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#0-2 京浜大学商学部「物理学基礎」第1回 浅子八教授

 皆さん、こんにちは。物理学の浅(あさ)子(こ)と申します。

 

 既にご存知だとは思いますが、今回は文系学習者向けの基礎教育科目になります。仮登録の段階で、物理学の授業が難しそう、と感じている方も中にはいるも思います。ですが高校で扱った分野や知識の復習もある為、しっかりと講義を聞いていればそれほど難しくは感じないと思います。

 

 こう聞くと安心する学生も多いとは思いますが、勤勉な人だと、「なぜわざわざ高校でやったことをもう一度学ばなければいけないのか」と感じるかもしれません。

 しかし、その主張には誤りがあります。勿論、高等教育までで学んだことをその都度全て吸収し、扱える段階にあるというなら省略しても構わないでしょう。ただ、実際に高校生でその領域に至る人というのは、文理を問わずごく僅かなものです。重要なのは、知識を自分のものとし、アウトプットできるかどうかということ。暗記だけできていてもいけないし、逆に計算問題だけ解けるのでもそれは不十分です。

 皆さんは文系ですが、専攻の壁に捉われない学問へのアプローチは重要です。皆さんの将来が学問と縁遠いものだとしても、例えばどこかの企業へ就職した際に自分の属する会社、あるいは他社との取引の中で技術者と接する機会があるかもしれません。そういった際に、どれだけの科学的視野を得ているかということは重要になるでしょう。大学とは元来研究の場ですから、講義とは須く発展に対する礎であるべきです。

 皆さんがどんな思いでこの講義を聞いているかは分かりません。しかし、各々が自分にとっての物理学の発展性に対して常に脳の領域を割いているということが、より良い学習を実現させることでしょう。


 話は少し逸れますが、私も常にそういった意識を欠かさず日々の研究に取り組んでいる、という例を私の掲げている学説と共に紹介したいと思います。今後の授業に一切関係の無い部分ですし、現状は「哲学的な論述が多く具体的根拠を見ない」、と批判も多い主張です。ですからこれ自体は真剣に聞かなくても結構ですが、初回である今回は学問をするということがどれだけのオリジナリティとダイナミズムを有しているか、実感しながら聞いてもらえると良いでしょう。


 私が主に研究し提唱しているのは、私達が“6次元に生きている”という仮説です。


 皆さんが主に数学で学習しているのはタテ・ヨコ・奥行きの3次元。精々それに時間の概念を加えた4次元という言われ方を耳にするのが限度だと思います。

 それに対し私の言う6次元とは、空間座標が3次元の「立体空間」で構成されている一方、時間の座標も3次元で、言うならば「立体時間」を表現することができるのではないか、というものです。

 ではその立体時間とは何の要素で構成されているのか、ということですが、それについては有名な思考実験に則って説明したいと思います。


 「シュレーディンガーの猫」という実験をご存知でしょうか。決定論の適用されるマクロの世界で量子力学のミクロな理論を演繹し、それによって起こる矛盾を指摘したものです。

 まず、中の見えない箱に猫を入れて、その環境による生死の確率が50%ずつであるとします。

 量子力学の文脈は確率解釈です。粒子と波、両方の性質を持つ量子については、位置やエネルギー量を“ゆらぎ”なしでは表現できないという性質があります。

 この考え方を適用するならば、箱の中に入っている猫を観測者が観測するまで、その猫に対して生きている状態と死んでいる状態とを両立して解釈することになり、観測されて状態でそれが確定すると言えます。

 しばしばこの実験の意図は誤解されていて、一般の方の中には、この論調を哲学的に肯定していると勘違いする人もいますが、これは猫の生死について確定していることを前提とした主張になります。あくまで量子力学の世界に限定して確率解釈を当て嵌める為のものであって、視認できる世界に対する屁理屈のようなものではないということですね。


 それに対して6次元の仮説は所謂多世界解釈に傾倒したものであり、むしろ屁理屈の方へ寄った風に聞こえるかもしれません。しかし、時間が元来持っている多元的な特性をより実感を持って理解することができると思います。

 さて、この「シュレーディンガーの猫」ですが、ここでは観測者とその条件に着目します。猫の入った箱とその死亡率はそのままに、観測者についてA,B,Oの3名を用意します。

 この3名に対して死亡率のことは伏せておきつつ、Aには事前に「生きた猫が入っている」と伝えます。一方でBには「猫の死体が入っている」と伝え、Oに関しては何も伝えないでその箱を見せます。

 さて、この時当然Aは「生きた猫の入った箱がある」と認識し、反対にBは「死んだ猫の入った箱がある」と認識していますよね?私は、こういった思い込みこそが「時のy座標」だと考えています。SF作品ではよくパラレルワールドという概念が登場しますが、言わばこの個人が認識する世界の歪み、「認識の飛躍」のひとつひとつがパラレルワールドだと言えるのではないか、ということです。

 そして、事前に何も聞かされていないOこそが結果的に正しい事実をそのまま受け止める事ができる訳ですが、私はこの元の時間の流れを、「予定調和」の言葉を当てて解釈しています。まず我々が存在する現時点を時間座標の原点Oとし、4次元目である基本的な時の進行がx座標とします。この時、予定調和はx軸と重なる、あるいはx軸そのものであると見なすことができます。

 つまり、このx軸が一直線に進むことは確定しているということになります。現在の我々は時間を一方通行でしか知覚できないので理解できるはずもありませんが、このように設定すると、時の流れにy座標という幾多の可能性を認めつつも、“ゆらぎ”を規定する必要がありません。確率の要素を包括的に表現することしかできず、その細分化ができなかった従来の理論に対し、可能性世界に関する計算のハードルが格段に落ちるという意味では、この定義にある程度意味があると私は考えています。

 

 では、本当に時の流れには偶発性が存在しないものなのでしょうか?


 最初にこの疑問に対する見解を述べておきますが、私はそうは思いません。「予定調和」の主張を、未来が全て決定されている一直線だ、というものだと捉えた方がいるならば、そんな論調には同意しかねるという方も多いでしょう。そして、その観点を補足するために登場するのが時のy座標、あるいはz座標になります。

 まずはy座標のこと――哲学的な問答に聞こえてしまうかもしれませんが、実際の時の流れを知覚している我々にとって、起こっていない可能性について想定することこそが知覚可能な“ゆらぎ”であり、直線状の時間認識を否定する証拠と言えるのではないでしょうか。起きたままをそのまま受け入れるのであれば、その他の可能性が議論されることはありません。それは“ゆらぎ”が観測されていないのと同じことだと考えます。


 そしてz座標について、これは観測する「主体の違い」です。

 y座標が人によって違う以上、それと混同してしまうかもしれませんが、私の持論上、これは確かに立体空間における座標を反映する要素です。なぜなら、これこそがかの相対性理論を適用する上で必要不可欠な因子だからです。

 同時点に関して複数人が全く同じ可能性を想定したとしても、それを思考する人間――及びその人の周囲の環境が異なることによって、立体時間のベクトルにおけるx成分=時間の流れ方であったり、y成分=各々のバイアスであったりに若干の誤差が存在していることは間違いありません。その差異もグラフの中で表現できるようにすることに意義があります。


 ここでさらに踏み込んで、私の持っている“仮説”についてもご説明しましょう。

 z座標の参照する“主体”の範囲には様々な可能性が考えられますが、私自身は生命という単位を想定しています。ただ、そんな主体が、どのようにしてx軸の「予定調和」へ関連しているか……。その際に今し方触れた「ベクトル」の考え方を当て嵌めています。

 特定の“1秒”に限っても、私たちが各々で感じ取っている情報の中身は全く異なります。同じ教室にいる皆さんでも、現状それぞれが把握している情報によって、この講義の間に外で起こっていることの予想は変わってくるでしょう。これは具体的にその予想を行なったかどうかに関係なく、無意識で生み出されている可能性、これがy座標の情報になりますね。

 異なる個体が別々の可能性を生み出し、その世界では同じ時間でも感じ方は異なる――特定の“1秒”のベクトルが、立体時間のx軸と重なるように伸びているのに対して、私達の認識に該当する無数の空間ベクトルがバラバラに進んでいる図面をイメージして下さい。

 逆転の発想で、バラバラになったベクトルの集約が「予定調和」における“1秒”なのではないか、と考えるとどうでしょう。心理学には“集合的無意識”という言葉もありますが、分かる人はそのイメージで構いません。


 つまり「立体時間」の考え方を発展させ、元来無意識下で繋がっている私達は、自身の預かり知らない領域で平均的なベクトルを決定している。それが「予定調和」の時流として顕在化しているのでは、と私は予想しているのです。

 もしそうであれば、先ほど触れた時の流れの偶発性というものにも、一定の信憑性が生じて来ます。先ほど予定調和をx軸そのものとは言いましたが――これが常に全体の認識の平均値を描いた結果なのだとすれば、予定調和の流れは決して厳密な一直線にならないと思われるからです。


 因みに、SFの世界が好きな方は「予定調和」の外――パラレルワールドを観測したいと思うかもしれません。

 そう考える方々には残念ですが、「立体時間」の多くは人間が体験できないものと考えて良いでしょう。その理由は、もう少しミクロに個人の時間の流れを覗いた場合に対する私の見解にあります。

 それでは、東京から大阪へ行く場合を考えてみてください。行く前に想定される複数の手段は、いわばその数の並行世界を示しているとも言えます。そして当然ですが、実際に選んだ手段以外のことを思い返すことはできません。

 これこそが、人間の立体時間へ干渉する限界です。記憶には本来体感した“時間”の全てが蓄積されていると考えてみてください。視界や音、匂いと同様に自分が体感していない高次の情報に晒されていて、それを振り返ることは擬似的な時間遡行であると。つまり、この世界は6次元で流れている一方、人間の感覚器では時のx座標まで、4次元までしか体感できていないということになります。当然、他人の記憶も覗けない以上はz座標を変更することもできませんから。

 

 学問するということは「世界の真理を紐解く」という理想に帰結するものですが、現実――つまり漸進的な研究の最前線で求められるのは、あくまで解釈する人間の都合です。元はただ存在しているだけだった乱雑な世界を、科学的アプローチによって理解可能なものへと開拓していく――そんな世界観の中でならば、私の理論にも一助する部分があると考えます。

 確かにこの定義でy座標、あるいはz座標を明確に数値化して可視化するのは難しいでしょう。しかしこれらの差異を考察から除外できるという意味では、時流について研究、あるいは開発を進める上でも有効な考え方ではないでしょうか。




「人が認識することで、並行世界が生まれる――そっか」


 呟いた未良(みら)の脳内では、乙丸(おとまる)が先ほど突き止めた「浅子理論」についての概要が反芻されていた。


「私が生み出してるってことか――『生きているお姉ちゃん』は」


 眼前の“岼(ゆり)果(か)”は眠っていた。

 そういえば病室で面会ができる時間に彼女が寝ているのを、未良は見たことがない。体が不自由になって以来姉のことを考えずに行動した覚えも少ないが、未良もまた奔走していたのもあって、寝顔もしばらく見ていなかったということを自覚する。

 

 ――多分、だから涙が止まらないんだ。


「……あれ、未良」


 鼻を啜る音に気付いたのか、岼果がぼんやりと目を開けた。


「ご、ごめん……起こしちゃって」


 岼果は怪訝そうに俯いている未良の顔を覗き込む。


「泣いてる、どうしたの?」


「……ちょっと悩んでることがあって」


「私には言いたくないこと?」


 ――どうしよう。

 ひとまず大きく頷いて拒絶する。しかし、それを見た岼果はくすりと笑った。


「気持ちは分かるよ。やっぱり、姉妹だね」


「……え」


「未良、本当は悩んでなんかいないんだよ。だから泣いてる。行くべき方向が分かっているから。周りに弱みを見せる必要がないと決めていて、溜め込んでいるから。私も未良くらいの歳のころはそうやって、無理にでも前向きに生きてたなと思って」


「それって……パパのこと?」


 2人の父、牙隈兆(きざ)史(し)は岼果が高校生だった頃にこの世を去った。当初家族は、その凄惨な最期のことを幼い未良へと伝えてなかった。ただ、最も精神的な傷を負ったのが現場に居合わせた岼果であったことに違いはないだろう――そもそもこの時すら、彼女は死んでいてもおかしくない状況だったのだ。

 のちに母から聞かされた際に最も驚いたのは、その事件そのものではない。未良がそのことに全く気付かない程に岼果が変わらず、むしろ未良の失意を支えていたという当時の真相だった。


「うん。でも、それだけじゃないよ」


 岼果は頷く。


「当時はアイドルもやってた。その姿を見て好きになってくれる人もいたけど……だから私は、未良が女優としての私を見て憧れてくれたことにちょっと安心したんだよ?私みたくアイドルに、なんて言ったら、絶対に辛いことも多かっただろうから」


 岼果は体を起こして、未良の手を握った。


「大丈夫。ひとりで決断するのが辛いなら、私がその後ろ盾になってあげる」


 それに対して、未良は小さく首を振る。


「言いたくないなら、言わなくてもいい。だって私が何を言ったって、結局最後に決めるのは未良だから。

 とはいっても、別に突き放してるわけじゃないんだよ?未良が決めたことなら間違いないって信じてるから。その不安を取り除きたいなら、私が保証する。だから――」


「止めてってば!」


 言葉の続きを聞いていられず、未良は自らの声でそれを遮る。


「私の性格、分からないの……!?迷ってるのは、それがお姉ちゃんのことだからに決まってるじゃん!」


 そう言って掴まれた手を振り解いた瞬間――たった今、自分が最も望んでいないはずの行動を取った瞬間から、未良はある種自身の暴走した衝動を客観視できていた。それでもなお、動いている口を抑えることができない。

 

 それはその直後、「今から言ってはいけないことを言ってしまう」という確信に対しても例外ではなかった。


「呑気なこと言わないでよ!

 お姉ちゃん、私が決断したら消えちゃうんだよ!?」



 叫んだ直後、未良は自分の体が硬直するのに気付く。


「……消える?」


 岼果は首を傾げる。


 ――やっちゃった。

立体時間の設定について、イメージ図を含む解説記事を作成してみました。後半(各能力についての解釈)に関してはこのエピソード以降(最終章#4まで)のネタバレを含むのでご注意を。

https://note.com/assic1010/n/n60da54e638bf

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