第140話「境界を踏み越えた者」
朝。
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空気が重い。
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王都全体が。
何かを待っているようだった。
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ロイド家。
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ルークは正装を着せられていた。
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いつもより高級な服。
いつもより丁寧な準備。
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まるで。
“重要な客”に会うように。
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違う。
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これは。
“捧げる準備”だ。
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ルークはもう理解していた。
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「……本当に行かせるんだな」
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父を見る。
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父は黙ったまま。
視線を合わせない。
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「……家のためだ」
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兄が言う。
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昨日と同じ言葉。
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だが。
今日は違う。
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ルークはもう。
騙されていない。
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「……俺が死なないから?」
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空気が止まる。
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使用人たちまで固まる。
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父の顔が歪む。
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「……違う」
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弱い。
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昨日よりずっと。
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その瞬間。
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ルークの中で。
何かが切れた。
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「……じゃあ」
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静かな声。
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「……兄上が行けばいいだろ」
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兄の顔色が変わる。
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「……それは……」
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言葉に詰まる。
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答えられない。
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答えは出ている。
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兄は二十を超えている。
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つまり。
“対象”。
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だから。
行かない。
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沈黙。
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重い。
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苦しい。
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そして。
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ルークは理解する。
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この家は。
自分を守っていない。
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“利用している”。
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それだけだと。
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場面が変わる。
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貴族会館。
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「……馬車を出せ」
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上位貴族が命じる。
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全員。
緊張している。
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だが。
どこかで。
安心している。
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十五歳以下。
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その境界が。
自分たちの保険になると。
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信じている。
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「……成功すれば」
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誰かが呟く。
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返事はない。
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だが。
否定もない。
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“希望”。
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まだ。
残っている。
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場面が変わる。
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王都外れ。
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ゼルは静かに歩いていた。
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その視線が。
ゆっくりと上がる。
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遠く。
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ロイド家の馬車。
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出発しようとしている。
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ゼルは止まらない。
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表情も変わらない。
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だが。
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ほんのわずかに。
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空気だけが変わった。
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冷たい。
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静かな圧力。
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周囲の人間が。
無意識に距離を取る。
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ゼルは理解している。
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子供を利用した。
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“線”を盾にした。
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その意味を。
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そして。
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それをやった瞬間。
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貴族たちは。
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自分たちで。
最後の境界を踏み越えた。




