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第381話「天秤の線」
王都から遠く離れた主要街道沿いの宿場町。
商人ジルダは、薄暗い宿の一室で、使い古された自分の取引帳簿を机の上に広げていた。
それは、彼が王都での商売で長年積み重ねてきた、生々しい利益と人脈の記録だった。
彼はペンを執り、これまでの主要な取引先の名前の上に、一本の冷たい黒線を引いていった。
王都の特権貴族。城下の大きな問屋。近衛兵の不調法な兵舎。
どれもが、二度と自分に金をもたらすことのない、過去の骸に過ぎない名前だった。
ジルダはそれらを消去し、代わりにバルカスで新しく知り合った地方の商人の名前を余白に書き加えた。
「これでいい。何も問題はない」
彼は小さく呟き、帳簿を閉じた。
去っていく王都に対して、彼の中に未練のような感情は一滴も存在しなかった。
商人にとっての国家とは、理不尽に税を毟り取る場所ではなく、ただ自分の商売が安全に成り立つ場所のことに他ならなかったからだ。
彼は荷物をまとめ、部屋の灯りを消した。
王都の名前が消えた帳簿は、彼の懐の中で驚くほど軽く収まっていた。




