第387話「無人の歯車」
王城の裏手に位置する、巨大な木製の給水施設。
かつては王宮の隅々まで清廉な水を送り届けるために、数十人の作業員が交代で巨大な水車を管理していた場所だった。
しかし、今朝の水車小屋には人影がなく、ただ川の流れに押された木製の歯車が、誰もいない空間で虚しく軋んだ音を立てて回り続けている。
導水管の一部から水が漏れ、石の床に小さな水溜まりを作っていた。
通りかかった下級の役人がその様子を見つけ、立ち止まった。
床を濡らす水の音だけが、不気味なほどはっきりと建物の中に響いている。
本来なら、すぐに修理の職人を手配するべき案件だったが、役人は動こうとはしなかった。
彼の懐には、数ヶ月にわたって未払いのままになっている俸給に関する抗議書が入ったままだ。
城内の中枢が機能していない以上、ここで水の漏れを止めたところで、誰からも評価されず、一文の金にもならない。
役人は水溜まりを避けて通り過ぎ、そのまま建物の外へと出ていった。
水は絶え間なく床に溢れ、建物の土台を少しずつ、だが確実に侵食していく。
城を支える物理的なインフラさえも、誰の悪意によるものでもなく、ただ無関心という名の空気によって緩やかに崩壊を始めていた。
誰も管理しない水は、かつて王宮を潤したのと同じ冷たさで、いまや国を内側から腐らせる原因になっていた。




