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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
プロローグ/クライス・プロダクション編
6/53

#5 交差する探索者

【前回までのあらすじ】

「サク」の協力者・越智乙丸(おとまる)の提案で、「ABY(アビー)」との繋がりが疑われる企業として声優事務所の「クライス・プロダクション」(クラプロ)に目を付けるノアと未良(みら)。嘘投稿により研修生の追加オーディションを開催させるよう仕向け、未良がそれに参加した。オーディションに関してノアは隠しカメラから中継するだけで特に干渉せず、その間に以前から動向を気にしていた「シーカーズ」と接触し、内情を探っていた。

未良の方は無事オーディションに合格。それを引き寄せたのは、審査員の一人で現役の声優である(さえずり)きりかが、未良の姉である岼果(ゆりか)(元アイドル/女優)のことを知っていて、意気投合したことだった。しかしそれを手放しで喜ぶことはできない。事務所にはノアの嘘の埋め合わせとして“情報屋”・渥美駆真(かるま)が訪問しており、未良もオーディション直後に鉢合わせることになった。ノアと未良には知る由もないが、駆真は「ABY」取材部と契約を結んでおり、「サク」の投稿の法則性にも何かを察知している様子だった。

ノアは合格した未良を送迎するべくクラプロのビルに訪れたが、未良だけでなく、きりかもそこに待ち受けていた。きりかとノアは実の所幼少期に浅からぬ因縁を持った関係であり、これが8年ぶりの再会であった。未良を迎えにきたのがノアだったことに驚いたきりかは、二人の関係を問いただす。ノアはその気が無くても能力が発動し事実になってしまうため、考えなしに嘘をつくことができない。不意に正念場に立たされた。

 きりかと別れ、無事合格でオーディションを終えた未良(みら)を、ノアは車で病院へと送迎していた。


「焦ったな。あいつがいた事は事前に知っていたが、まさかいきなり鉢合わせることになるとは。事前に確認しておけばよかった」


「でも、もっと焦ったのはノアくんの言ったことの方ですけどね……」


 助手席の未良は外方を向いている。


『この牙隈(きばくま)未良ってのとは……血縁だよ。俺のいとこなんだ。俺の父親とこいつの母親がきょうだいでさ』


 これが「ノアと未良がどういう関係か」という、きりかの質問に対する答えだった。真実を知っていれば突拍子もない話だが、きりかの方はそれを問題なく信じたようだった。


「『科学的に実現不可能な嘘は適用不可』の法則を応用したんだ。咄嗟に繕った嘘の分、あいつがお前の姉のファンというのが懸念される要素にはなったが……」


「それは分かりましたけど。普通の嘘だったとして、隠すにはスケールが大きすぎますよ」


「0か100かで考えろ。俺としては、秘密を知るお前との関係は少しも公にしたくないんだ。友達でも恋人でも、小さな嘘であの場を乗り切るだけならどうにかなっただろうが、俺の力でそこに至る経緯や環境が変化したら、そこが『サク』の隙になる」


「そんなの、乙丸(おとまる)さんだって高校の同級生だし、それと何が違うんですか」


「お前は女優として成功する気なんだろ?注目される奴の関係者なんて最悪だ」


 励まされたと感じたのか、未良は少し照れくさそうに席の上で体を丸めている。


「ま、まあ?それは確かにそうですけど。それこそ、ひょっとしたら本当にここでやっていくかもって話なのに。いきなり隠し事が出来て幸先悪すぎですけどね……」


「きりかは勝手に他人のことを言いふらす奴じゃない。連絡先は交換したろ?後から内緒にしておくように頼んでおけば、あいつの方が勝手に嘘や隠し事を受け持ってくれる」


 ここまでこちらへ目も向けてこなかった未良だったが、今度は体を運転席の方へ傾けて鋭く睨みつけて来た。


「ノアくんがついた嘘なんだから、ノアくんが言えばいいでしょ。なんか名前呼びで、信頼もしてるみたいで。何より、あのしっとりした雰囲気!ただの幼馴染の再会って感じじゃないでしょ!」


「何言ってんだ?そもそも俺、あいつの連絡先なんか知らないぞ」


「え?」


 動きはなかったが、険相が熱気と共に引いたのは顔を見ずとも理解できた。


「しっとりした雰囲気も、ただの幼馴染じゃないことも、確かにお前の感じた通りだ。なにせ昔絶交して、それ以来会ってなかったからな」


 それを聞いた未良は何か言おうと逡巡したようだが、結局無言で体勢を戻す。


「珍しいな。いつもは何でもかんでも聞き出したがるくせに」


「私だって、(わきま)えるところは弁えますよ。というか――」


 照れていた先ほどよりもずっと小さくなった未良は、小声で続きを口にする。


「もし本当のことを聞かれたら、ノアくんはそれを話せるんですか?」


「どういう意味だ?」


「10年ぶりだったってことは、その時なんですよね、きりかさんと絶交したの。大人に比べれば子供の『絶交』なんて多少は軽い言葉でしょうけど、実際にそうなったなんて普通じゃありませんよ。ノアくん、本当は優しい人だって私は思ってますけど……。この前は私の過去を変えようとしていて、あれは私の為だとしても、今日の『シーカーズ』のことだって私にハッタリパワー使ったし……。もしかしたらノアくんにとって、そういうのって大きなことじゃないのかなって……」


「なるほど。俺を信用しろと頼む気はないが、少なくとも昔のことについて、俺に打ち明ける気は無かった。これは補足でもあるが、元々近所に住んでいたきりかと絶交した後、俺は嘘の力で家族ごと引っ越させてあいつと距離を置いた。当然、俺も滅多にそんな事はしない。その程度には重大な案件だった」


「……そうですか」


 車は病院へと到着し、地下駐車場で未良を降ろす。


「じゃあな。流石に家までは一人で帰れよ」


「えー、面会なんてちょっとだけですよ?お姉ちゃんに会ってとは言わないんで!」


「俺も家に帰らなきゃいけないんだよ。もし親に問い詰められたら、きりか以上に面倒なことになる」


「ノアくんって、実家住みだったんですか?ちょっと意外」


「うるさいな、早く行ってこいよ」


「あ、はい!運転ありがとうございました!」


 未良は一度フロントドアを閉めたが、何かを思い立ったようで、ロックをかける前にもう一度それを開けた。


「それはそれとして。大学で一緒にいたあの女の人とも、あまり仲良くなり過ぎないで下さいよ?」


 こちらの反応を待たずに再びドアを閉じて、エレベーターへと走り去って行く。


「……何を何としたら、そんな話になるんだ」



 帰宅した後ノアはベッドに寝転がって、二階の自室で未良の持っていたカメラの録画映像をスマートフォンから確認する。

 概略は未良から運転中に聞いている。審査員であった代表の社員について、そこから「ABY(アビー)」との関係を推し量るのは難しい。この時点で、ノアの興味は基本的に一点のみだった。


『“情報屋”って人が事務所に押しかけて、オーディションの参加者にも質問して回ってるみたいで』


 その男は、オーディションを終えた直後の未良に直撃取材を仕掛ける。先ほど未良がノアに助けを求めたときのことだ。


「お疲れ様でーす。俺、“情報屋”やってる(あつ)()(かる)()って言うんすけど、ちょっと質問しても良いっすか?」


「は、はい。良いですけど……」


「あざっす。じゃ、最初に名前、聞かせてもらえます?」


「はい。牙隈未良、といいます」


「今回の募集って、事前にスキャンダルがあったでしょ。なんで参加したんすか?」


 未良はここで今の事務所を悪く言うことに気が引けたそうで、元から芸能事務所に所属していたこと自体を隠そうと考えたらしい。そもそも正式所属から研修生に格下げされてまで移籍しようと言うのだから、そちらを貶める物言いをしない限り真意を疑われてしまうのは確かだ。


「えーと、声優さんのお仕事に興味があって、事務所にも勢いがあると感じてたので。チャンスがあるならスキャンダルのことは二の次、って感じです」


「へえ。スキャンダルのことはどうやって知りました?」


「『サク』、ですよね。オーディションがあるらしいってことも、あの人の投稿を見て知りました」


「なるほど、では貴女は『サク』を崇拝してると」


「え!?いや、見てますけど崇拝ってほどではないというか……」


 隠しカメラは未良の鞄にあり、側面の隙間から正面を映すように仕込まれているが、未良が体を内向きに強張らせたことで鞄の向きが変わり、駆真の姿は横に逸れて消える。

 未良が警戒した通り、この駆真がかなりの危険因子であることは明白だった。「『サク』を崇拝しているか」。問題は論理の飛躍したその質問自体ではない。これは、そこから未良の反応を伺うことが主な目的なのだ。

 我ながら()(かつ)な手を打った、とノアは反省する。恐らくこの“情報屋”は、自分の情報が無関係の「サク」にまで漏れたのはその経路がこの事務所内にあるからではないか、と疑っている。同業の“情報屋”を利用すれば、現状その頂点にいる「サク」は野心を向けられて当然だ。しかし、まさかスキャンダルの時点で渦中にいなかったオーディションの参加者にまで粘着するとは思っていなかった。


「――ノア、ちょっと良いかしら?」


 突然ノックも無しに押し入ってきたのは、ノアの母親だった。ノアは飛び起きて壁際にスマートフォンの画面を隠す。


「母さん!?急に入ってくんなって言ってんだろ!?」


「そこまで慌てること――ああ、そういうこと?貴方にとっては醜態に思えても、私はその程度で実の息子に幻滅したりしないわ。生理現象だもの」


「冷静にとんでもない誤解してるように聞こえるが……。というか、何か用があるのか?」


「あら、用がなかったら声も掛けちゃいけない訳?」


「そうじゃないけど、普段とは違う行動だろ」


 ノアはスマートフォンをベッドに伏せて、頭を掻きむしる。母は名を()(がら)()ゲルトラウトと言い、純ドイツ人にしてネイティブ同然の日本語を話すことができる。聡明で(かん)()な淑女を気取ってはいるが、その内実は落ち着いた喋りで年齢不相応な程の純朴さを誤魔化しているだけだ。


「まあ良いわ、あなたの言う通り用があったのは確かよ。これとこれを見てくれる?」


 スマートフォンを差し出される。見せられたのは2つとも、登録のない連絡先からのチャットの文面だった。


『久しぶり、俺のこと覚えてる?ちょっと話したい事があるんだけど、聞いてくれない?』


『元気にしてる?あの子、返信なくて凄く寂しそうにしていたわ。本当に参ってるみたいで、私だけじゃ支えてあげられないの。少しだけでいいから、相談に乗ってあげて?』


 ノアは概ね質問の内容に予想がついて、ひたすらに絶句していた。


「それ、どう思う?貴方案外賢いから、こういうのが本当か見分けがつくんじゃないかと思って」


「あのなあ、世間は『メディア・ハザード』真っ只中って時代に、よりによって迷惑メールなんか信じるか?」


「あら、じゃあやっぱり、これは偽物なのね?でもこれ、二人から同じ内容で違う文面が送られてきていて、凄くリアリティも感じたから」


「リアリティなんかないよ。それはキャラだ。人を騙す為には、誰が見ても理解に足る範疇の人柄を演出することが必要だ。これを送ってるのは間違いなく一人。ステレオタイプのような出来のキャラへあからさまになりきるから、意味合いを飲み込みやすくて『リアリティがある』『何故か信用できる』と錯覚させているんだ――」


 いつの間にか「サク」としての心得を説いてしまっていたので、ノアは慌てて話を打ち切った。

 しかし、自分で口にしていて引っかかる部分もあった。

 ――あからさま?


「母さん、もう良いだろ?俺、あと一分後くらいに高校の友達だった越智乙丸って奴と電話する予定があるんだよ」


「あら、そう。それじゃ、ありがとうねノア」


 そう言ってゲルトラウトが一階へ降りていくのを目で確認し終えた頃、ちょうど乙丸からの電話が掛かってくる。


「もしもし、ノア?で、用件は何?この時間に合わせて電話しろって言ってたけど」


「悪いな、急に用事が出来たから嘘でお前に電話をかけさせた」


「ええ!?この電話が!?」


「ああ。と言っても、手元にある架殻木ノアとしてのスマートフォンからじゃ牙隈と連絡できないってだけでな。あいつには後日招集って伝えたんだが、予定変更で明日の夜にはアジトに来るようお前から連絡してくれ」


「……あのなあ、そんな些事で自分の記憶を否定された俺の気持ちにもなってよ。こっちは毎回相当の衝撃なんだからさ」


「些事だからやるんだろ?むしろ、お前の日々に刺激を与えている俺には感謝してほしいところだが」


 それに対して捲し立てるような乙丸の反論は聞き流して、ノアは適当な所で通話を切る。

 最後の言葉はもちろん冗談で口にしたことだ。しかし、ノアからすればそれは、決して冗談ではないのだ。



「二人に集まってもらったのは、“情報屋”・渥美駆真について伝えることがあるからだ。少し順を追って話す必要がある」


 翌日の夜、“般若街(はんにゃがい)”の拠点へ未良と乙丸を呼び出し、形ばかりの鼎談が行われていた。


「『サク』の投稿前、元からクラプロに関わっていたという点で、牙隈の撮った映像に映る奴の言動は完結しているように思われた。しかし、それは全て“あからさま”だ」


「どういうことですか?」


「追加取材のネタ探しとしてオーディションの参加者に目をつけること自体に問題はない。しかし、インタビュー内容から『サク』に対する対抗心を見せた辺りは、正直露骨さを感じてならない」


「露骨って?私と話すだけでそんなパフォーマンスをする必要ないと思うんですけど」


「その通りだ。だから、お前の持ったカメラに気付いていたんだろうな」


 ノアが淡々と語る一方、二人の顔には焦りの色が見え始める。


「ちょっと!また私達に嘘ついてるんじゃないですか?自分を有利にする為に!」


「未良ちゃん、この話に僕たちが有利になる要素は無いと思うよ」


「それに俺が嘘をつくなら断定する口調で、感情も入れて話す。奴は映像上そんな素振りは見せていないが、カメラの存在を確信しているはずだ」


「でも、どうして?そんなにわかりやすい隠しカメラでしたかね……」


「あの映像の高さから見るに、ハンドバックを肘に掛けていたらしいが、特に移動中は不自然だったのかもしれない。側面からカメラが覗いている場合、真正面を映すようにする意識が強いと、肩や肘を脇の下と密着させて力が入ったり、腕ごと後ろに引かれたりするはずだ」


「そんな!それじゃあノアくんのミスじゃないですか!」


「カメラの映りまで拘れとは言ってないだろ。まあ、それだけでカメラだと察する奴も普通はいないと思うが」


「でも、根拠はその渥美って奴の言動で、感覚的なものに変わりないだろ?用心しておくに越したことは無いけどさ」


「ああ、それだけならな。でも、あの時点で渥美駆真が牙隈に疑いをかけていたのなら、その後俺の迎えで事務所を出た場面を見過ごすはずがないと思わないか?」


「え、もしかして尾行されてたとか……」


「いや、その気配は感じなかった。ただ、それも恐らくこちらを油断させる為だろう――」


 ノアはポケットから小型の発信機を取り出す。


「昨日の夜確認したら、ウチの車の裏にこれと同じものが貼り付いていた。GPSだ。ここまでの推測が成り立つことを踏まえると、これが奴の仕掛けたもの、という可能性はある」


「だ、大丈夫なんですか!?ノアくん、家バレしちゃったんじゃ……」


「慌てても事実は変わらない。俺は同じもの、と言ったよな。結局車の裏に発信機は取り付けたまま、普段とは違う駐車場に停めたんだ。架殻木ノアとして面識のある“般若街”のバーの裏にな。そこで初めて発信機を取り外し、バーの店主に預かってもらった。そしてつい先程、バーの店内へ入っていく奴の姿が車に仕込んだカメラから確認できた」


「そんな!ビンゴじゃないですか、そんなの!」


「ほら、これがライブ映像だ。少し巻き戻してみてくれ、10分前だ」


 ノアはスマートフォンを二人の方へ差し出すと、未良がそれを奪い取って映像を確認している。


「いました、渥美駆真さん……」


 へたり込む未良の一方で、乙丸は驚いた様子もなく、怪訝そうな顔をしている。

 この世界では未良より長く仕事を共にしている乙丸の方は、どうやら気が付いているようだ。


「とりあえず、俺は一人で奴が向かったバーへ向かう。乙丸に詳しい事情は教えてもらえ」


「あ、やめてくださいノアくん!危険すぎますよ!」


「やめときなよ未良ちゃん、またやられちゃったみたいだね」


「え?」


 ノアは駆真のいるバーへと向かう。

 昨日、ゲルトラウトとの会話から「駆真が未良を疑った可能性がある」と気付いたことは話した通りだ。

 しかしノアが“事実”として語っており、嘘として成立しているのは、「“般若街”に駆真が現れ、その姿がカメラから確認できた」ということのみ。それ以前の推測に関しては直接の関係をノアの口から明示していない。未良の方がどう論理を結びつけたかはさておき、それらの言葉は未良に嘘を信じさせやすくする心理の誘導でしかないのだ。(因みに昨夜以降の発信機の件は、不要なバタフライ効果を防止する為にノアが自分で実際に車の裏へ取り付けた。)

 つまり、この場に現れている駆真はまだ未良やノアに疑いをかけているかも分からなければ、そもそもどうしてこの“般若街”に現れたのかも、会ってみなければ分からない。

 彼が「サク」に目をつける理由をただの野心だと決めつけることは尚早だ。もしバタフライ効果でクラプロの内情そのものに変化が生じていた場合、駆真本人が「ABY」とクラプロの架け橋である可能性だってある。そう考えると、嘘を通じて駆真を遠ざけることは安全策であると同時に、好機を逃すことでもある。

 こうして一癖ありそうな敵が近づいた以上、それを受け入れた上で、決して先手は譲らない。それがノアの作戦とその意図だった。



「いらっしゃいませ――って、架殻木くんか」


 店内には渥美駆真を含めて三人の客がいた。ノアは駆真の席からひとつ空けた隣のスツールに着席する。彼の真意に関わらず、この位置であれば、こちらが退店しない限り彼のここに来た目的は達成されない。積極的になって疑われてもいけないので、出来るだけ駆真の方から話を引き出させたいという意図があった。


「営業時間、始まってるんだけど?架殻木君、確か未成年だったよね」


「分かってますよ、金は落としますから。ノンアルのカクテルあったでしょ?」


 店主の(もも)()は不思議そうにしていたが、すぐにバーテンダーの業務に戻る。

 しばらくはその様子を眺めつつ、視界の端で横の様子を伺った。


「君、いくつなの?」


「19です」


 意外にも、駆真は早速話しかけてきた。彼が初めからノアを疑っているなら、ここは相手が話しかけてくるのを確認して、狙いが自分かを確かめておきたいところのはずだ。


「へえ。マスターと知り合い?」


「まあ、俺はよくこの街に来てるんで」


 桃木には隠すよう言ってあるが、向こうの状況――未良についてどこまで把握しているか――が分かるより前に、こちらが“情報屋”であることを明かす訳にはいかない。


「そっちはお仕事帰りですか?」


「まあね。この街はあんまし開拓してこなかったからさ」


 これはまず嘘だが、その一方で敵意は向けられていない。彼の未良に対する振る舞いと比較すれば一目瞭然だろう。常識的な距離感を弁えたこの態度は、やはりノアのことを初めから疑っているそれではない。ここまでの会話を総合して考えると、未良に語ったような最悪のシナリオは回避できているようだ。

 ――奴が興味を持つのは、こちらを疑うときだけかもしれないな。

 ノアは逡巡していた。駆真がノアとの会話に大きな意味を見出していないとすると、他人同士の二人の間ではこうした牽制が続く。ごく一般的な対人コミュニケーション、それも下手な方と相違ない。せっかくの好機も潰れるどころか、一度顔を見せたことでクラプロでの立ち回りはより困難になる。


「この街が、“般若街”と呼ばれているのはご存知ですか?」


 意を決して、ノアは口を開く。

 その選択は荒業で、相応のリスクも伴うもの。決意させたのは、きりかと再会したせいか蘇っていた自身の“罪”の記憶だった。

「サク」を始動させて以来、嘘でやり直すような安全策はノアの信条ではない。世界の筋書きを何もかも変えたところで、ノア自身の筋書きは変わらない。それこそが、特異な力を宿したノアが一周回って行き着いた“時の本質”。

 ――そうでなければ、俺は「涼霜(すずしも)(そう)」を失うことはなかった。


「……ここには多くの“情報屋”が集まっている。実は俺、ここで拠点を構えているという噂のある“情報屋”の発信が常に気がかりで、ここにもそれで来ているんですよ」


「ある“情報屋”?何だそりゃ」


「『サク』ですよ、『ABY』の」


 それを聞いた駆真は、確かに目の色を変えた。


「ここに『サク』が?ガセネタじゃねえの?」


「まあ、確証があるとは言えないでしょうけど。――でも、今日はアンタと会う為に来た。それだけだ」


「は?俺と?どんな事情は後で聞くとして、なんで俺の居場所を君が知ってんの?」


「俺は“情報屋”として牙隈未良って女子高生と組んだ。クラプロで牙隈とお前が会話したことは隠し撮りして知っている。クラプロは『サク』の投稿に示された新たな可能性のひとつだ。そんな中“情報屋”を名乗ってるアンタを発見したら、居場所なんて意地でも見つけ出すに決まっている。違うか?渥美駆真」


 最後まで言い終えた途端、駆真は吹き出して、やがて腹まで抑えて哄笑し出す。


「あっはっは!俺が『サク』だって言いたいの?そういや例の未良ちゃん、ちょっと仕草不自然だったけどそういうこと!」


 これは危険な賭けだ。探していた「サク」の正体が何者か、順当に行けば向こうにとっての最有力候補にはノアが躍り出てしまうはずだ。しかし敢えてか、駆真はその事に触れようとせずにいた。


「笑うだけじゃなく、信用を得る為の証拠を提示しろ。お前が『サク』だとすれば、クラプロの件をお前のリーク直後に『サク』が発信した辻褄は合う」


「そんなバレバレのパス回しする訳ねえっての」


 ひとしきり笑った後で、駆真はカウンターに肘をつく。


「俺は確かに“情報屋”だし、今日ここに来たのもその用事ってとこ。君はクラプロの中に入ったばかりで知らなくて当然だけどさ、あそこの闇は深いぞ」


「クラプロに張り付いてるお前が、わざわざ“般若街”に出向いてクラプロのことを調べに来たと言うのか?」


「いーや、調べに来たのは俺の方じゃないだろ」


「何?」


 その言葉の意味は、直後、発生した周囲の目まぐるしい変化から自然と察することができた。いくつかのことが連続して起きたが、おそらく最初は入口寄りのカウンター席から一人の男性が立ち上がったときだ。それからその男性が勘定を申し出て、桃木がそちらへ向かおうとしたところで、駆真が口を開いた。


「クラプロでは、突如失踪すると同時に、本人も無自覚で全く別の人生を勝手にスタートしている――“離隔”する社員やタレントが不定期で現れてる。さしずめ、その際全員が陥るとされる記憶障害に悩み、自分の過去やら他の同類やらを調べに来たってとこかな。こっちも実は顔を知らなかったんだけど、流石にこのタイミングじゃバレバレでしょうよ」


 立ち上がった男性の真横にまで駆真は歩み寄り、その肩に優しく手を当てた。


「アンタが()(くわ)(ひろ)()さん、クラプロの元社員でしょ?ちょっと話聞かせてもらえる?」

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