22:思いがけない幸運
「レイア様、がんばってー!」
バトンを受け取りトップで走り出したレイア様にクラス全員が全力で応援の声をあげるけれど、他は全チームアンカーに宇宙人生徒を出してきている。たった一人、地球人のレイア様はかなり不利だ。
それでもレイア様は諦める気なんてないだろう。ミノレス君が作りミカーレさんとアスモド君が守った差を活かし全力で走っていく。
僕も負けじと応援の声を張り上げたい所だけど、少し気になる事があった。
あんなに張り切っていたミャルなのに、どうしてかリレーが始まってから一度も応援をしていない。
レイア様の出番を待ってたのかと思ったけれど、バトンが渡った今も食い入るように見つめるだけで何一つ声を上げてないんだ。
ミャルはどうしちゃったんだ? レイア様に力強く応援するって約束していたのに。
けれどその謎は二位に付けている二年B組のアンカー、犬系宇宙人のドーバル君にバトンが渡った時に解けた。
「ドーバル君カッコいいニャー!」
まさかのミャルが声援を送った相手は、レイア様ではなくドーバル君だった。
観客席が大盛り上がりの中、普通ならミャルの声なんて聞き分けられないだろう。今だって応援に熱中しているクラスメイトたちは、すぐ隣にいるというのに誰もミャルのとんでも応援に気づいていない。
けれどそこは犬系ゆえに耳の良いドーバル君だ。バトンを口に咥え、二足歩行から四足歩行に切り替えて猛烈な勢いでレイア様を追いかけていたのに、走りながらもギョッとした様子でミャルの方を向いた。
ミャルは、綱引きの時の険悪な雰囲気なんて全く感じさせないキラキラとした瞳でドーバル君に手を振った。
「ドーバル君は、耳も尻尾もツヤツヤで素敵ニャー!」
これにはドーバル君も意外だったのか、ミャルを食い入るように見つめて走る速度が落ちた。
うんうん、分かるよ。こんな可愛いミャルを無視なんて出来ないよな。
「ドーバル、何を余所見しているんだ! 走れ!」
異変に気付いた橘が怒鳴ったからか、ドーバル君はすぐに前を向いて走り出す。
それでもドーバル君はミャルの言葉が嬉しかったようで尻尾がブンブンと振られているし、耳もこちらへ向いたままだ。
「鼻もツヤツヤしていてカッコいいニャ! 牙も鋭くて強そうニャ!」
ミャルは追い討ちをかけるようにドーバル君を褒め続け、気もそぞろなドーバル君は全力を出せなくなる。
でも後ろにいる僕には見えるぞ。ミャルの尻尾は苛立たしげに床をペシペシと叩いている。送っている褒め言葉はミャルの本心ではないんだろう。
なるほど、これがレイア様に頼まれた応援というわけだ。二位以下の選手にミャルから声援を送らせて、その足を止めてしまうという作戦か。
さすがレイア様。えげつない事を考える。
そしてミャルの演技力すごいな⁉︎ 尻尾を見なかったら僕も本気にするぐらい、ウットリしてドーバル君を褒めてるんだが。
女優か? 女優なのか? ミャルは何でも出来るんだな、可愛い。ミャルになら僕も騙されてもいい! 嘘でも良いからあんな目で見つめられたい! ドーバル君め、羨ましすぎる!
「レイア様、行けー!」
沸々と込み上がる苛立ちを全て応援に変えて、僕も声を張り上げる。
結果、僅差となりつつも無事にレイア様は走り抜け、一位でゴールテープを切った。
「やった、勝った!」
「勝ちだニャ! ニャーたちの勝ちだニャー!」
絶対に勝ちたいとは思っていたけれど、正直ほぼ無理だろうと思っていたから、この勝利は嬉しすぎた。
クラス全員同じ気持ちだったから、声の限り応援した勢いそのままにワッと歓声を上げて周囲と次々に手を取って喜びを分かち合う。
「ニャカムラくん、やったニャ! ウネウネやっつけたニャ!」
「うん、やったね! レイア様が勝ってくれた!」
「レイアちゃんの作戦勝ちニャ!」
「あはは、そうだね。ミャルの応援のおかげだ! ありがとう! ……あ」
僕も気がつけば、ミャルとハグして喜びを分かち合っていて。
「ミャルちゃん、やったねー!」
「ニャー、嬉しいニャー!」
ミャルはすぐに次の子とハグしに行ってしまったけれど、僕は間違いなく、ミャルのモフモフに包まれたんだ。
めちゃくちゃ柔らかくて気持ち良かった。なんか良い匂いもした気がする。
でもそれより何よりどこも痒くない、発疹も出ていない。やっぱり少なくとも皮膚接触は大丈夫なのでは⁉︎
「やったな、ナカムー! おれたちの勝利だ!」
「総合優勝も俺たちだぞ、中村!」
暫定二位だった二年A組と暫定一位だった二年B組の差は僅かなものだった。そこにこの勝利だから、二年の総合優勝も僕たちになる。
もちろんそれは嬉しいけど、それより何より僕としてはミャルと触れても大丈夫だと分かった事の方が大きい。
もう確認なんて出来ないと思っていたのに、ミャルのすぐ近くで応援していたおかげでドサクサ紛れに確認出来た。本当にラッキーだ。
これもレイア様たちが頑張って勝ってくれたからなんだよな。
「うん、そうだな……そうだな! 僕たちの勝利だ! 勝ったんだよ!」
ずっとずっと、猫に触れたくても触れられなかった僕がミャルには触れる。
厳密に言えばミャルは猫じゃなくて猫型宇宙人だけど、それでも僕にとっては世界が変わるほど嬉しい。
呼吸器も平気なのかは分からないからマスクはまだ外せないけれど、とりあえず手袋はもう外してもいいんだ。
とにかくそれが嬉しくて仕方なくて、レイア様に感謝してもしきれなくて。僕は全力で田中と南條と抱き合って喜びを噛み締めた。




