第142話「沈黙の視線」
誰も動かなかった。
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風だけが吹いている。
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馬が怯え。
荒く息を吐く。
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護衛たちは剣に手をかけたまま。
抜けない。
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怖い。
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その感情が。
体を止めている。
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ルークは座ったまま。
前を見る。
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ゼル。
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静かに立っている。
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何も言わない。
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なのに。
空気だけが重い。
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護衛の一人が。
ようやく口を開く。
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「……お、お前が……」
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声が震えている。
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最後まで言えない。
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ゼルは反応しない。
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ただ。
見ている。
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ルークを。
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その視線に。
敵意はない。
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だからこそ。
余計に理解できない。
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「……っ……」
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ルークの手が震える。
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逃げたい。
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だが。
目を逸らせない。
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その時。
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ゼルがゆっくり歩き出す。
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一歩。
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それだけで。
護衛たちが後退る。
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「……来るな!」
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叫ぶ。
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声が裏返っている。
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剣を抜く。
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だが。
構えが崩れている。
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戦う形ではない。
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恐怖からの反射。
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ゼルは止まらない。
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ゆっくり。
一定の歩幅。
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そして。
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馬車の前で止まる。
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近い。
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ルークは呼吸を忘れる。
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ゼルの目が。
真正面から自分を見る。
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「……お前は」
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初めて。
ゼルが口を開く。
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低い声。
静か。
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「……関わっていないな」
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ルークの心臓が止まりそうになる。
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答えられない。
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地下施設。
貴族。
利用。
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頭の中がぐちゃぐちゃになる。
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「……俺は……」
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声が出ない。
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ゼルは黙って待っている。
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責めない。
脅さない。
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ただ。
見ている。
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その視線が。
ルークには苦しかった。
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「……知らなかった……」
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ようやく出た言葉。
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「……本当に……」
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ゼルは少しだけ目を細める。
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護衛たちは動けない。
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割って入れない。
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空気が違う。
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これは戦闘じゃない。
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“確認”だ。
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ルークは本能で理解する。
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見られている。
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利用された側か。
同じ側か。
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それを。
見極められている。
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そして。
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ゼルの視線が。
一瞬だけ。
ロイド家の紋章へ向く。
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空気が変わる。
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冷たく。
重く。
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護衛の一人が膝をつく。
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「……ぁ……」
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声にもならない。
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ルークは震える。
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今。
初めて分かった。
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ゼルは。
自分を見ていたんじゃない。
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“自分をここへ送った者たち”を見ていた。
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そして。
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その静かな怒りは。
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剣よりも。
ずっと恐ろしかった。




