第11話 帰宅、そして
「ただいま~」
玄関のドアを開けながら、私はため息を吐く。
適性検査を終えた私たちは、早苗さんから今日はもう自由にしていいと言われ、各々自由行動をとることになった。
如月先輩は魔法の特訓を続けると言ってその場に残り、西園寺さんと翠蓮さんは学校の宿題が残っているとのことで、二人そろって休憩スペースで勉強することになった。杏珠さんは、気づいたらいなくなっていた。色々と謎の多い女の子である。
そんな中、私は自分の家に帰ることにした。今日はもう疲れたというのもあるが、まだみんなと一緒に馴染める気がしなかった。人と仲良くするのが怖かったともいえる。
誰かと仲良くなるというのは、思った以上に体力を使うものだ。
第一印象でもある身だしなみを整えるのは大前提として、どういう話題から入ればいいか、どういう受け答えをすればいいかを相手に配慮しながら考えなければならないため、しばらく人と話していない私にはなかなか苦しかった。
これでも昔はある程度人と仲良くなるのは得意だったという自負があるのだが、人と接することをやめれば、時がたつにつれてコミュニケーションは難しくなる。しばらく動かしてなかった筋肉を動かすのがきついのと同じだ。何事にもリハビリが必要なのだ。
でも、そのリハビリは私にはまだ少しきつかった。それなりにしゃべれたとはいえ、自分の秘密を知られたらどうしようという不安が常に付きまとっている状態では、あまり長く一緒に居たいとは思えない。
私の場合、自分のことを話せるようになってからが本番だ。
「おかえりなさい。どうだった? 魔法少女はやっていけそう?」
二階からお母さんが降りてきて、魔法少女は続けられそうか聞いてくる。
「うーん、正直わからない。続けたいとは思うけど、他の魔法少女たちと仲良くできるかもわからないし、適性検査の結果も全然だめだったし……」
「適性検査? どういうことをやったの?」
「えっとね――」
私はお母さんに、今日起きたことを簡単に説明した。
「ふうん。まあ確かに魔法少女って才能も関係しているって聞いたこともあるしね。でも、うまくいかなかったのは歩夢だけじゃないんでしょ? その杏珠さんと一緒にこれから頑張っていけばいいじゃないの」
「まあそうなんだけど……その杏珠さんがちょっと変わっている子で。仲良くできるか心配なんだよね」
「最初は誰だってそんなものよ。でも、話してみればその子の意外なところが分かったり、こういうところが自分と同じでこういうところが違うってことも分かってきて、次第に楽しくなっていくものよ」
「うん……」
「まあそんな初日から気にしなくていいわよ。今度からもっとみんなと色々話してみなさい。別にあの事を無理に話さなくていいんだから」
「でも……それだと、もしばれた時に嫌われないかが心配で……」
「それで歩夢の事を嫌うようなら、それまでの人だったってだけ。大丈夫。歩夢の事をわかってくれる人はきっといるはずよ。魔法少女に限らず、学校でもね」
優しい笑顔で私に語り掛けてくれるお母さん。それは私が不登校になる前に見せていた笑顔と何ら変わらない、安心できるものだった。
でも、私は知っている。私のことで、お父さんとお母さんが毎夜喧嘩していることを。けど、それも仕方のない事だと思う。だって、事の発端はお父さんが原因なんだから。
BL本は、最近見つけた私の趣味であり性癖だ。
男同士の絆、友情、それを超えた愛。
それらを外の世界から眺めていることで、自分には決して手の届かない、間に入ってはいけない関係を愛でることができる。それは、自身の心の安らぎ。いわゆる尊いというものだ。
それを邪魔する者は、誰であろうと私は許さない。フィクションでも、現実でも。
『お前、相変わらずそのBL? とかいうものばっかり読んでいるけど、今の世の中ではそれが人気なのか?』
部屋の片隅でくつろいでいたインキューが、ベッドに腰かけてBLを嗜んでいる私へ語り掛けてきた。
「うーん、別にそういうわけじゃないかな」
『へぇ、じゃあ学校に行かないって言うのも普通じゃないのか?』
「……まあそうね。最近は不登校も増えてきたみたいだけど、それが普通になったら学校の存在意義自体がなくなっちゃうから。そうなったらこの国はおしまいね」
『そんな重要なら、なんでお前はいかないんだ?』
「別になんでもいいでしょ。ただ私が行きたくないから。それだけ」
『……人間って言うのはよくわからないが、歩夢。俺にはお前が特別よくわからない』
パタンッと呼んでいたBL本を閉じて、私はインキューを睨みつける。
「なに? 私に説教垂れようって言うの?」
『別にそういうわけじゃねえよ。ただ、ずっとそばにいるお前の事がわからないままというのは、なんか気持ち悪いなと思っただけだ』
「…………」
『ただ一つわかっているのは、お前は俺と同じってことだ』
「……私が、あんたと同じ?」
『ああ。俺は見た目もそうだが、言葉をしゃべれる点も他の精霊と違うということを今日初めて知った。つまり、俺は普通じゃないってこった。それはお前も同じだろ?』
インキューに言われて、私は少し考えてみた。
確かに、インキューは色々と異質だ。商品として届いてきたこともそうだし、本人に記憶がないというのもおかしい。その点で私もまた、インキューのことをよくわかっていないともいう。
だが、私とインキューでは決定的に違う点がある。それは、インキューは自分でもよくわかっていないという点に対し、私は自分の意思で自分の事をインキューに隠している。
これは信頼関係に関わることだ。そうわかってはいるのだが、やはりこのことを他の誰かに話すのはあまり気持ちのいい物ではない。
でも、インキューは学校のことすらもあまりよくわかっていない様子だった。
インキューなら……。
彼になら、話しても大丈夫かな……?
『俺は、お前の事をもっと良く知りたいと思っている』
「……知ってどうするのよ」
『別にどうもしねえよ。ただ、俺の中の気持ち悪いのが一つ減る。それだけだ。お前はそうじゃないのか? 俺とお前は同じだから、てっきりそうだと思ったんだが』
「…………」
少しの間、目をつぶって逡巡する。
そして、私はゆっくりとため息を吐いた。
「……今から話すこと、誰にも言わないって約束できる?」
『うん? ああ。別に俺には話す相手もいないしな』
あっけらかんとした感じで答えるインキューに、私は思わず笑みを浮かべた。
最初こそなんだこの精霊と呆気にとられたけど、話してみると意外と面白いのだから、コミュニケーションというのは不思議なものだ。
「……アステラって知ってる?」
『……はっ? 何? アステラ?』
「そう。アステラ」
『アス○ラス製薬ならテレビという代物で聞いたことあるぞ』
「違うわよ。そういう超有名配信者がいるの。いまじゃ学生社会人問わず誰でも知っているわよ」
『配信者ってなんだ?』
「えーっと、配信者って言うのは、簡単に言うと動く絵を世界中に提供している人たちの事よ。今じゃ誰もが自由に動画を見れる時代だから、それを娯楽として提供しているの」
『へぇ。じゃあそのアステラとかいうのを知っていることは【普通】なのか?』
「まあ、そうね。普通よ」
そう言うと、インキューは口を歪めてニマニマし始めた。多分普通のこと知らない俺様かっけーとか思っているんだろうけど、どうでもいいので話を進める。
「とにかく、そのアステラっていう配信者なんだけど……実は、私のお父さんとアステラが、知り合いだったみたいなんだ」
『えっ、そうなのか? それはすごいじゃんか。自慢できるぜ?』
「知り合い、だけだったらよかったんだけどね。なんというか、二人の関係性は――」
そこまで話したところで、ブーッとスマホのバイブル音が鳴った。
画面を見ると、さっき連絡先を交換したばかりの早苗さんからだった。
「ごめん、ちょっと待って」
私はインキューに話を待つように言うと、スマホを手に取った。
「はい、もしもし。どうしましたか?」
すぐに終わる要件だろうと、その時は思っていた。
まさか、こんなにも早く出番が来るとは。
【町内にプリンセスが現れたわ! すぐに来て頂戴!】
その直後、街のスピーカーから警報音が鳴り響いた。




