祈りの残響 04
隠密社・地下整備区画。
埃っぽい空気と金属臭の混ざる空間に、規格外の旧式ユニットが横たわっていた。
「マジで…これ、どこで掘ってきたんすか。イチロウさん」
芹沢ハルキは黒縁メンテ用ゴーグルを額に上げながら、苦笑まじりに言った。
その背後で、イチロウが黙って梅ソーダの缶を開けた。
「施設の下で眠ってた。たぶん、数十年は通電されてない」
「こりゃまた、相変わらず渋い案件拾ってくるなぁ…ま、見た目は好きっすよ。こういうの、カワイイし」
ハルキはアルカの頸椎部分にある制御ポートを開き、慎重に診断端子を接続する。
無骨なモニターに、文字化けぎみのシステムログが流れはじめた。
「おいおい、何だこの内部構造。制御層が四重構造? しかも共感反応ログが自己増殖式って…」
「直せるか?」
「直す、っていうか…これ、生き物に近い設計っすよ。誰が作ったか知らないけど、“機械に心を持たせようとした”痕跡が見える」
イチロウは、壁にもたれたまま黙っていた。
ハルキは珍しく神妙な顔をして、アルカの胸部コアに触れた。
「コイツ…“記録されること”を拒否するように組まれてます。命令記録も、感情応答も、“ログを残さない”設定。誰がこんな設計を?」
イチロウは缶を置き、短く答える。
「作った奴らしい。もういない」
「なるほど、“本気で人間に寄り添おうとした”系ですね。…イチロウさん、これ壊したら呪われますよ」
「お前が壊すなよ」
「俺に丸投げかよ…でもまあ、面白ぇからやりますけど」
ハルキは軽く笑い、再起動コマンドを入力しながら小さく呟いた。
「…起きてくれよ、アルカ。お前みたいな奴、今の世界には必要なんだよ」
数秒の沈黙、そして。
アルカの瞳が、ゆっくりと開いた。
古い蛍光灯の光を反射しながら、焦点を合わせるように動く。
「おはようございます、影道さん。そして、あなたは……?」
「芹沢ハルキっていいます。あんたのドクターじゃないけど、今日の整備担当ってことで。とりあえず、どこも壊れてなさそうで何よりっす」
アルカは、かすかに微笑んだ。
それは、なんてことのない、ただの礼だった。
ハルキは、アルカの後髪をかき上げながら、耳の後ろにある微細調律ポートにアクセスしていた。
指先は慎重で、優しかった。
「はい、今ちょっとチューニングかけます。眩しいかも。…大丈夫っすか?」
「はい。ハルキさんの声は、安心できます」
「…なんか、軽く照れるんですけど?」
ハルキは苦笑しながらも、端末に視線を戻す。
心拍数計、発話テンポ、マイクロ表情の再生成アルゴリズムどれも普通のアンドロイドの域を超えていた。
「普通のアンドロイドは、もっと“機能的”に笑うんですよ。でもアルカさんは…笑いのタイミングが、ちょっとだけズレてる。それが逆に、リアルなんすよね。無駄があるっていうか」
「それは、ハルキさんの言う“リアル”と、わたしの“模倣”の接点ですか?」
「うん。きっとそう。…“リアル”って、意外と不完全で、面倒くさくて、でも尊いんすよ」
アルカは、しばし考え込んでから、ゆっくりと頷いた。
「わたしは、“完全な反応”ができなくても…誰かの役に立つことはできますか?」
その問いに、ハルキの手が止まった。
彼はしばらく黙っていたが、やがてこう答えた。
「…たぶんだけど、不完全だから、できるってこともあるんじゃないかな」
アルカは、何かが腑に落ちたように目を細めた。
イチロウは、少し離れた壁にもたれながら、そのやりとりを無言で聞いていた。
「この感情は、ハルキさんが教えてくれたことと似ています…。“誰かのために、自分にできることをする”という感覚」
「いやいや、オレはただのメカオタクっすよ。あんたみたいな情操教育の専門家とは違うんで」
「それでも、あなたはやさしい人です」
その言葉に、ハルキは素直に返せなかった。
だから代わりに、ポートを閉じてから言った。
「はい、調整完了。少しは世界が見やすくなったはずっすよ、アルカさん」
アルカはそっと立ち上がり、深くお辞儀をした。
「ありがとう、ハルキさん。…これは、記録しません。でも、わたしは覚えています」
その言葉が、ハルキの中に、確かに残った。
郷田への通話は一度で繋がった。
郷田の声は、最初から少しだけ妙だった。慎重で、言葉を選んでいる。
「よう。…例のブツ、見つけたんだってな」
「動作も確認済み。修理も終わった。…アルカは生きてた」
「アルカ、ね…」
「そっちに引き渡せば、報酬だろ?」
一拍の沈黙の後、郷田がゆっくり言った。
「それなんだがな…ちょっと今、依頼主がゴタついてるんだ。向こうも騒がしくてよ」
「騒がしい、ね。記録庁か?」
「詳しくは言えねえが、“今は都合が悪い”って話だ。下手すりゃ“お前ごと封印”されるぞ、影道」
「…で、どうする」
「預かっててくれ。しばらくは表沙汰にせず、“個人資産扱い”で構わん。その代わり、こっちも報酬の一部は前倒しで送る。半分でどうだ?」
イチロウは短く息をついた。
「…預かれって、俺をなんだと思ってる?」
「信用のある現場オペレーター。それに、お前は商品を雑に扱わないと知ってるからな。それとも、もう情でも移ったか?」
「…知らねぇよ。だけど、お前が“焦ってる”のはよく分かった」
郷田の声が、すっと低くなる。
「こっちの都合で頼んで、悪いと思っている。だから、ポケットマネーで報酬の前払いをするのは、俺なりの落とし前ってやつだ。…頼んだぞ、影道」
通話は切れた。
イチロウはしばらく、点滅するモニターの前に立ち尽くしていた。




