って、非常識にも程があるぞ!
「ダメに来まってんだろう!」
「燕真のケチ~!」
紅葉は、興味津々と室内を見回し、ベッドの脇に積んであるグラビア雑誌を引っ張り出して、パラパラと巻頭カラーページをめくる。露骨な‘裸’が掲載されている雑誌ではないが、独身男性としては、部外者による枕元周辺の物色は、絶対にやって欲しくない行為だ。頼むから、年頃の男性をもう少し勉強してくれ。
「あ!こっちにもカオリちゃんだぁ!」
「べ、別に、清原が見たくて買ったわけじゃね~!その雑誌は毎週買ってんだよ!」
「ふぅ~~ん・・・そっかぁ~~~。
カオリちゃん、可愛くて良いよね~。
どうやればこんなに可愛くなれるのかな~?」
紅葉はベットに腰を掛けて足を前後に揺らしながら、グラビアの清原果緒里を見入っている。その仕草や表情は、とても可愛らしい。つい、「喋らなければ清原果緒里の次くらいには可愛い」と言いそうになったが堪える。
「きゃっはっはっはっは!」
グラビアを眺めていた紅葉が、突然ゲラゲラと笑い出した。今、紅葉が開いているページには、透明感溢れる清原果緒里の写っている。このページに笑う要素など一つも無い。頭がおかしくなったのだろうか?
「ねぇ~ねぇ~、燕真ぁ~・・・
良く見るとさぁ、カオリちゃんて鉛筆みたいだょねぇ!?」
「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
「だってほら、全身グラビア見ても、ぁんまりスタイル良く無さそうだしぃ、
プロフィールにスリーサィズ書ぃてなぃし、きっとこの子、棒なんだねぇ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やはり、この女は頭がおかしい。ちょっとイラッとしたが、初っ端に「清原が好きなワケじゃない」言い切っちゃったので、文句を言いにくい。
-PM7時過ぎ-
「ぁ!そろそろ帰んなきゃ!」
台風の眼は、ようやく帰り支度を始める。一応、玄関を出て見送ってやることにした。
「ほんじゃ、また明日、ジイちゃんの博物館で会ぉ~!」
紅葉は、俺に挨拶をした後、少しだけ視線を外して部屋の奥を見詰めて手を振った。
「バィバ~ィ、また明日ねぇ~!」
紅葉の視線に、若干の違和感を感じる。清原果緒里のポスターに挨拶をしたのだろうか?紅葉がこちらに視線を戻したので、俺も紅葉を見つめた。
「ょろしくね!」
「おう!またな!」
紅葉は自転車に跨がって帰っていった。また明日もアレに会うと思うと少々ウンザリしてしまう。
嵐が去った後の部屋の中は、雑誌やら、お菓子の袋が散乱をしている。たった一時間しか居なかったはずなのに、もの凄く疲れた。まさか、清原果緒里の話題のみで終わるとは思わなかった。
お菓子の空き袋をゴミ袋に入れ、散乱した雑誌を積み重ねながら、グラビアの清原果緒里を眺める。ダメだ、残念すぎる女子高生の所為で、頭と手の付いた鉛筆にしか見えない。
「あのバカ女、一体何をしに来たんだ?」
溜息をつき、冷蔵庫から炭酸飲料を出して飲みながら考える。紅葉は、清原果緒里を鉛筆扱いする為に、突発的に押し掛けてきたのだろうか?何か違う気がする。そう言えば、誘拐とか迷子騒ぎで困って、此処に怒鳴り込んできたんだっけ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
帰宅直前の紅葉が、俺から視線を逸らして「また明日ねぇ~!」と手を振り、その後、俺に「よろしく」と言っていたのは、かなり違和感があったが、何の意味があるんだろう?
「・・・・・・・・・・・・まさかアイツ、連れて来たモンを置いていったのか?」
見えない上に、清原果緒里の話題の所為でスッカリ忘れていたが、多分、この部屋にいるのだろう。「よろしくね」たって、見えない相手に、なにを「よろしく」すれば良いのか、サッパリ解らない。念の為に、飲みかけの炭酸飲料を部屋の中央方向に差し出してみる。
「・・・飲むか?」
し~~~~~~~~~~~~~~ん
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もちろん、一切反応は帰ってこない。
-午後8時-
部屋のテレビでは、直ぐ近くにあるレンタルDVD店で借りて来た幼児向けのアニメ・ザンパンマンが再生されている。ただし、俺は、このアニメに興味は無い。「見えない幼児(紅葉談)が何をすれば喜んでくれるのか?」と考えた結果、「アニメを見せておけばイイコにしてるんじゃね?」と考え、今に至る。
俺は、テレビの前に座ってアニメの登場人物達の愉快な行動に軽く笑い、隣を見て「面白いな!」と話し掛ける。もちろん反応は無いし、それどころか、見えない幼児が、ちゃんと隣で見ているのかすら解らない。




