粉木勘平の視点2・要注意
-翌日・PM1時過ぎ・YOUKAIミュージアム-
駐車場で近所の子供達と遊んどったお嬢ちゃんが、手ぇ止めて立ち上がり、生活道路を挟んだ向こう側に視線を向けた。ワシにも、ワシより歳上で、半分透けた爺さんが見えた。つまり幽霊や。幽霊老人は、存在を認識してくれるお嬢ちゃんに、なんかを伝えようとしてるように思えた。
「あの・・・なんかご用ですか?」
お嬢ちゃんは、幽霊の老人に接触をする為に道路を渡ろうとする。その姿は、幽霊としてやなしに、生きてる老人に接してるように感じられた。
スピード超過気味のダンプトラックが、慌ただしゅうクラクションを鳴らしながら通過して、お嬢ちゃんの道路横断を妨げる。
「けったいな車やのう!」
車体に表示されとった会社名は檀轟興業。文架大橋東詰で事故を起こしたダンプカーと同じ会社や。幽霊老人は、走り去っていくダンプに攻撃的な視線を向けながら薄らいで消える。
ここまでやったら、霊感に優れた少女が‘物理的な肉体を持てへん老人’と邂逅しただけの話。霊が見えるワシからしたら、驚くほどの出来事ちゃう。
驚かされたのは、その次に起きた出来事やった。
お嬢ちゃんの巫女衣装の襟合わせ辺りに、5ミリくらいのカマキリのような虫が這うてる。「カマキリのような」と表現したけど、そら現世の虫ちゃう。異界の生物が産んだ虫=子妖や。何処で本体と接触をしたんかは後回し、今はそれどころちゃう。
(・・・このままでは、お嬢が憑かれる。)
ワシはジャケットの内ポケットに手ぇ忍ばせ、携帯用の祓い札を握る。迅速且つ正確に祓わなあかん。
モゾモゾモゾッ
「ひゃっ!」 パチン!
「!!!!!!!!!!!!!!!!?」
子妖が、襟足から背中に入っていこうとして、首筋に辿り着いた瞬間、お嬢ちゃんは背筋をピンと伸ばして、反射的に首筋を叩いた。叩かれた場所に小さい闇の渦が出来て空気中に解けるように消滅をする。
(なんやと?素手で子妖を祓いおった?)
目の当たりにしたけど信じられへんかった。せやけど、直ぐに「目の錯覚ちゃう」て思い知る。お嬢ちゃんは、寄って行った燕真の頬を這うてる子妖を発見して、平手で叩いたんや。
「いってぇっ!!・・・何すんだよぉ!!?」
霊感ゼロの燕真は、「いきなりビンタをされた」てしか感じへんやろう。せやけど、燕真の頬では、小さい闇の渦が空気中に解けるように消滅をしてる。
「だって、燕真も頬に虫が居たから・・・ほら!」
「何処だよ!?」
「ぁれぇ?また、ぃなぃ!」
素手で子妖を祓う為には、九字の呪文を唱えて、手の平に清めの力を溜めなあかん。ベテランの陰陽師でも、数秒程度のタイムラグを必要とする。そやさかい、その数秒を省略する為に、清めの力が封じ込まれた祓い棒や護符を使う。素手でタイムロス無う邪気祓いをするなんて不可能や。
だが、2度も続くと認めるしかあれへん。
(いったい何なんや、・・・この娘は?)
ピーピーピー!!!
疑念を掻き消すかのように、事務室の警報機が、妖怪の出現を知らす緊急発信音を鳴らす!
「今日は忙しいこっちゃなぁ!」
お嬢ちゃんの事も気になるけど、今は妖怪対策が先や。気持ちを切り替えて、事務所に駆け込み、センサーから送られてきた情報を確認をする。
「燕真、出現場所は、陽快町3丁目(ミュージアムは1丁目)!此処から直ぐや!!
詳細は解りしだい報せるよって、先ずは向こうてくれ!!」
「3丁目だねぇ!」
燕真がバイクで出動をするより先に、お嬢ちゃんが自転車に跨がって飛び出していく。事務室におったワシには、止めることすらでけへん。
「ぉっ先に~~~!!」
「おい、バカ!!!ちょっと待て!!」
燕真は、慌ててバイクの跨がって、お嬢ちゃんを追うてバイクをスタートさせた。
お嬢ちゃんの勝手な行動には困惑をしたけど、燕真が素早う現着をして事件を解決したら済む話。ワシは、情報の詳細確認をして、燕真の所持するYウォッチに発信をした。せやけど、なんぼ呼び出しても燕真は応答せえへん。
「どういうつもりや?」
陽快町3丁目は、狭い地区ちゃう。これでは、「偶然」か「虱潰し」以外の方法で現地に到着でけへん。言うまでも無う、既に事件が発生してるのに、そんな悠長なことは言うてられへんさかい、「別の連絡手段」てして、電話を選択する。
〈どうした、じいさん?詳細が解ったのか?〉
「どうしたもこうしたもあるか!?なんで、Yウォッチに出ぇへんねん!?
いくら通信しても出ぇへんから電話したんや!!」
〈・・・あ、ワリィ、(左腕に)着けるの忘れてた!〉
「ボケェ!アホンダラッ!!オマン、任務中にどういうつもりや!!?」
〈ワリィって!直ぐに着けるよ!それより、どうしたんだ!?〉
「そう言う問題やない!気が弛んどるんや!!
まぁ、今、ゴチャゴチャ言うてもしゃ~ない!その件は、あとでキッチリ話付ける!!
妖怪が出おった場所は、陽快町3丁目○番地付近や!!今、工事中やから、行けば直ぐ解る!!」
〈了解・・・直ぐに行く!〉
燕真の不真面目っぷりが心配になったさかい、念の為に「燕真は何処におるんか?」て、GPSでYウォッチの現在地を探す。まだ通信を終えたばっかりの燕真では、現場には到着出来へんはず。せやけど、Yウォッチは既に妖怪発生現場に到着をしとった。
「・・・・・・・・・・・・・・・あんのバカ共がぁ~~」
ワシは頭を抱えてまう。もう、嫌な予感しかせえへん。
絡新婦事件が早期解決できたのは、間違いなく、お嬢ちゃんが的確に位置見抜いたからや。燕真が霊感ゼロと知り、自分の方が優れてると優越感に浸っとった。彼女は「自分の才能が役立つ」と感じたんやろう。
だが、文架大橋に妖怪が発生した時、すっかりその気になって一緒に出動をしようとして、燕真に拒否をされて置いていかれた。それが、余程不満やったのやろう。
まだ子供や。お嬢ちゃんが、「自分の方が役立つ」て勘違いをしてまう気持ちは、一定の理解が出来る。
「せやけど・・・ヒーローごっこをしとるわけやないんや。」
一般人でも妖幻システムを装着をする事はできる。せやけど、一定の訓練を受けとらんかったら使い熟すことはでけへん。特に、閻魔大王の力を封じ込めとる妖幻システムは、燕真以外には扱われへん。その理由は、燕真が特殊能力を持ってるから・・・と言いたいけどちゃう。燕真は、霊力がゼロ。退治屋としての才能が全くあれへんさかい、通常の妖幻システムには全く対応でけへん。閻魔大王の意図は解れへんが、燕真だけが使い熟せるシステムなんや。
-1時間後・YOUKAIミュージアム-
現地に行って影ながら見守ったさかい、事件の顛末は全て知ってる。予想通りの展開やった。
だが、燕真は妖幻システムを持ち出されたこと報告せず、お嬢ちゃんは身勝手な行動の謝罪が一切あれへん。「何事も無かった」かのように振る舞う2人見たワシの怒りは頂点に達する。
「バッカモォォォォ~~~~~~~~~~~~ンンンッッッ!!!」
お嬢ちゃんが、「自分の方が役立つ」て勘違いをしてまう気持ちは理解が出来るけど、「なら仕方があれへんなぁ」て笑って見逃す気はあれへん。燕真に至っては、「退治屋の機密をロクに管理せずに持ち出される」っちゅう凄まじい失態をおかしてるのに、お嬢ちゃんと「2人だけの秘密」で完結させるなんて論外。「退治屋としての心構えができてへん」てしか言い様があれへん。今回の事件は、なんもかもが噛み合えへんかったのに、たまたま上手うクリアできただけ。
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
「ゴメンなさぁ~~~~~~~~~いっっ!!!」
「一歩間違えれば、犠牲者が続出しても不思議やなかったんやぞっっ!!!」
説教をしながら、ワシは確信をしとった。
源川紅葉はあまりにも異質すぎる。「才能」っちゅう言葉だけで処理をして、放置をしてええ存在ちゃう。人間は、理性的の物事を考えて行動をする。せやけど、源川紅葉は、承認欲求と興味が優先して、理性を後回しにした行動をした。人間離れした才能と、思考を後回しにする行動力は、見方次第ではあまりにも危険すぎる。
上層部に報告するべきかどうかは、まだ決めてへん。せやけど、ワシの視野の内側に入れて、彼女の暴走を抑え込み、一挙手一投足をつぶさに見定めるべきと考えとった。
つまり、退治屋文架支部に、バイト、兼、サポートの名目で、本社には報告をでけへん部外者の女子高生が加わることになる。