3-1 スーパー善人
3-1 スーパー善人
「はい、今日は山形県の三日月村に来ています。「善人アプリで善人を探そう」のチャンネルです。これまで沖縄、鹿児島、徳島、島根、長野、青森、北海道と北上してまいりましたが、今日は南下して山形県に来ています。
山形県と言えば、もちろんサクランボです。ちょうどサクランボの収穫の時期です。天気がいいですね。では、今日はどんな善人に会うことができるのでしょうか。楽しみです。
まず、あのおばあちゃんを見てみましょう。とても人のよさそうなおばあちゃんです。高得点が期待できます。残念、80点でした。もう少し出てもいいと思ったのですけどね。お年寄りはなかなか80点を超せませんね。これを一部の評論家は、「老人の80点の呪縛」と呼んでいるそうです。そうは言っても、老人全員が善人である社会、差別のない老人社会、これが日本の平和というものを象徴しているのでしょう。至ってのどかです。
先を急ぎましょう。続いてあのおばあちゃんはどうでしょう。やっぱり、80点です。
なかなか人に出会えませんね。ここも過疎化が進んでいるようです。
おっ、久々に人がいました。では。出ました。驚異の86点です。老人の中では非常に高い得点です。少し話を伺ってみましょう。
「こんにちは。お忙しいところ、すみません。ユーチューバーのトシと申します。お名前を伺ってもよろしいですか」
「サトウタマコ、91歳です」
「タマコさん、91歳ですか。お元気ですね。今年のサクランボは豊作ですか」
「豊作ですよ。甘いですよ。食べてみてください」
「では、お言葉に甘えて。おお、これは甘いですね。なんという品種ですか」
「佐藤錦です」
「ああ、これがかの有名な佐藤錦ですか。ところで、私、善人さんを探して全国を回っているのですが。あなたは86点と、まれに見る高得点でした」
「あんた、さっきから一人で何をしているんだろうと思っていたけれど、善人アプリをしていたんですか」
「はい、善人アプリで全国のお年寄りのスーパー善人を探しているんです。おばあちゃんも善人アプリをご存じなのですね」
「知っていますよ。私は86点でしょう。いつも86点なんですよ。この村では上から2番目なんです」
「えっ、もっと上の方がいるんですか」
「個人情報じゃから、大っぴらには言えないけれど、イノウエタロウさんが91点です」
「えっ、90点超えのスーパー善人がこの村にいらっしゃるんですね。それはすごいことを聞きました」
「そうよ。この前90点を超えた老人として、県知事から表彰されたんだからね。テレビや新聞にも出たから、個人情報もへったくれもないけどね」
「イノウエさんは、そんなにいい人なんですか」
「私と同じ歳で、小学校の頃からずっと一緒なんだけど、子供の頃は目立たない子だったけどね。別にとりたてていいことをしたという記憶は、わたしらにはなかったんだけどね。でも、91点になってから、あちこちからイノウエさんのいいところが見つけられるようになったんだよ。最近はスーパー善人としての風格も出てきたしね」
「全国どこでもそういうものらしいですよ。その地域で最高点だとわかると、その人の過去の善行が発掘されるそうなんです。
イノウエさんには風格がおありになるんですか。会うのが楽しみになってきました。それでイノウエさんはどこにいらっしゃるのでしょうか」
「私もちょうど昼休みの時間だから、連れて行ってあげましょう」
「申し訳ありません。さすが86点の老人だ。普通の老人と一味違いますね」
「おだてても何も出ませんよ。私は、しょせん80点台ですよ。
イノウエさんちは、私の家の近所だから送りますよ。私も帰ろうと思っていたところだから。
ああ、これ持って行って頂戴」
「こんなにたくさんのサクランボ、いいんですか」
「売るほどたくさんあるんだから。食べて頂戴ね」
「ありがとうございます。全国のみなさま、山形の老人は良い人です」
「この軽トラに乗ってね」
「自分で運転なさるんですか」
「まだ、まだ現役ですよ。ここらで危ないのは狸と猪くらいだから」
「では、お言葉に甘えて」
「私は2番だからいいものの、イノウエさんは1番だから、少し重荷なこともあるみたいですよ」
「えっ、何が重荷なんですか」
「91点だよ」
「91点のどこが重荷なんですか」
「スーパー善人と言われたら、期待も高いから、毎日少しは良いことしないといけないでしょう。ずっと誰かに見張られているようだと言うんですよ」
「それは自意識過剰じゃないんですか」
「いや、いや。田舎はそんなもんだよ。本人だけじゃなく、家族にもプレッシャーがかかって、息子夫婦と孫が出て行ってしもうたんよ」
「えっ、どうしてそんなことになったんですか」
「91点をとらなければ、そんなことにならんかったけどね。イノウエさんに、私が喋ったなんて言わないでくださいよ」
「もちろんです」
「はい、着きましたよ。サクランボを忘れないでね。私も降りましょう。
こんにちは。イノウエさん、イノウエさん。おるかね。あんたを訪ねてきた人を連れてきたよ」
「おお、タマさんじゃないかね。久しぶり。ごくろうさんだね」
「では、私はここで失礼するから。何もない村だけど、楽しんでお帰りなさい」
「ありがとうございました」
つづく