第五十二話 想定外
「それで、フォリ様に何か用でもあるのかい⋯⋯助手君?」
俺の目の前でマッドサイエンティストが実験台の上の怪人を弄っている。どうやら改造を施している真っ最中らしい。
「まだ引越しの途中だと思ったが?」
「それはウルフに任せてきた」
「あー、なるほど。つまり助手君はフォリ様に会いたくて部下に仕事を投げて、一人で来た訳か」
「殺すぞ」
殺気を向けて、ようやくマッドサイエンティストの手が止まる。と言ってもニヤニヤといつもと同じ笑みを浮かべている事から、手を止めた理由は俺が向けた殺気ではない。
この女の興味が改造を施している怪人から俺に移っただけだ。
「まぁいいや。本題に入る前に一応、引越し先の感想を聞いておこうか」
「悪くはない⋯⋯ただ、またウルフと同室なのはどういう了見だ?」
「ウルフからの希望を通しただけだぜぃ。いい上司だろ、フォリ様は!ひひひひ」
思わず舌打ちが出た。
引越しの最中にやけにウルフの機嫌が良いと思っていたが、こういう理由か。本来なら引越しついでに住まいを別けると思っていたが、マッドサイエンティストはウルフの希望を受け入れて一つしか用意しなかった。
その結果、前回と同じように一つの住まいにウルフと一緒に住む事になった訳だ。
当然、不満はあるが⋯⋯まだ許容できるラインだ。それだけだったなら。
「佐藤⋯⋯ジャックを隣室にしたのも同じ理由か?」
「いや、たまたまさ。先にジャックの住まいを準備していてね。都合よく隣が空いてたからそのまま用意しただけだぜぃ」
悪の組織に引き入れた佐藤さんは怪人へと変異した後は、ジャックザリッパーと名乗っている。
そのジャックがマッドサイエンティストが用意した新たな住まいの、隣の部屋から出てきた時は頭を抱えた。
引越しをウルフに任せ、アジトに戻ってきたのは本題とは別にこの事を追求する為だ。
マッドサイエンティストはたまたまだと言っているが⋯⋯。
「本音は?」
「ロビンソンと違ってジャックは組織とか関係なしに個人の欲求の為に動く可能性がある。それを抑える為に助手君を隣に置いた」
「監視役⋯⋯という訳か」
「助手君の話では命令には従うそうだが、殺人鬼の言葉は真に受けない方がいい」
どの口でほざいているのやら。
ため息を吐く俺を見てニヤニヤ笑っているマッドサイエンティストの方がたちが悪い。
「改造を施してこちらで制御する事も可能だが、それじゃあせっかくの素体の良さが消えてしまうからなー」
「ジャックが弱くなる可能性が高いわけか」
「そうさ。だからジャックには必要最低限の改造しか施していない。⋯⋯手綱を握るのは助手君の役目さ」
頼んだよ、と他人事のように言うマッドサイエンティストをぶん殴ってやりたいと心から思った。
それをしなかったのは、この先の話し合いのノイズにしかならないからだ。殴ったら俺の気分はスッキリするだろうが、その後のやり取りで時間を取られる。
それこそ時間の無駄だ。
込み上げてきた苛立ちを抑えるようにため息を一つ吐く。その様子にニヤニヤと笑っていたマッドサイエンティストだが、俺と目が合うと表情が変わる。
「あー、なるほど⋯⋯表情から察するに大事な話があるとみたぜ」
「話が早くて助かるよ」
「ひひ、そりゃ大天才だからな。まぁ、座れよ助手君。話には付き合ってやるからさ」
「お言葉に甘えさせて貰おう」
部屋を見渡すと、数時間前にはなかったゴミが辺りに散乱している。研究に熱心なのは結構だが、少しは身の回りに気を配って貰いたいものだ。アジトの掃除を行っているウルフが愚痴を言いたくなる気持ちが良く分かるな。
何度目かになるため息を吐いてから、記憶を頼りに椅子を探す。腹の立つ事にゴミの下にあった。
マッドサイエンティストに抗議の視線を向ければ、これで拭けとばかりにタオルが投げ渡された。どこまでも腹の立つ女だ。
付いていた血痕をタオルで拭い取り、椅子に座る。マッドサイエンティストを見ると怪人の乗った実験台に頬杖をついて笑っていた。
絵面が最悪だな。
「それで、要件はなんだ?フォリ様は見ての通り忙しいからな。手短に頼むぜぃ」
俺もマッドサイエンティストと長々と話すつもりはない。
「単刀直入に聞く。お前たちの目的はなんだ?」
「フォリ様たちの目的⋯⋯か。随分とざっくりとした言い方するなー助手君」
「以前から聞こうと思っていた事だ」
世間一般には世界征服が目的だと言われているが、ボスやマッドサイエンティストの発言や態度から他に目的があるのは間違いない。
組織に加入した時から疑問には思っていたが、聞く事はしなかった。
理由は単純。マッドサイエンティストがまともに答えると思わなかったからだ。それはボスも同様。
組織に加入したばかりの頃はあからさまに警戒していた。そのような状態で聞いたとしてもはぐらかされるか嘘を言われるのがオチだ。聞くにしても信用を得てからだと判断した。
その後は、タイミングを逃して今に至る訳だがな。
「このタイミングでフォリに聞いたのも、今なら答えると思ったからだ」
「なるほどなー」
今、悪の組織は分岐点にいる。
親父を殺してから部屋に引き篭ったボスの行動次第で組織の行先は変わる。
より正確に言うならボスの扱い方次第で行先が変わる。
腹が立つ事に、その決定権を握っているのはこの女だ。
「ボスの目的はなんとなく分かる。親父を殺すこと⋯⋯違うか?」
「正解!ユーベルの目的は助手君の言う通り黒月総一郎を殺す事さ。世界征服はその為の手段と、嫌がらせだね」
「普通は逆だろ、それ」
親父を殺して世界征服するなら、まだ分かる。だがボスの場合は逆だ。親父を殺す為に世界征服をする。
本来なら世界征服の過程であるべき事象が結果と逆になってしまっている。そのままの意味で捉えるのであれば、親父は世界征服した後でなければ殺す事が出来ない⋯⋯ボスたちはそう判断した?
「ひひひ、助手君はあの男の本気を見ていないからな。そう思っても仕方ないさ」
「あの時俺と戦った親父は本気じゃなかったと?」
「いや、本気だったさ」
「あ?」
言っている意味が分からない。本気の親父を俺は見ていないと言いつつ、本気だったとほざく。何がいいたい?
表情は真剣だ。からかっている訳ではないだろう。
「助手君は知らないから仕方ないぜぃ。だがなフォリ様たちは嫌という程にあの戦争でそれを味わった。黒月総一郎の怖さを⋯⋯絶望すら与えない圧倒的な強さを、な」
「⋯⋯⋯⋯」
「この世界に戻ってきて弱体化したのは知っていた。だが、それでもユーベルよりも上だ」
そう言われ、金色のヒーロースーツに身を包んだ親父に一方的にぶん殴られているボスの光景が脳裏に浮かんだ。
戦いですらなかった。イジメに近い、一方的な暴力だ。
「黒月総一郎を殺すには搦手を使うしかない。今行っているようにヒーローの立場を弱くし、真綿で首を絞めるように徐々に締め上げるつもりだった」
マッドサイエンティストの策謀通りに今、ヒーローの立場は弱くなりつつある。
善良な市民を護る為に『ヴレイヴ』はヒーローとして立ち上がった。だと言うのに、今ヒーローは護るべき市民に責め立てられている。
ヒーローが悪の組織を刺激するような行いをするから、関係ない自分たちにまで被害が及んだ、と。被害者としてお気持ち表明している訳だ。
本来であれば責めるべき対象は町を壊し、人を攫う悪の組織であるべきなんだがな。マッドサイエンティストが上手く操作したとはいえ、民度の低さに呆れて言葉も出ない。
大変だな、ヒーローは。こんな奴らが相手でも命を賭けて護らないといけないんだから。
「世界を味方につけ、黒月総一郎を世界に殺させる。それがフォリ様とユーベルが考えた計画さ。世界征服が8割ほど進めば実行は可能とみていた」
「つまり、俺が親父を殺したのは想定外だったと?」
「少なくともユーベルの中では、な」
ボスが今、部屋に引き篭っているのは目的を達成して燃え尽きてしまったからだ。世界征服という過程を経る前に目的を達成してしまった。
今のボスからすれば世界征服など、どうでもよくなってしまっている。
「黒月総一郎はユーベルの両親を殺した仇だ。復讐の為だけにこれまでずっと生きてきた⋯⋯。黒月総一郎を殺せるなら、なんだってするつもりだったよユーベルは」
「そうか⋯⋯」
「ひひひ。淡白な返事だな助手君⋯⋯他人事じゃないんだぜ実を言うと」
「どういう意味だ?」
ぴょんっと椅子から飛び降りたマッドサイエンティストが俺の傍に近寄ってくる。幼い見た目に反し、妖艶な手つきで俺の頬を撫でながらまるで唄うように言葉を紡ぐ。
「ユーベルはあの戦いで助手君が死ぬ事まで想定していた」
「なに?」
「知っていると思うがユーベルは助手君の事は愛している。だがな、黒月総一郎を殺す為なら手段は選ばない。愛した男であろうと策に使う」
耳元に顔を近づけ、マッドサイエンティストがそっと囁く。
「ユーベルは助手君の死で黒月総一郎を精神的に追い詰める予定だった。つまりな⋯⋯あの戦いは、助手君が死ぬことを前提としたものだったんだよ」
───耳元で響く笑い声が、ひどく耳障りだった。




