本編後日:宰相の一日(2)
自室で明日の分の書類整理をしていれば、案の定遠くから何やら騒がしげな物音やら声やらが響いてくる。
下手したら城の壁が破壊されているのではないかと思う程の轟音も偶に混じっていた。
…これだからあのお方は。
大元王は旅をしている時よりも、女達を侍らせている時よりも、息子を弄っている時が一番楽しげだ。それが捻くれた彼なりの愛情表現なのは分かる。
分かるが、息子の魔王陛下からしてみればいい迷惑だろう。
こんな騒がしさが城内に響き渡っても侍女一人駆けて来ないのは、これが日常茶飯事であると誰もが理解しているからだ。
そもそも元魔王陛下と現魔王陛下の喧嘩を止められる者などいない。その強い魔力を使っての親子喧嘩という傍迷惑極まりない行為を止めさせることが出来る人物は私が知る限りこの世に一人だけ。
「ラオ!セスさん!いい加減にしなさいって言ってるでしょう?!」
遠くからそんなリールァ様の怒鳴り声が聞こえてきて、続いて乾いた音が二発。
それきり轟音は嘘のようにピタリと止んでしまった。
魔王陛下が城を修繕しているのか魔力の流れが生み出され、暫くしてそれも空気に四散する。
書類を纏めて立ち上がり、廊下に出る。多分まだ三人は執務室にいるだろうと検討と付け、侍女に執務室へティーセットを持ってくるよう言付けた。
運が良ければ先ほどのティーセットが残っているだろうが。十中八九粉々に違いない。
怒ったリールァ様には甘いものでも食べて気を落ち着けていただこう。
陛下の執務室に着き、その扉を叩く。此処まで壊れたのか修繕されたらしい扉が綺麗になっていた。
「入って」という怒りが滲んだリールァ様の声に促されて扉を開ければ仁王立ちする彼女と、その前のソファーで二人揃って座っている大元王と魔王陛下。しかもその両人の左頬には綺麗な手形が残っている。
今回はよっぽど腹に据えかねたのか、私を見て一度目元を和ませたのに、魔王親子に向ける視線は厳しいものだった。
「お義父さん、前にも言いましたよね?変な悪戯をしてラオを怒らせないでくださいって。」
「言ったな。」
「ラオも、もう大人なんだから力加減をしてってお願いしたでしょ?」
「……された。」
「なら、何で会う度に喧嘩するんですか。お城ならまだしも調度品は直せないんですから、もっと気を付けてください!物は大切に!あのティーセットお気に入りだったんですよ?!」
なるほど。リールァ様が指差した粉々のティーセットを見て納得してしまう。
最近あのティーセットをよく見かけるなと思っていた理由は王妃自身が気に入っていたからだったのだ。それをあんな粉々に壊され、しかも毎回毎回喧嘩の仲裁に狩り出されて我慢の限界だっただろう。
反省している魔王陛下と説教をされる物珍しさにニヤニヤしている大元王。
親子でありながら正反対な反応にリールァ様は眉を顰めたまま「もう知りません。」と言って執務室を出て行ってしまった。
慌ててソファーから立ち上がって魔王陛下が後を追う。
今頃になって到着したティーセットに私は疲れてしまった。
まだ並べられてもいない皿から大元王が行儀悪くクッキーを摘み食いする。
「相変らず面白いものだ。全く以って飽きん。」
「飽きん、ではありません。ご忠告申し上げたのにまた陛下を怒らせたのですね?」
「そう目くじらを立てるな。時々突付いてやった方が息子夫婦も円満だろう?」
「それは建前で本当は弄りたいだけでしょう?」
「当たり前だ。」
したり顔で頷く大元王。これでも本人は可愛がっているつもりなのが性質が悪い。可愛くて可愛くて、可愛過ぎて捻くれた構い方ばかりするから魔王陛下に嫌がられるのだというのに。
その反応が楽しくて可愛いのだと繰り返す変な親である。
しかしながら大元王の悪戯が魔王陛下にもリールァ様にも刺激になるのか、何だかんだ言ってその後の二人はより仲睦まじくなっているので喧嘩を止めろとは強く言えないのだ。
今頃はリールァ様が気に入ってよく行く庭園の東屋辺りで魔王陛下に謝り倒され、結局折れて夫を甘やかしているのだろう。あの二人は何時だってそうなのだから。
優雅さの欠片もない所作でクッキーを消費していく大元王に見送られて執務室を後にする。
あまり来た意味がなかったが、現状を把握しただけで良しとするべきだった。
* * * * *
翌日、大元王が珍しく‘してやられた’という表情で廊下を歩いていた。
それがとても不思議で声をかけたキアランにセオフィラスは肩を竦めて言った。
「昨日壊したティーセットを義娘に買い直させられた。」
あれは結構値の張る物だったのだな、と呟いた大元王に瞬時にリールァ様の思惑に気付く。
魔王陛下や王妃の財ではなく大元王の懐から出された金で買い直させる。
旅をしたり女と遊んだり酒を楽しんだりと何かと遊びに金を使う大元王にとって、懐が軽くなるのは多少なりとも痛手となるはず。
「我が義娘ながらあっぱれだ。」
楽しげにそう言って去って行く背は、やや気落ちしているようにも見えた。
魔力も容姿も魔王親子に叶わぬ王妃だけれど、この二人に勝てるのは恐らくリールァ様だけだろう。
ほんの少しだが国の財源から無駄な出費が出なかったことにホッとしつつキアランは執務室へと向かった。
昨日も今日も、恐らくこれから先も魔界は良い天気でありそうだ。
窓から見上げた空は高く、どこまでも青かった。
読破ありがとうございました。
多分、∠45゜はこれで本当に終わりかと思われます。
またどこかでラオと美緒と出会える事を願いつつ、完結とさせていただきます。