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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“予定調和”編(最終章)
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#0-1 剛毅の悪魔2

 (たか)千穂(ちほ)()(こと)がその日「メフィスト」のアジトへ足を運んだことに、特別な理由はなかった。

 召集があった訳ではない。「メフィスト」の目的であったオープンキャンパスを終え、サークルを主導していた()(がら)()ノアと最後に言葉を交わしてからもそれほどの時間は経っていない。

 ――しかし、当時の彼の言動から感じた異変を払拭するという意味では、真琴にしてみれば動くのが遅すぎる程度の(いとま)ではあっただろう。

 

「あの、何してるんですか……?」


 そして、その直立した背中を見つけたのが、牙隈(きばくま)未良(みら)だった。



「『何してる』?それ、私のセリフだから」


 回り込んで未良は横から声をかけたが、真琴の方は未良へ目を向けることもなく、そもそも呼びかけに驚いた様子すらないかった。


「私が私の出入りを許されてる場所にいるだけ。やましいことなんて何もないって分かると思うけど。興味もないことをわざわざ聞くのって、疑ってるってこと?どう考えたって、いつも行動に訳アリなのはアンタの方」


「それは……」


 相変わらずの口調に閉口する未良だが、そこに特別な感想を抱くことはない。

 未良自身、真琴の言動に好印象を抱いているわけではないが、付き合いの長い分、その性質を把握している。

 彼女の言葉は“機械的”だ。彼女の頑固さは誰の目に見ても明らかで一貫したものだが、その一貫性自体が常人に備わるような代物ではない。

 人間は誰しもが立場や環境によって異なる顔を見せているもので、それは生態適応に基づく一種の本能だ。その点相手、場面を問わず一貫する彼女の態度は“超自然的”と言って差し支えないだろう。

 

 ただ、それは同時に彼女が敵ばかり増やすような態度を意図的に取っていることを意味するのだが、その背景にあるものが何かという点だけは、未良にもまだ掴みきれていなかった。


「まあ、会えて良かった。アンタらには訊きたいことがあったから」


「訊きたいことって……」


「そ――結局私達が何に利用されたのか、全部話して。

 ノアが劇の途中で言った『サク』だって宣言……本当なんでしょ?あんなことがあって、現場があれほど“動じてない”なんてあり得ない。御代も多分気が付いただろうね。もう誤魔化しは通用しないよ」


 未良は少し躊躇して真琴から目を切ったが、少し考えて、すぐに彼女の方を向き直した。


「分かりました。話します」


「……意外」


 真琴の横顔は初めて未良へと視線を移した。


「アンタが自分の判断でそんなことをするなんて。ノアに口止めされてるんじゃないの?」


「今の私はノアくんの指示を受けてません。

 ただ――いや、だからこそ、代わりにひとつ聞いて欲しいお願いがあります。そもそも……私がここにきたのも、真琴さんを見つけるためだったから。何かしら別の手段で連絡しようとしても、私からだと拒絶するでしょ」


「直接会ったって拒絶するとは思わないの?」


「まあ――それだったら仕方ないですから」


 未良は、真琴を刺激しかねない“本音”を避けて言った。

 

「私がお願いしたいのは、『メフィスト』や『STList(ストリスト)』から得られる情報。今ノアくんを出し抜けるのは、『メフィスト』のアカウントの運営権を持たされてる真琴さんだけです。これで入手して欲しいのが、『越智(おち)乙丸(おとまる)』さんの居場所です」


「誰?というか、個人の居場所って、そんな簡単に分かるとも思えないけど?」


 それを聞いて、未良は自慢げに笑ってみせる。

 

「大丈夫ですよ、私の人探しの才能を持ってすればね。やり方は“あの日”と全く変わってませんから」


 未良はそう口にすると、真琴と共にゆっくりと記憶を遡る。


「最初の目的だったディルク・デ・ヘンゲル――そして、『サク』と初めて会った日と」



 

 「もう、お前は俺に付いて来ない方がいい」


 そしてこれは、真琴へ語る最後の記憶。

 この言葉を告げられたのは、「(しょう)(れん)ミライパーク」跡地に鎮座する「編綴(へんてつ)コード」を目の当たりにした後のことだった。

 共にいた(かしわ)()陸朗(ろくろう)を帰してから2人が戻ったのは「メフィスト」が活動するアジト。


「理解できるだろ?俺の目的は『ABY』を倒すことだ。それがどうしても叶わない理由が障害物の存在なのだとしたら、それを排除する以外の選択肢はない」


「……もう少しはっきりと言ってくださいよ」


 未良は表情を動かすことなく呟いた。


「別に私、傷つかないんで。ノアくんの今分析してるところを教えてください」


 大概、こういった場面で感情表現がけざやかになるのはノアの方だ――目を閉じて語る様子から、努めてそれを押し殺しているのが分かった。


「“死んだ牙隈(ゆり)()が存在すること”、それが『ABY』の存在についての正しい歴史を維持する根拠になっている。つまり……何と表現すればいいか微妙なところだが、同時に存在している複数の牙隈岼果を比較したとき、彼女が死んでいる方こそが“支配的”な事実のはずだ。

 『編綴コード』を失くすことでしか、『ABY』を倒す為の活路は開かれない。つまりそれは、牙隈岼果を起点とした歪みを正すこと……生きている方の岼果を消すことを意味する」


 ノアは一転して、未良の方を睨み付けて語る。


「俺は止まらない。たとえお前に恨まれようと、これからどうやってお前の姉を死んでいる状態へと統一するか、その方法を考える。劉にバレている以上、まずはこのアジトから離れないといけないんだが……賛同ができないなら、今後は付いて来るな」


 それがノアの“強がり”であったことを理解していた未良にとって、この言葉はより残酷な意味を持ってのしかかっていた。

 ノアの物言いにしても、この件に関しては推測の域を出ないだろう。嘘が能力として効かないと分かっている今、今の彼に残された手段は何もない。

 手段があるとすれば、それは未良の方だ。未良だけが例の倉庫の扉を正しく開けることができる。そしてその一方で、未良は病室にいる“生きた岼果”を目の当たりにしてきた。2つの時間を同時に認識できる未良こそが、ノアにとって状況を打開する鍵であるに違いない。

 

 すなわち、岼果の絶望かノアの絶望か――この選択は未良に託されているということだ。



「そう、事情は理解した」


「あれ、思ったより素直に信じてくれるんですね」


 目的地へ到着する直前の道中、真琴の反応は意外なものだった。


「別に信じてないけど、短気でもないから。アンタの頭がおかしかったって、知りたいことがあるなら切り替えて後でノアを問い詰めればいいだけ。スルースキルって客商売のコツでしょ?」


「はあ、そうですか……」


 未良は苦笑いで応じた。


「で、アンタは私に、『サク』に対する裏切りに加担しろって言いたい訳ね?」


「え?」


「だってそうでしょ?その越智乙丸って、今はノアの敵なんだから。私の手を借りてノアに気付かれないよう越智に近づきたいだなんて、敵に付く以外にある?

 ……まあ、動機だってそれらしいと思うしね。家族を生かしておきたいなんて、普通の気持ちだもの」


「いや――私、お姉ちゃんとお別れするつもりです」


 未良の発言で真琴は思わず足を止めたようだが、構わずに話し続ける。


「今の社会の現状を成立させてるのがお姉ちゃんを中心とした時間の歪み……だとしたら、あまりに重過ぎると思ったんです。この争いの舞台にお姉ちゃんを立たせたくない。何より、もしこのことにお姉ちゃんが気付きでもしたら、と思うと……残酷すぎます。

 ノアくんと一緒に行動していて、『ABY(アビー)』の背後にあるものが見えてきて……私自身も、心から『サク』が『ABY』を倒す革命を見たいと思ってる。私の存在に関係なくこの争いが続くというなら……私の手で生きているお姉ちゃんを終わらせます。それなら、残酷なのは私だけで済みますから」


 未良が振り返ると、真琴は立ち尽くして無表情でこちらを見つめ続けていた。

 少なくとも記憶の限りでは、彼女から“無表情”を向けられたのは初めてのことだった。


「まあ、苦労しない分には手伝ってあげる」


 それだけ言って、歩き出した真琴は未良を追い抜かす。


「アンタ、変わったね。昔よりは話せるような気がする。

 ……おかげで、もっと嫌いになった」



「まさか、俺を訪ねるなんてね」


 洗練された「メフィスト」の情報網によって、越智乙丸の潜伏場所はすぐに判明した。

 

「この優男がアンタらの協力者?」


「協力者だった、ね。今の俺はノアの敵だ。涼霜(すずしも)(りゅう)の方に付くって、ノアから聞かなかった?」


「劉さんからは相手にされてませんよね」


「相手に……まあ、そうだね。でも、だからといって俺の気持ちがころっと変わる訳じゃないよ。

 むしろ、日に日にあの人へ向ける畏敬は俺の中で増していくばかりだ」


 乙丸は力無く笑った。


「だってそうだろう?彼は常に秩序の外にいて、()()孤独を選び取って生きてきたんだ。

 孤独……分かるかな?孤独では世界の意味、そしてその中を生きている自分の意味が次第に曖昧になって薄れていく。しかし、彼はシンプルな自負だけで世界を再定義しているんだ。なんの背景も存在しない、超主観的な定義としてね。

 万能な能力を用いて、世俗の幸福に甘んじることもできるんだ。それがどれだけ壮絶な生き方か、今になって噛み締めているところだよ」


「……マジで言ってんの?『サク』は『サク』で極端すぎてきな臭いと思ってたけど、敵を名乗ってるアンタらの狂い方はもっと()()()だね。どっちに付くべきか、分かりやすくて助かるわ」


「どの口で言うんだよ、高千穂真琴さん」


 乙丸はそれまでに見たこともないような冷たい表情で真琴を見据える。

 

「君は俺のことを大して知らないし、逆に俺は君の言動を監視して知ってる。

 狂ってるのは君の方でしょ。自分の態度が原因で自分の機嫌を悪くするなんて、子供でももう少し頭を使って人と接するものだよ」


 真琴がすかさず口を開こうとするところ、未良が割り込んでその背中で対峙する2人を遮った。


「退いてよ。私を言われっぱなしにしておけば清々するってこと?」


「止めてください。

 今の乙丸さんを前にして、思ったことを言ってくれる真琴さんはむしろ少し頼もしいです。でも、この人と話すのは私の役目ですから」


「いや、アンタの為に言ったんじゃないんだけど……!?」


 真琴は言い返したが、未良の表情を見てそれ以上言うのを止めたらしい。

 これも彼女の習性のひとつだ。態度や口調に反して、状況判断だけは理性的な一面が目立つ。


「あの、乙丸さん。

 さっきの劉さんについての話、本心じゃないですよね」


 乙丸は沈黙を貫いている。


「――ああ。確かに、これは聞き流しておくべき話だったのかもしれません。要するに、捨てられた人間の負け惜しみ。察して、そっとしておくのが粋だと……例えばノアくんだったら、そんな風に乙丸さんの決断を尊重するんでしょう。

 ……でも、私はそうしたくない。身近な人が折れかけて、現実から目を背けようと嘘を吐く姿を、我慢して見逃すつもりはありませんよ。もしそんなことをしたら、私も今の乙丸さんと同じ、私自身が許せない形になりますから」


「傲慢な口ぶりだな。俺は俺の意思でこうしてるってことを理解した上で、そんなスタンスでいるんだね?」


「はい、助けたい人を助ける……貴方がどんな言葉でそれを否定しても、私はそれを優先します」


「なんか、少し見ないうちにずいぶん頑固になったらしいね」


 乙丸は未良から視線を外して、あからさまに嘆息してみせる。


「それで、未良ちゃんはどうやって俺を救うつもりなのかな。涼霜劉から引き離してまたノアの味方をさせて、同級生同士仲直り――なんて、目指してみる?」


「ノアくんの味方をしてもらう必要はありません。

 とりあえず今日来たのは……乙丸さんがノアくんを敵だと思っているからこそです。今、中立でいるのは乙丸さんだけだと思います」


「中立ね……。劉さんの味方がしたいって訳でもない。ノアには頼れないって気持ちの問題ってことかな。

 となると、目下の課題は『編綴コード』の除去ってところか」


 未良は頷く。


「アレのことなら、もう俺も知ってる。

 ――本当に、君はそれでいいんだね?」


「私は、ただ助けたいと思った人の為に動くことしかしてこなかった。お姉ちゃんにしても、ノアくんにしても……その人の望んでいることに対して私自身がどう捉えるべきか、そういった判断からは逃げてきたんです。でも、今度ばかりは逃げる訳にはいきませんから」


 それを聞いて乙丸は少し思案すると、その後やれやれと首を振った。


「分かったよ。少し屁理屈っぽくは聞こえたけど、君個人のお願いと言うなら断らない。この場所を突き止められた時点で、脅されたようなものだし」


「ほ、本当ですか?ありがとうございます!」


「まあ……礼なら、ノアに言うべきかな」


「え?」


「いや、こっちの話」


 未良は乙丸が翻意した要因が「フレイム」であることを踏まえて、彼を説得するのはもう少し手がかかると踏んでいた。ノアが朗読劇の最中に彼と会っているが、その際に何かを告げられたのだろうか――未良はその詳細を聞かされていなかった。


「で、未良ちゃんは俺に何をして欲しいの?」

 

「はい。まず……私やノアくんは、身の回りから切っても切り離せない例の能力について、全然知識が足りてない。

 劉さんの立場からして、知ってることも多くないのは分かってます。でも、劉さん側にいた乙丸さんの方からなら、少しはそのヒントが得られるんじゃないかと思ったんです」


 乙丸はすぐさま一言で返答する。


「『イカロス』」


「え?」


「もちろん未良ちゃんの言う通り、俺が持ってる情報は少ない。他にやるべきこともあったし、そこまで深く調べたことはなかったけど……。

 とにかく、あの人が欲していたのはあのメタバースだったよ。ノアみたいな自分以外の能力者を味方に引き込みたがっていたのも、どうやらそれが最大の理由だったように見えた」


「うーん、クラプロのとき話には出てきましたけど、手下の(そう)さんもそんな動きを見せたこともなかったのに……?」


「どうやら、その『イカロス』は技術を隠していた。俺たちを取り巻いているいくつかの時間改変の能力でさえ、大元はあそこにあるという話だったよ。

 その技術を構築する基礎だと徐羅寧が語っていたのは……『(あさ)()理論』」


「『浅子理論』ですか?」


「そう、現実の学界において学者からの注目を浴びているものではないらしいけどね。『イカロス』の未来予知は、AIが自ら既存の理論を収集し発展させることで開発したもの。後から確かめると、その中心になっていたのが『浅子理論』だったということらしい」


「じゃあ、それがこの世界の時間に関するパラドックスの答えってこと?」


「どうだろうね」


 久々に口を開いた真琴の問いかけに対し、乙丸は首を捻る。


「結局、どの基準で測るかにもよるとは思うけど。ものさしやはかり、虹の色にだって地域によって認識の差がある。とは言っても、別に民俗学的な話をしたいんじゃなくて……それは最低限破綻のない基準を捉えたんだろうけど、目の前の世界の全てが解き明かされたとは言い切れない。見えていない目盛りを使うことは出来ないって話」

 

「なるほどねー…」


 未良は適当な相槌でそれを聞き流していた。

 


「まあとにかく、お姉ちゃん――『編綴コード』の歪みの仕組みがそれと同じなら、どういうものか知っておけば何かヒントが得られるかもしれないですよね」


「そうだね。じゃ、俺はひとまずそれらしい研究を探してみるよ。少し時間は貰うけど――」


「いや、時間なんて要らないでしょ」


 そう言い切ったのは真琴。


「真琴さん、どういうことですか?」


「物理学で、『浅子』でしょ?

 (なつ)()が授業を取ってたから分かる――多分それ、ウチの大学の浅子(よう)のことだよ」

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