第十四歩目 空
年の瀬は冷えますね。皆さんもご自愛ください。
俺たちは追われて森の中を走っていた。
「はぁはぁはぁ!」
俺たちは都市の兵士たちから逃げるように森を駆け抜ける。
「大丈夫だよ!あいつらは森に慣れてない!撒けるから!」
「撒けるって言っても・・・。」
合流まで8時間の距離まで来た。都市の連中がいくら地理に明るく無くてもそろそろ仕掛けてくる頃合いだ。撒いたところでまたいつ見つかるか・・・。
「休憩できるだけましか。」
「そのとおーり!」
俺たちは必死に走り続けそうして一旦都市の兵士を撒けた。
「敵の密度が濃くなってきたな・・・。」
だが、メルアシアのガイドが完璧でもうフィレリアたちと合流できるまで30分の距離だ。
「見つけたぞ!」
想定通り見つかった。
「走るよ!」
俺たちは一心不乱に駆け出す!しっとりとした空気の中を俺たちは疾走する。
「できるだけ相手はしないから!走って!」
「そっちへ行ったから!」
「先回りして!」
都市の連中の声が四方八方から響く。鳥が飛び立つ肌滝の音も響く。森が目を覚ました。
だが俺たちは逃げる!
「逃がすものか!」
大分走って距離を稼いだが遂に兵士が俺たちの前に立ちはだかる。
勇ましい言葉とは裏腹に彼女たちは震えていた。当たり前だ。俺だって震える。だって俺たちは殺し合いをしていない。殺しの童貞処女なんだ。
「ケイ!剣を抜いて!」
俺とメルアシアが剣を抜く。一歩遅れて敵の兵士たちも抜く。汗で手が滑りそうに不安になりながらお互いに剣を向け合う。表情が硬い。がっしりとした大地に立っているのに綱渡りしているようだった。
「他に追いつかれたくない。一気にやるから!」
メルアシアは駆け出して一人切り伏せる。さっきまで背中を預けていた信頼していた仲間が一瞬で動かなくなった。恐慌が波のように広がる。まるで川の氾濫のようにひきつった顔が感染していく!
「とにかくケイを狙え!あれを倒せばこんなことにはならないんだ!」
都市の兵士が俺になだれ込む。その勢いと鬼気迫る表情に気圧される。だけど俺は一人じゃなかった。メルアシアが割り込んで大多数へプレッシャーをかける。
ただ数人漏れてくる奴がいた。
(人と殺し合うのか・・・!!)
及び腰の決戦が始まる!来たのは2人。そのうち一人が震えた刃をふるってくる。俺もぎこちないながらに躱す。
本人は振り下ろした刃に振り回されて、もう一人は固まっているチャンスが舞い込んできた!それでも俺はためらってしまう。俺の一振りで誰かの命を絶ってしまう・・・。でも!
「はぁ!!!」
俺は目を見開いて剣をふるう。俺はその光景を見に焼きつけたかった。俺は彼女の首を落とした。
(・・・!)
俺の全身に電撃が走る。剣の先から滴る血は俺の所業を誇示している。首の落ちる音には相手の仲間の涙の重さが響いているように感じてしまった。
「っ!!!」
動悸がひどい・・・!めまいも起きて一気に気分が悪くなる・・・。全身をくすぐるような悪寒が体中へ毛虫のように這い回る。
「ケイ!早くしないと!」
メルアシアの叫びが俺を急かす!そうだ。俺が躊躇している間に俺を教会に戻す作戦が失敗するかもしれない!その一瞬だけ恐怖をアドレナリンの興奮が上回った。まだ仲間が死んだ事実を受け止め切れていない、もう一人の兵士の胸を横一閃切り伏せる。
「早く!」
俺はその子がどうなったか見ることもなくメルアシアの指さす先へ走り出す。
「はぁはぁはぁ!」
まるで喉が腫れあがったように息が苦しい。心臓が張り裂けそうなほど高鳴る。あり得ないけれど!!それが腹を圧迫しているように吐き気がする!
人を殺した・・・。二人顔も覚えている・・・!足がもつれて転びそうだ・・・!手の感触がまだ覚えている。この手が穢れたんだ。
「早くこっちへ!」
俺たちの走る先へ武装した白服のシスターたちが待って居た。
「護衛をします。ただ油断はしないでください。」
追ってきている都市の兵士に対してこっちの人数は心もとない。
俺は心を落ち着けることが出来ないまま森の中を走り抜ける。
「森を抜けるよ!」
メルアシアの声とともに俺たちは光の中へ飛び込んだ。
「ケイ!」
レイナの声が響いた。そっちを見ると教会が陣を敷いていた。
ここはそこまで高く無い山の頂点。そこは森に囲まれた草原の広場だ。教会の訓練で使うからなかなか広い。そしてその広場からふもとへつながる道は一本の山道だけだった。
俺たちは陣の方へ走り出す。
「お帰り!真ん中へフィレリアがいるからあってきて!」
陣の一部を開いてレイナとメーフィアが迎えてくれた。
「私たちが守りますから!安心して会ってきてください!」
メーフィアが笑顔でハグしてくれてやっと安心できた。屈託のない笑顔がつい俺も緊張の顔が緩んでしまう。
「セロです。ここからは私がガイドします。」
セロさんという人がメーフィアとのハグを終えた後近づいてくる。メーフィアがお願いと小さくセロさんへ呟く。
「私は外側で防衛を手伝うから。」
メルアシアが提案する。レイナたちは休んでも・・・って顔をしてるけれど敵はまじかだ。レイナたちは前線の後部にメルアシアを組み込んだ。
人の群れを進みながら俺はフィレリアのところへついた。
「ケイさん。お帰りなさい。」
フィレリアが笑顔で迎えてくれる。よかった・・・。彼女の笑顔が見れたのが一つの区切りになった気分だった。
「ただいま。フィレリアさん!」
俺も笑顔で返す。
ただ、それは長くは続かなかった。ふもとへ通じる山道の方から轟音が響く。
「敵が来ましたね・・・。大丈夫ですこちら側の山道の出口へ陣を敷いています。これを防ぎ終えてから撤退しましょう。」
俺たちは山道の方へ集中した。そこには俺たちのいる人とは別にもう一つ関所となる陣を敷いていた。山道からこの広場へ通じるところへ土嚢を敷いてその後ろへ大楯やボウガンを構えたシスターが待ち構えていたのだ。
そこへ向かって轟音が迫ってきた。蹄鉄の踏みしめる音は騎兵が迫ってくる合図となる。
「撃て!」
土嚢のすぐ後ろで指揮を執っていたシスターがボウガンの斉射を指揮する。敵の騎兵は盾で防ぐことを試みるが撃ち下ろされる射撃はそれをぶち抜くのに十分な威力がある!撃ち抜かれ落馬して倒れた騎兵が後続の馬を躓かせる障害物となった。上手くかわす馬もいるけれど坂道を駆け上がってくる以上転ぶ馬も多い。それでも軍隊だ先陣部隊と後続が離れていて回避に余裕を作っていた後続部隊は土嚢を乗り越え躊躇なく突っ込んでくる。それを大楯の部隊が受け止める。倒れた先発部隊を躱し坂と土嚢を駆け上がることでランスチャージの威力は削げたが技術のある騎兵は土嚢の上から高さを使った一撃で大楯とシスターを貫く。鮮血が飛び散り俺や指揮官をはじめとしたみんなが苦悶の表情を浮かべるが槍で応戦するように指示して押し返す。
「誰一人欠けずとはいかなかったか・・・。だけど、これならいけるか!?」
そう呟いたのがいけなかったのか土嚢とシスターたちが剣一閃で吹き飛ぶ。何が起きているか分からなかった。ただ何もかもが宙に吹き飛んでいた。
「何だよ・・・!あれは!」
森で戦った都市の槍使いのミリーシャが頭によぎる。ただ山道の陣地を乗り越えてきた敵兵はその人じゃなかった。
「ラムリーナ!?」
フィレリアが焦って呟く。うろたえるその姿は珍しいがそれも当然だ。ミリーシャが都市一の槍使いであればラムリーナは都市一の剣使いだ。実力はミリーシャに次ぐと言われている。想定はしていないわけではないだろうが、それでも来ないでほしい相手だ。
「なに?ふざけているの?」
近くの兵士のシスターの一人がラムリーナに向けて嫌悪感をもって呟く。確かに彼女はふざけていた。馬に乗っているが明らかにダルそうな姿勢だ。歩く馬の上で背もたれもないのにぐったりと背を預けているような姿勢で揺られている。どう考えても背中が空に浮いていて楽な姿勢ではない。それどころか維持することの普通は難しい姿勢だ。
「ダッル!マジだるいんだけど。」
自ら切り捨てたシスターから流れる血を何の感慨もなく、つまらなそうに一瞥してから仲間が集まるまで待っている。
「勝てるのか?」
「大丈夫です。」
フィレリアが自信をもってそう答えると陣の外に目を移す。そこにはメリーさんを中心とした騎馬兵団がいた。
「はぁ~やっと集まった。」
都市の騎兵が集まったのを見てずいぶん嫌そうにラムリーナが眉間にしわを寄せる。
「まったく。本当にインペラは人使い荒いんだから。アタシに出陣させて野宿とか、ふざけてんの?!おかげで体壊したわ・・・。アレルギーで鼻ぐずぐずで詰まって寝れないし寒くて風邪を引いた。イライラしてお腹弱くなるし頭も痛くなる。ゴホッ!こんな虚弱な人間を外にほっぽり出すなんてほんとサイテー。」
ぶつぶつとラムリーナが恨み言を呟く。顔色が悪い。本当に体が弱そうだが、さっきの宙に散ったシスターがフラッシュバックして、その実力にこっちの顔の方が青くなりそうだ・・・。
「だからさっさと帰るよー」
ラムリーナが剣をこっちに向けて騎兵に突撃の合図をしてくる。雄たけびを上げた騎兵たちがギャロップの轟音を響かせて俺たちの陣に沿うように突撃してくる。ラムリーナはそこから垂直になるように別方向へ駆けるもちろん俺たちの陣に沿ってだ。
「片側は自分一人で十分ってことか!」
ラムリーナは剣一振りをだらりと片手に下げているが、別方向に向かっている騎兵たちは持っていた槍を放棄して弓を携えていた。
「あれは馬の上から打つのか!?」
どう考えても難易度が高すぎる。手綱から手を離して鐙だけで姿勢を維持する。勿論馬は走っているからそれだけで異常な難易度だ。その状態で腰につけた矢筒から矢を取り出し背筋を使って弓を引き絞る。自身を支えるのは鐙だけその状態で馬に干渉しないように弓を引く。射出にだって気を使う。揺れる馬の上で後列であれば仲間に当てないように射撃しなければならない。総じて一朝一夕の技術ではない。
「「「はぁ!」」」
矢の雨が降り注ぐちゃんと俺たちに向けてだ。断じて明後日の方向ではない整列した矢の雨が襲い掛かってくる!
「訓練通り!防御姿勢を!」
フィレリアが支持するが形式じみたものだ。すでに前線の小隊指揮官が号令を出している。陣の最前線の大楯を構えた。最前列が真正面に隙間なく埋めて、その穴になっている上部を次列が斜め上に構えてカバーする。それから後列が真上に大楯を構えていく。それがある程度の長さが続いていた。ただ俺のいる中央部分まではその流れは続いていない。
矢の雨を前線の部隊が防ぐ。大楯の部隊は隙間のない陣形で矢を防いでいた。
「ご安心を。ここまで矢が飛んでくることはありません。万が一にも準備があります。」
セロが俺の表情を見てかそう言ってくれて人ごみの中指を小さく差す。指さしたところには組体操のような形で盾兵を持ち上げる仕組みが出来ていた。見回すと散発的に似たような防御部隊が配置されていた。それで防げるか?と思うけど弓の射程はお互い知っているだろうし本当の保険といったところか。
矢の雨がやんだと思った瞬間だった。陣の最前線の方から風切り音が鳴り響く。シスターたちのボウガン部隊が弓騎兵たちに撃ちかける。いくつものボウガンを用意して後ろの兵士が再装填して前線兵士が放つ絶え間ない射撃が敵を襲う。
「っ!引けっ!」
何人も討ち取られて陣形の乱れた敵騎兵は反撃をしようとするが、ボウガンに射程距離へ近づくことも難しく一旦距離を置いていく。
「メリー旗下!教会騎兵隊!出る!このまま待てば山道を駆け上がってきた都市の槍騎兵が増援に来る!その前に弓騎兵を殲滅する!」
メリーが宣言して突撃する。完全に形成はこちらに見える。
そう思っていた時、フィレリアが補足の耳打ちをしてくる。
「弓騎兵がいると私たちの撤退の準備ができませんからメリーさんも突撃しているのです。」
なるほどインペラもそこを懸念して精鋭と思われる弓騎兵を損害のでやすい今回の緒戦にリスク承知で起用したのか。だがしっかり対応した。
・・・フィレリアはメリーたちの少し怪訝そうな顔をして見る。俺も少し引っかかるが・・・。残りはラムリーナの方か・・・。
「めんど・・・。」
ラムリーナが呟いてダルんと垂れ下がっていた剣を肩と水平にまで持ち上げる。だらしなく曲がっていた首をまっすぐ伸ばし俺たちの陣地をにらみつける。
「早く死んじゃってよ。」
ラムリーナが剣を横なぎで剣閃を飛ばす!それは刃を飛ばすような形ではなかった。剣で作ったいくつもの暴風の波が俺たちを八つ裂きにしようと超高速で飛び込んでくる!
「させないよ!」
レイナが叫んで陣の中から飛び出す。レイナは迫りくる剣閃を槍で薙ぎ払った風圧で相殺を狙う。
「きゃあ!」
だが相殺しきれない!レイナが苦々しく見つめた先には大楯を八つ裂きにされて吹き飛ばされたシスターたちが苦悶の表情を浮かべていた。
まずいな・・・。じわじわと削られるだけじゃなくて陣形も崩される。槍騎兵の到来のリスクが大きくなる!
「よくも!」
レイナは再びラムリーナに向かい合い散弾のように石を投げつける。一瞬だ!目に負えない速さで小石が飛んでいく。甲高い風切り音に眉一つ動かさないでラムリーナは馬から飛び降りてそれと同時にいくつかの小石を剣で跳ね返す。
「っ!」
言葉を発する時間もなかった。立った一瞬でこっちのシスターが大楯を貫かれて命を散らした。
「なんだよ・・・。あの二人だけ銃を使ってるようなものじゃないか・・・!」
俺はレイナとラムリーナに畏怖の視線を向ける。ラムリーナの乗っていた馬が穴だらけで倒れていた。ラムリーナは大ジャンプから着地してメルアシアをみる。
メルアシアも陣の前に着地して二人はにらみ合いになった。
「マジふざけんなよ・・・。帰りの足が無くなったじゃん・・・!」
ラムリーナは信じられないような絶望顔でレイナをみる。
「帰りの心配なんてしなくてもいいよ。」
レイナは右手で投石の準備をして左手に槍を構える。素人の見立てだが槍を防御に使うか前に見える。
「でも、石はさっき跳ね返された。レイナはどうするんだ。」
俺の問いにセロは緊張感の走るこわばった表情を浮かべ、フィレリアはなにか察したかのような悲しみと心配の混じった不安の顔を浮かべる。
レイナも表情には出さないが汗が頬を伝う。
「やっぱやめだね。」
ラムリーナからあり得ない言葉が漏れ出し。ゆっくりと剣を収める。
「帰るのにこれ以上疲れたくないし、じゃあね。」
あまりにあっけなかった。レイナは追撃することはなくラムリーナは山道へ向けてひとっとびで消えていった。
「今のうちへけが人の救護を!」
各地で救援活動が始まる。少しは安全になったのか!?
「よし、後顧の憂いは消えた!弓騎兵隊を掃討する!続け!フィレリア!あとは・・・頼んだぞ!」
メリーの号令に弓騎兵は動揺する。指揮官の突然の離脱に動揺しない軍隊はない。小隊長と思われる人が慌てながら命令を下し森の中へ馬で飛び込む。それで追撃される立場だなんて相当に追い詰められている。メリーも臆することなく追撃のため森へ飛び込んだ。
「撤退の準備に取り掛かります!」
フィレリアが宣言すると盾を構えて城砦となっていた教会の陣が解体をはじめいくつもの小隊へ様変わっていく。
「勝った・・・のか?」
***???***
えっちらおっちらアリさんがえっちらおっちらくるくる回す。ねじまき溝のお気にな棒にくるりくるりと大繩這わす。棒の末尾で二重らせんの完成。実は大繩リム接続中ぐいぐいぐいぐいアリさんがぐいぐいぐいぐい縄引き締める。死への飛翔への一致団結。
***フィレリア○○の地***
「ケイさんは私と一緒の中隊で戻ります。精鋭ぞろいで安心ですから。」
「了解だ。」
ふと俺は空を見上げる。青々とした広い空だ。ずっと森の中で生活をしていたせいかこんな空を見るのは久しぶりだ。
「どうしました?ケイさん?」
「大丈夫です。フィレリアさん達ほどじゃないけれど、おてんとうさまもご無沙汰だったんです。挨拶しないと拗ねて曇られたらいやですから。」
「なるほど。一番目上ですからね。へへっきたおを揉みしますからっ。って私たちまだ挨拶していなかったですね。お帰りなさいケイさん。」
フィレリアはにやけ顔で手をこすり合わせてふざけたと思うとすぐにまじめな顔に戻ってから笑う。
「ただいま。フィレリアさん!」
だから俺も笑顔で返す。
「ケイさんも大変だったでしょうし教会でゆっくりお茶をしましょう。それと都市の政府施設でのお茶会の準備も進めています。ご期待ください。」
フィレリアはウインクする。そりゃ都市との会談の準備も始まるか。
「名所も見たいですね。都市だったらありますよね?美術品とかあとみんなと交流できる広場とか。」
都市に行けるのなら中を見ておきたい。文化を知ることは友達への第一歩じゃないんだろうか。
「そうですねディアー広場とか近くにレンタル玩具がいろいろあって交流し放題です!少人数のチェスから大人数のトランプまでみんなで仲良くなればポジティブにことは進みますよ!」
「この時代の人が俺らの時代のデータに勝てるかな?」
「大丈夫です!イカサマしますから!丸裸ですよ!路上の往来で!」
ビュンと大きな音が響いた。上空からだということは高木から飛び立った鳥から察せられる。まるで超高速で車が走ってくるような音は近づきつつあった。
「上です!皆さん警戒してくださっ!」
フィレリアが焦った叫びが舞台へ波及する。そうして皆が空を見上げて見えたものは巨大な矢だった。
「なんだよあれ・・・!」
どこからか声が響く。誰だって愚痴りたくなる。はるか上空にいるのにまるで。まるで、目の前にあるかのように大きい矢だ!でかすぎてここからでも構造がよく見える!木を削って尖らせた鏃に胴体の後ろ半分に螺旋を描く溝が彫られていたその後ろに羽根がついていて・・・?筒の部分に横向きへ取っ手がいくつも並んでる?ただ筒の部分は高速で横回転してるから取っ手ぐらいのものだとうまく判別できない・・・。どうして矢が高速回転する必要があるんだ・・・?
(がばっ)
何と間抜けな音が響く。ただそこから飛び出す音は狂気を帯びていた。飛び出してきたものは無数・・・。いや!無量大数とでもいえるような木の杭が黒い雨となって!
「ケイさん!」
その瞬間俺の世界がスローになった。たぶん自分の死の危険に瀕してのことだったと思う。俺は倒れていた。ただ杭まだ空から降り注いでいない。
「フィレリア!」
フィレリアが俺に覆いかぶさる。その一秒後死が降り注ぐ!悲鳴の交響曲が一瞬響いた。轟音が耳をつんざき空から降り注いだ杭が地面へえぐり続ける。
「フィレリア!フィレリア!」
目のまえにフィレリアがいる!それでもっ!それでも苦痛を浮かべながらも微笑んでる。完全に覆いかぶさっている彼女を通じて空からの衝撃が伝わってくる。視界の端に移る杭は先端が丸いでも重力に振り下ろされた鈍器はシスターたちの人体を砕く。
「フィレリア!やめてくれ!フィレリアが!」
このままじゃフィレリアが死ぬ!柔らかくもしっかりと感じられた彼女の輪郭がぐちゃぐちゃになっていく。骨が砕けているのが分かるんだよ!
「けいさ・・・がんば・・・」
「フィレリアー!」
雨がやんでいた。おれはフィレリアを横に寝かせる。背中は見れない。どうなっているか、なんてわかりきっている。フィレリアは口から血を流し背中から大量出血しているのに。痛かったはずなのに・・・俺に笑ってくれていた。最後の瞬間まで・・・。
「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・!」
いっぱいいろんなものを貰ったのに・・・!何も返せなかった!
俺はトロイメライにいた時、ある意味において孤独だった。友達だっていた。周りに見てくれている人もいた、一人だったってことじゃない。だけど!俺には『先生』がいなかった。教えてくれる人じゃない背中を見せて自分を作ってくれる人だ。憧れの人はいた義母だ。けれど、忙しく遠くの憧れでしかなかった。一緒の研究者の道も・・・。フィレリアさんは俺がどうしたいかそれを導いてくれた。研究者の道を失って、ただ誰かの命令に従うままのだけの自分に向くべき方向をアドバイスしてくれた!俺思ったんだ。まだどうするべきか全然わかんないけど『今』の目標として。俺を助けてくれる人に恩返しをしようって。多分、俺のやりたいことはそっちなんだと思う。
俺も教会を出たあとも頑張ったんだよ?メリトットじゃあみんなの足手まといにならないように訓練したり、缶詰作ったり。訓練だって最新のストレッチとか鍛え方の情報提供だってしたんだよ?
俺フィレリアさんに今頑張りたいこととそのために精一杯やったことを伝えたかった・・・!笑ってほしかったんだよ・・・。俺の人生の先生として・・・。
でもどうしてどうしてこうなるんだよ!フィレリアの体がどんどん冷たくなっていく・・・。俺は彼女の上半身を抱き上げる骨が砕けて人体を抱き上げている感覚がない。砕けた骨が皮膚を破らないように慎重に抱き上げる感覚はまるで壊れ物だ。さっきまでの教会の柱だった彼女はもういないって何の躊躇もなく突き放してくる・・・。
「フィレリア・・・。フィレリア!教会はどうするんだよ!フィレリアーーーーー!」
「フィレリア?」
「いかがしますか?メリーさん?」
ワシは広場の方から響いた不穏な響きに胸騒ぎがする。だが今は森の中で都市の弓騎兵を追っている。
「・・・。」
奴がこの程度で動じる覚悟であってたまるか。
「都市の主力をたたく。こちらのやるべきことをやるだけである。」
ワシらは森の中を軍馬が踏みしめ弓騎兵に迫っていく。いくら鍛錬を積んでいようと悪路の中、弓を引くことは至難の業である。儂らが正面、左翼右翼と追い詰めにかかる。慌てる敵騎兵が弓を引こうとすると馬は体勢を崩して木の根に足を取られて転倒する。
「下手に手を出すな。森の中であれば追い詰めているだけで自滅する。」
「振り切るぞ!」
都市の司令官が檄を飛ばす。八方ふさがりであっても一縷の望みにかけるその姿勢良い心意気である。
「メリーさん。おいていかれています。」
部下がそう忠告してくれる。ありがたい部下である。どのようなことも進言してくれる相手がいることは嬉しいものだ。
「このままでよい。どのみち馬の進める道は限られておる。それに道は向こうが示してくれるさ。」
「承知しました。」
ワシらはその言葉の通りに踏みしめる音やなぎ倒した草花、何より事故により落馬した騎兵のもがく姿により道しるべが出来ていた。
「死ね。」
ワシはそういった輩の介錯をこなしながら追う。
「「「きゃーーーー!」」」
「メリーさん!今のは!」
先から聞こえた悲鳴しかも複数同時。普通に考えれば馬の転倒に後続が巻き込まれたことだが・・・。胸騒ぎがする。
だがその疑問もすぐに氷解した。俺たちは悲鳴の現場に到着した。
「これは・・・。」
ワシの隣へいたシスターが絶句する。そこは血の海であった。鼻をつまみたくなるほどの濃厚な血の匂いが充満している。
「どうしたのお父さん?」
人馬の死骸の群れの中心に深紅のフードをかぶった人間が立っていた。彼女は肩の石ころに耳を傾けていた。
「あぁ、教会の人が来たの。大丈夫。目的は分かってるから。絶対に私たちの居場所を守っていこうねお父さん。」
***森の中***
本来凱旋のためであればこんなうっとうしい森も気持ちよく抜けれたものを・・・。今の私にはこの森の湿気と同様の憂鬱な気持ちしか出てこない。
「イミーナ隊長。離散して逃走していた味方が合流しました。数は33人です。」
「我が部隊で受け入れる。分散すべきではない。いくら森に不慣れの連中でも少数の兵士を狩るのは造作もないだろうさ。」
まったくこんな無様な・・・いや誰も予想できない敗戦・・・。考えうる限り最悪の敗戦だ屈辱だ・・・。
陣の中央の司令部にいた連中はほとんど戦死した。生き延びた奴は上に盾を構えれた奴だった。あの杭は先端に丸みを帯びていた。貫通する為ではなく鈍器のようなものだった。ゆえに陣の外縁の守りを担当していたもの達は隙間なく盾を構えていた。だが中心部はそんなことはない小盾と剣の機動性と司令部の視界を確保する装備の奴がほとんどさ。だから中央の被害が多かった。
「なにが楽勝だ・・・!メリーの大馬鹿野郎が。」
私は出陣の時をおもいだす。
「今回は初めての都市との交戦だが・・・なに!気に負うことなどない!圧勝だ!それこそ手心を加えられるような勝利だ!」
「戦利品貰えますかねぇ!お金もらえたら都市でマッサージ専門店を呼んでみんなで祝勝会ですよー!最近の大変な訓練の分まで癒してもらいますよー!」
ふん。メリー軍団長のお気楽な宣言に部下もお気楽な返事をする。当然軍団は弛緩した雰囲気に包まれるが全くこれで戦場に行くのか。結局こんな調子で山の頂上の広場へ陣取るまで笑っていた。
まったくもっと気を引き締めていればこんな動揺せず撤退出来たかもしれないというのに・・・。
おかげで散々だ!仲間の遺体すら回収できない無様な撤退だ!
行きはあれほど陽気だったのに帰りはみな雨に打たれたような顔をしている。みんな見ているものは雲に厚く覆われた雲と変わらないものだろう。
(さよならフィレリア・・・。みんな・・・。)
いくつもの人の目から雨が零れ落ちた。だが私は進まなければならない。
私たちは這う這うの体で教会まで逃げ帰った。幸いあの空中からの襲撃の後に生き残ったメンバーはほとんど帰ってこれた。




