黒豹クンは、行動派っぽい
ふぃー。何とか、今日の授業も無事に終わった……。
あの後、フォルト・グラビオにくっついて、森の中をチョロチョロと。
フォルト・グラビオを援護しつつ、あたしは弾丸をバキュバキュバキューン。
なかなか楽しかった。
今は、撤収の合図を受けて、モルワイデに引き返してきたところ。周りには、魔女科と魔学科の生徒の護衛をしていた、騎士科や魔法科の生徒が集まっていて、ざわざわ騒がしい。
少し離れた場所には、護衛対象である、魔女科、魔学科の生徒もいる。
ん~……やっぱ、棒付きキャンディがないと、あたしは何にもできんわ。何とか、改善を要求せねば。な~んて考えていたら、
「バレッタ・ストークス。────持っていろ」
「んお?! っとっと……と──」
放り投げられたそれを落っことしそうになりながらも、何とかキャッチ。
何をくれたんだと手の中のそれを確認して……一瞬、固まってしまった。
彼がくれたのは、小さなピンバッジだった。
雪の結晶がデザインされたこのバッジ。これを持ってるってことは、あたしが彼のパーティーに入ったってことがみんなに分かるってことだ。
そんな物をあたしが貰っていいもんかと──あたしは、落ちこぼれ組だから──迷ったワケよ。っつか、迷うよね、普通。でも、それを口にするのは、やめた。
もらえるモンはもらっとけばいいのだ。これは、フォルト・グラビオのあたしに対する評価だ。あたしは、彼の評価を裏切らないようにすればいい。
「いいね、コレ。カッコイイ」
ピンバッジを親指と人差し指でつまんで持ち上げ、日の光にかざす。持ってろって言われたから、持っててやるんだって顔で、彼をちらっと見て、ジャケットの襟の部分にバッジをつけた。
あっちも、それでいいって顔で、口角をほんの少しだけ持ち上げる。
「じゃあな」
「ほいほ~い」
(フラグ折り)ガンバレ、と付け足すことも考えたけど、場所が場所なだけに自重することにした。かたや騎士科の有名人。かたや魔法科の落ちこぼれ。落ちこぼれが、有名人に向かって、ガンバレなんて言った日にゃぁ……槍が降りますわ。
ちょっといい気分でいたのに、フォルト・グラビオと入れ替わるように来た先生のお蔭で、上昇気分が、急降下。ナイわ~。
先生は、あたしがキャンディをなめているのに気づくと、「どこに隠し持っていたー!?」って……頭から角生やして怒鳴ってきたのだ。授業が始まる前に、《嘘感知》まで使って、キャンディがないことを確認したのはどこの誰だってぇの。だから、
「ヤッダー。センセってバ、授業の前に《嘘感知》を使ったの忘れちゃったんですかぁ~? それとも、ご自分の魔法を信用してなかったりしますゥ~?」
嫌味を言ったって、許されると思う。
もちろん、フォルト・グラビオに貰ったんだって、言ったわよ? 言ったけど……
「フォルト・グラビオがそんな物を持っているはずがないだろう!?」
「持ってたんだからしょうがないじゃないですか。何なら、本人に確認して下さっても結構ですけど? お得意の《嘘感知》で確かめてもらっていいですけどぉ~?」
ジャケットの襟部分に付けたピンバッジを指さしながら言ってやったら、先生は悔しそうな顔をして、最終的には折れてくれた。先生でも、フォルト・グラビオは苦手らしい。
それから10日ばかり経ったが、あたしの日常には何にも変わらなかった。いや、変わったことが1つだけある。
「バレッタ・ストークスッッ! あなた、特別生の推薦を辞退したんですってッ!?」
「いやあの……辞退ではなく、推薦を拒否された、の間違いですが……。なんせ乱降下の激しい落ちこぼれなもんで……」
シルビア・ヴェスタ・ラークレースさんに、詰め寄られる日々でゴザイマス。
何でこうなった。
彼女は、物語に登場するキャラクター。悪役ではなくて、普通のライバルキャラ。もちろん、彼女と友情を育むことだってできる。
ゲームは、ヒロインが魔法科の特別生に選ばれたところから始まった。
特別生というのは、魔法科の中でも優秀な生徒の中から、2~3人が選ばれ、現役の宮廷魔法使いから直接指導を受けることができる。
指導役の魔法使いは、将来のエリート。教えられる方はともかく、教える方の経験はないだろうってことで、何年か前からスタートした制度である。教育実習みたいなもんだ。
ヒロインはもちろん、シルビアもこの特別生に選ばれた優秀な生徒なのだ。で、あたしの場合はというと、
「コレをどうにかしない限り、推薦はないって前々から言われていたのですが……ご覧の通り、どうにかできなかったもので、推薦の話はなくなりました」
コレとはもちろん、棒付きキャンディのことである。
コレがあれば、優秀。コレがなければ落ちこぼれ。足して2で割った結果、総合成績は普通。
もったいないから、キャンディなしでも問題なく活動できるようになれと言われてた。
結果は今言った通り、ムリだったんだけど。
「あなた……っ……!」
「ラークレース様は、お怒りになられるかも知れませんが、あたし、宮廷魔法使いになるつもりはないんですよ。卒業したら旅に出るつもりなんです」
その名も、世界美食探しの旅。美味しい物、珍しい物が見つかれば、実家の商売の助けにもなるかも知れないし。そのためにも、ある程度魔法が使えるようになっておきたかった。
初めからそのつもりで、ここに入学したのである。
あ、騎士とか戦士とかの物理攻撃職は無理。お肉として加工済のものならともかく、生きているものの肉を切る感触に慣れるとは思えない。
「そう……そういうことなら、仕方ないわね……。あなたなら、わたくしのライバルに相応しいと思えたのだけど。それについても、あなたにやる気があるのなら、お父様にお願いして口添えをしていただくつもりだったのよ……。でも、余計なお世話だったようね」
「お気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます、ラークレース様」
この方、侯爵家の次女なんすわー。つまり、あたしから見たら、雲の上の人ですわ。そんな人から、こんな風に声をかけていただけるなんて、光栄っすわー。
何より、シルビアってば、美少女なんですよ、美少女! 藤色の髪に、緩めの縦ロール。ちょっとキツイ顔立ち。ここまで来たら、分かりますね? ヒロインよりも優秀な成績で、お金持ちで、美人で、普通なら太刀打ちできそうにない人。
でも、そういう人と反発し合いながらも、友情を育み、競い合い、そしてお互いを高めていく──。うんうん、よくあるパターンやね。
「あなたにだから言うけれど、わたくし、ピティス嬢はあまり好きになれなくて……。切磋琢磨し合える仲になれるとは思えませんの……」
「あ~……評判、よろしくないみたいですねー、彼女」
言うまでもなく、このピティス嬢がヒロインである。ヒルダ・クローセル・ピティス。子爵家の長女サマだ。こちらも、あたしからしてみれば、雲上人の1人。どうも惚れっぽいのか、男好きなのか……まあ、そういう意味で評判がよろしくないのである。
大半の真面目な学生は、男女を問わず、彼女に対して冷ややかだ。ヒロインは、あんな性格じゃなかったと思うんだけど、ゲームはゲーム。現実は現実ってことで、気にしていない。
「もう1人、モーリス・タブラートはどうです? 彼、ちょっと内気ですけど」
「能力は評価するわ。でも、その内気な性格がね……」
「女の子、苦手らしいですし。あんまり強く言うと、へこむんでなるべく優しくしてあげてください。ちょっと臆病な小型犬だと思って」
「ぷっ……! 小型犬って……あぁ、でもそうね。言われてみれば、そんな感じだわ」
お、シルビアって笑うと、目元が柔らかくなるんだ。これは大発見。か~わいい。これは良いものを見たと口元を緩めていたら、
「バレッタ・ストークス──! あぁ、すまん。話の邪魔をしたか」
誰かと思ったら、フォルト・グラビオだ。相変わらず、イケメンですなあ。
「あれま、久しぶり。どったの」
「お前に話があったんだが……」
黒豹クンが、シルビアへ視線を向けた。
すると彼女、電気ショックを受けたみたいにピーンと背筋を伸ばして、
「わ、わたくしのことはお気になさらないで下さいませ。少し雑談をしていただけですもの」
オホホホ。何かを取り繕うような顔で笑ったお嬢様は、
「では、ストークスさん、またお話しましょう」
どこか浮かれた様子を見せつつも、さささ~っとあたしの前から去って行った。
何だ、あれ。いや、別にいいんだけど。
「…………良かったのか?」
「大した話じゃなかったし。もう、話の大筋は終わってたし。ほら、魔法科には特別生制度があるっしょ? なんで、それを辞退したんだーって、怒られてたのよ」
「辞退したのか?」
こっちも眉間に皺を寄せて、お怒り顔である。いやいや、そんな顔せんでよ。
「あのねえ、コレ、口に放り込んだまま、宮廷勤めができると思う~?」
「無理だな」
「そういうこと。だから、辞退じゃなくて、推薦の取り消しが正しいのよ。どうせ、卒業後は、美食の旅に出るつもりで、ハナっから宮廷勤めは、あたしの選択肢にはなかったしね」
「なるほど。お前が無理もしていなければ、我慢もしていないというのなら、俺がどうこう口出しする問題ではないな」
「ほい、納得ありがとさん。そんで? あたしに話って?」
「あ、あぁ……。その……まずは、これを見てくれ」
何か急に、態度が変わったな。ソワソワしてるっていうか、何か落ち着きがない。見てくれって差し出されたのは、手紙だった。宛名はフォルト・グラビオになってる。裏をひっくり返せば──
「ちょいと、お前さん。これ、あたしが見ていいの? 差出人、グラビオ公爵になってる」
「構わん。その……な……俺の口からは、言い辛くてだな……」
よし分かった。顔が赤いから、シャーロットちゃん案件だな。それなら、読んでも問題ないだろう。にしても、お貴族様の手紙を拝見する日が来ようとは……。緊張しながら、中の便箋を取り出し、文面に目を走らせる。力強い筆致で時候の挨拶と短い近況報告が書かれ、本題が。
小難しく書いてあるけども、要約すれば、
『何言っちゃってんの? ディーン(フォルト・グラビオのセカンドネームね)は、ウチの娘の婿になってくれるんでしょ? なってくれると思ってたけど、違ったの?』
「────何だ、外堀埋まってんじゃん」
知らぬは本人ばかりなりー、ってか。あっはっはっは。
ちらっと見やれば、彼は耳まで真っ赤になっていた。あっはっはっは。
「ハラショー! おめっとさーん」
両手を広げて高く上げれば、フォルト・グラビオは、
「あっ……ああ……」
恥ずかしいのか、照れているのか。まともにこっちを見ない。あっはっはっは。
「ってことはー、後はシャーロットちゃん口説き落とせば大丈夫……なのかな? もう1つのフラグ……伏線の方は回収できたわけ?」
「いや、そっちの方をどうにかするために、今から付き合ってもらいたいんだが……」
「はいよ、任せとけィ」
左手はL字で、顎の下。右手を軽く突き出した腰に当てて、ポーズを決めたら、
「即答か……。それより、何だその恰好は」
呆れ顔で、言われた。ま、顔の赤みが引いて何よりだ。
「単なるノリだから、気にすんねィ。あ、手紙返しとく」
「ああ」
お貴族様の手紙だから、丁寧に扱わんと。しっかし、さすがお貴族様の手紙。紙の質からして違うわ。
「んで、どこに付き合えばいいの?」
「裏の森にある、泉だ。今まで何度か足を運んだが、あそこにいる妖精とは会えなくてな」
「え? 妖精がいんの? 泉に?」
「ああ。このあたりで、確実に会えて陛下へ言伝を頼める相手となると、泉の婦人くらいしか思いつかん」
スタスタと歩き出したフォルト・グラビオはこちらを振り返ることなく答えた。──が
「陛下?」
「分かっているだろうが、国王じゃないぞ。俺の陛下は、後にも先にも天竜王陛下、ただお一方のみだ」
「ちょ……待て待て。何で妖精? え? なに? もしかして氷壁の魔王って、妖精だったわけ? んで、その陛下は妖精の王様ってわけ?」
「その通りだ。そもそも、人間は、俺を魔王呼ばわりしているが、俺の立ち位置は、下から数えた方が早いんだからな?」
「うっそ。マジで?」
「嘘を言ってどうする。俺は、ただの門番でしかなかったんだ」
「氷壁の門番?」
「呼び名は、氷壁の騎士だった。人間でも騎士の位は、低いものだろう?」
「まあ、そうだけど……何か意外」
かつて魔王が住んでいたというだけあって、本で見たグラビオ公爵の居城は、背後に黒い森を背負った、要塞かダムのような武骨な建物だった。簡単に言えば、デカくてゴツイ。
その姿から想像するに、関所のような役割も持っていたんだろう。今も、我が国の北の要所としてその役目を全うしている──とその本には書いてあった。
関所の責任者を魔王呼ばわりか。人間と妖精のレベルの違いが凄すぎる。
「門番で魔王になれるなら、王様なんて想像つかないわね」
「まあな。氷壁は、世界中にある、あちらとこちらの境の1つに過ぎないしな」
「へえ、そうなんだ。──って、あたしが聞いても大丈夫なの? その話」
「問題ない。境がどこにあるか教えるつもりはないし、氷壁に関しては閉鎖中だ」
それなら一安心。
ついでに言うと、天竜王陛下が治める国の境は知っていても、他の王様が治める国の境は、あの辺にあるらしい、というレベルでしか知らないそうだ。
「他にもいるの? 王様が」
「ああ。天竜王陛下、海鱗王陛下、虫砂王陛下、風翼王陛下、獣炎王陛下、生樹王陛下の6人がそれぞれの国を治めておいでだ」
「へえ、そうなんだ……その話は始めて聞いた。前世の知識にもなかったわ。ま、あんたが氷壁の魔王っていうこと自体初耳だったんだけどね」
何て話をしているうちに、目的の泉に着いた。
「──んで、どうすんの?」
口の中のキャンディが随分小さくなっている。大きさを確認するつもりで、口から出した。うむ、小さい。これじゃ、後5分もしないうちになくなっちゃうな。なんてことを思っていたら、フォルト・グラビオは、受け取れと言って、硬貨を放り投げてきた。
「ちょっ?!」
利き手にキャンディを持ってるもんだから、案の定受け取り損ねてしまう。
「何だ、飴を持っていたのか。すまんな、確認すれば良かった」
全く悪いと思っていない謝罪の言葉が返ってくる。ま、いいけどね。地面に落ちた硬貨を拾い上げて、もう一度「どうすんの?」と聞けば、硬貨に少しでいいので魔力を込めろと言われた。
「ほいほい」
言われるまま、硬貨に魔力を込めて投げ返す。フォルト・グラビオは、こちらをちらりとも伺わずに、ぱしっと硬貨を受け取る。クソ、カッコいいな。
「今まで何度も訪れはしたが、泉の婦人は姿を見せなかった。その理由を探って分かったんだが、どうやら婦人と会うには2人でないといけないらしくてな……」
「ああ、それであたし」
何を話しても、あたしなら問題ないしね。納得したと頷く横で、彼も硬貨に魔力を込めた。2人分の魔力が込められたそれは、放物線を描いて泉にポチャン。
こんなんで妖精が出て来るんだろうか? と首を傾げれば、フォルト・グラビオが聞いたことのない言葉を口にし始めた。
何だろう? 魔法の呪文に似てるけど、ちょっと違う。
彼が左手に着けている不思議素材の腕輪が、ほのかに光っている。
一体何が起きるんだ。本当に妖精が現れるんだろうか。半信半疑で、泉を見ていると底の方から、何やら白い球体が浮かび上がってきた。何だ、あれは。じっと見ていると、
「アタシを呼ぶのはだあれ?」
「うぎゃぁっ!?」
まさかのマッチョオネエの出現に、思わずフォルト・グラビオに抱き着いてしまった。
オネエ、淡い水色のワンピース……似合ってないから。もっと濃い色の方が似合うと思う。
しかし、ツワモノなのはフォルト・グラビオだった。彼は、あたしを完全無視して、
「泉の婦人」
出て来たモノに呼びかける。
婦人じゃないって、絶対。人違いだと確信してたのに、
「氷壁の騎士……なの?」
マッチョなオネエが、目を丸くして呟いた。え~? このオネエが、泉の婦人ンンン?
ペンが乗るんじゃないかってぐらいの、ばっさばさのまつ毛。真っ赤な厚い唇。揉みごたえのありそうな大胸筋。
「いや、これ、婦人じゃなくて、オネエでしょ。泉のオネエ」
略してイズネエ。思わずぼそっと呟けば、
「オネエ……オネエですって……!?」
イズネエが反応した。やっば、不味い事言っちゃった?
驚きのまま、フォルト・グラビオにしがみ付く手に力がこもる。横からは、
「妖精に勝手な呼び名を付けるなっ! 機嫌を損ねられると後が厄介だぞ!」
怒られるし。いやでもだって、どう見たって婦人じゃないし。クレーム対応は、余計な口を挟まず、まずは相手の話を聞くことが大事。イズネエの次の言葉を待ってみれば、
「それよっっ! それだわっっ!」
何かウケてた。
フォルト・グラビオの右肩が、がくっと下がる。そのリアクション、いいね。目がテンになってるところもイイよ~。イケメン、台無し。かわいいけど。
「アタシは、ずっと泉の婦人と呼ばれてきたわ。でもね、それはアタシの呼び名じゃない、何か違うってずっと思ってた。アタシ、ずっと悩んでたのよ。自分に相応しい呼び名は何だろう、アタシは何者なんだろうって。……でも、それももうお終いよ! たった今、理解できたの。アナタのお蔭よ! アタシは、泉の婦人じゃないの。泉のオネエだったのだわ!」
わ~パチパチ。よく分からないけど、気に入ってもらえたなら何よりです。さり気なく彼から離れて、オネエに拍手を送る。衝動的な行動だったけど、いやあ……ハズイな。
「ありがとう! アナタは、アタシの恩人よ!」
「いやあ、そんな大げさな」
あたしが恐縮している横で、フォルト・グラビオが、考える人みたいになってた。
それはそれとして、イズネエに頼みごとをしなくて良いのか、彼に聞こうとした時、
カカッ!
「!?」
青天の霹靂。雲なんてほとんどなかったはずの空から、雷が一直線に落ちてきた。
あたしの! 目と! 鼻の先に! 落雷があったんだっっ!
後ろへよろけるあたしを、フォルト・グラビオが支えてくれた。
「ありがと」
「いや……」
答えた彼は、あたしではなく正面、雷が落ちたあたりをじっと、正体を見極めてやると言いたげに、厳しい表情で見つめている。つられるようにあたしもそちらを見た。
砂埃というか土煙というか。それらのものがひゅっと風で飛ばされて、煙の中にいたのは白金の長い髪をゆるい三つ編みにしたイケメンだった。
袖を通しているのは、男性用のチャイナ服。上着は薄いグリーンで、左肩のところに鳳凰の刺繍があった。ゆったりしたパンツは、濃い目のグリーン。
「……新たな妖精が生まれたような気配がしたので来てみれば……久しいな、氷壁」
うほっ。良い声。尾てい骨を柔らかく撫でるような……徐々に腰が抜けていきそうな感じ。美人は、声も良いのかっ。ってえか、この声、聞き覚えがあるわよ……。声が引き金になって、次々と色んなことを思い出す。
そんなあたしを放置して、
「雷嵐大公──っ!? ご、無沙汰いたしております」
一瞬、絶句した後、フォルト・グラビオが弾かれたように膝を折って、頭を下げた。え~っと……これは、どういうこと? ってか、イズネエは……あ、完全にのびてらぁな……。
「息災のようで何よりだが……」
大公と呼ばれたイケメンの視線が、あたしに向く。シトリンの双眸が発する視線のレーザービームが痛い、痛い。
「この者は、私の協力者にございますれば……どうか目こぼし願いたく──」
「ふむ……氷壁、何故ここに?」
「は──。泉の婦人、いえ…今は泉のオネエとなりましたか、彼女に陛下への言伝を頼むつもりで、こちらに──」
案外、すんなりとオネエって呼んだな。定着するまで、一悶着ありそうな気もしたのに。
「そうか。陛下への言伝は、私が聞こう。それで、そのオネエというのは?」
「この者が何気に呟いた言葉でして……。それが何やら彼女の琴線に触れたようです」
のびてるオネエを一瞥し、ふうんと興味あるのかないのか分からないような相槌をうつ、大公。オネエからあたしへ視線を移した彼は、少し思案する素振りを見せ、
「『フェア・ミス』」
「っ!」
大公の言葉が、あたしを固まらせた。『フェア・ミス』こと『フェアリーテイル・ミステリー』──フォルト・グラビオが登場するゲームのタイトルである。
固まったあたしを見た大公は「なるほど、そういうことか」と頷いた。
「この者と会えたのは、そなたの徳によるものであろう。大事な縁だ。手放さぬようにな」
「は……」
答えるフォルト・グラビオは、どういうことか、よく分からないけど、あんたが言うならって雰囲気だった。
一方、あたしの方はというと、はァ?! うっそ、マジで!? というのが率直な気持ち。かっくーんと顎が落ちても不思議じゃないくらい、驚いてる。
「氷壁、陛下へは、何と伝えれば良い?」
「は──! 氷壁は欲深い者にございますれば、どちらか一方を選ぶなどいたしません。どちらも手に入れる所存にございますと──お伝え願えますでしょうか?」
「あい、分かった。そのように……」
鷹揚に頷いた大公は、もう一度あたしを見ると、
「そなたは? 何もないか?」
うっへえ。お見通し? あたしはごっくん、生唾を飲み込んでから、
「あんたのお姫様に、留学はモルワイデ以外か、あたしが卒業してからにしてって、言っといてくれる?」
「なっ?!」
「ほぉぅ……。そなたは、私の知らないことを知っているようだ」
驚くフォルト・グラビオに、すうっと目を細める大公。その名をインロン・メゾリア・レティレ! フェア・ミスシリーズ2作目の人気脇役だっ! っつか、妖精だったなんて、驚きだ!
彼は「ふむ」と小さく頷くと、右の人差し指をすっと動かした。何の意味がとあたしが瞬きした直後、ピリッとした痛みが両耳に。
「その時のために、しっかりと思い出しておけ」
ニヤリと笑った大公は、そのまま空気に溶けるようにして消えていった。
「は~~~ッ……びっくりした……」
緊張感から解放されて、長いため息をつけば、
「びっくりしたのは、こっちの方だ! 寿命が縮まるかと思ったぞ!」
フォルト・グラビオに怒られた。何で怒られなきゃいけないんだと、つい唇を尖らせれば、
「雷嵐大公は、上から2番目なんだぞ」
絞り出すような声でそう言われた。機嫌を損ねれば、その瞬間殺されかねなかったっと言われて、今更ながらにさーっと顔から血の気が引いていく。
「ま、マジで?」
「マジだ。……ハズレを引かない博打打ちの意味が理解できたような気がする。その両耳のピアスは、あの方のお気に入りの印だ。妖精の助力を受けやすくなる」
「うぉぉぉ……マジでか……」
別にそんなん、いらんのに。思わずつぶやけば、大公の前では言うなと念押しされた。
「ちょっとぉ! アタシを無視しないでくれる?!」
「おっと、イズネエ。無事だったんだ。おはよう」
髪がアフロになっているようなこともなく、でも、イズネエはご立腹のようだった。
「お蔭様でなんとかね! でも、何、何なの!? 氷壁ってば、アタシを伝言係にするために呼び出したワケ!?」
「それ以外に理由がいるか?」
苦情を言われる覚えはないと、フォルト・グラビオが眉間に皺を寄せる。
「アンッタねえッ! アタシは恋バナが聞きたいのよッ! 恋バナがッッ! この泉はそのためにあるの! 分かってんの!?」
「??」
目は口程に物を言う。フォルト・グラビオは、全身で分からんと答えていた。
っつーか、『フェア・ミス』に出て来る、お呪いの泉ってココだったんだ。
お呪いの泉っていうのは、ここに来て、コインを投げ入れ、お祈りすると、望んだキャラとほんの少しだけ親密になれるっていうスポット。親密になりたいキャラと一緒に来ることもできる。
うん?
…………バレッタ・ストークスとマルコキアス・ディーン・フォルト・グラビオは、友情という名の親密さを強くしたのだ! 友情を、深めたのだっ!
(大事なことだから、2回言った!)
ここまでお読みくださり、ありがとございました。
勢いのまま書いた前作。すっかり忘れていて、ようやく続き……