イケブクロ遺跡群 1
「いーなー! ヴォーテンさまいーなー!」
ある朝、新聞を読みながらシリングが悶えはじめた。
温かいスープを器に注いでやりながら、ミクが可哀想な生物を見る目で相棒を見つめる。
「どうしたのよ? いったい」
「ヴォーテン・ハヤブサって名前が付けられたんだってさー あのシンカンセン」
ウエノ大迷宮の探索から一ヶ月ほど。
持ち帰ったシンカンセンは王国政府がいろいろ調べ、必要な機械類はすべて外した上で、一般公開されることとなった。
かなりのスピードで公開に踏み切ったのは、もちろん王都の人々の関心がそれだけ高かったから。
王宮前の広場にでーんと鎮座したシンカンセンは、そりゃもう嫌でも目立つ。衛兵たちが近づかないように通せんぼしてるから、好奇心は余計に掻きたてられる。
ぶっちゃけ、シリングだって中は入っていないから興味津々である。
で、公開にあたってシンカンセンには名前が贈られた。
ヴォーテン・ハヤブサ、と。
もちろん持ち帰ったヴォーテン卿の名前である。
シリングだってミクだって頑張ったけど、こういうときには代表者の名前しか出てこないのだ。
「よしよし」
ミクがおざなりに頭を撫でてくれる。
名誉の面では報われなかった二人だが、それ以外の報酬は充分に得た。
初の探索で大迷宮に挑み、しかも生還を果たしたミクはE級へと昇格したし、持ち帰ったトレジャーもなかなかに価値がついた。
そしてそれ以上に、魔法を学ぶ機会を手にすることができたのである。
第一位階だけど。
シリングは『これでもくらえ!』という攻撃魔法、ミクは『開け』という便利魔法を、ヴォーテン卿から習った。
習ったというか、魂に刻みつけられたという方が正確かもしれない。
これも魔法的な手段で、それがどういうもので、どういうふうに使うのかを理解することができた。
「有機アンドロイドでも魔法が使えるってのがすごいよね」
とは、ミクの言葉である。
じつはヴォーテン卿もシリングも驚いた。
人間そっくりでもミクは人間ではない。それなのに魔法を憶えることができたし、行使することもできた。
「つまりミク坊は、ただ命令に従うだけのゴーレムなどとは違って、ちゃんと魂があるということなのじゃろうな」
というのがヴォーテン卿の解釈だ。
自分で考え、自分で判断する。
それこそが人間の証であり、肉体が何でできているかというのは、あまり関係がないのではないか、と。
シリングも賛成だ。
遺跡で出会った少女は、たしかに人間ではないのかもしれない。
しかし、ちゃんと魂がある。
「くぅーんくぅーん」
「はいはい。甘えてないでご飯食べちゃって。片づかないから」
しかもけっこう厳しかったりすする。
こんなウェットな機械なんてない。
「ていうか、あのエロピュータもえらく人間的だったしな」
カンナギ研究所だったか。あそこを作ったニホン人というのは、もしかしたらすごく変わった人なのかもしれない。
「今日こそ仕事が見つかるといいわね。シリング」
「だなぁ。この一ヶ月、ろくな仕事をこなしてないもんなぁ」
なんだか失業中のカップルみたいである。
カンナギ遺跡で手に入れた小説類は、非常に高価で買い取られた。
遺物として文明の発展に寄与する類のものではないが、チキュウ人の生活や風俗を知る貴重な資料である。
これもまた、そのうち公開されるかもしれないが、ものがものだけに王国政府としては慎重に議論を進めているらしい。
「公開されるときに、シリング文書とか名付けられたりして」
「やーめーてー」
トレジャーハンターとして名を残したいとは思っているが、それはエロ小説を持ち帰った猛者というやつではない。
そういうのは求めてないんだってば。
食事を終えて席を立つ。
ささっとミクが後かたづけをはじめた。
そういう家政婦的な仕事を押しつけるつもりはないのだが、「シリングがやるとかえって汚れる」ということらしい。
ミクがくるまで、きちんと一人で生活を営んでいたはずなのに。
「さて、いくかい。ミクさんや」
「あいよ。お前さん」
遺跡探索者連絡協議会、通称『組合』では種々の依頼も取り扱っている。
こういうものを探してきて欲しい、とか。
どこそこの遺跡の案内を頼みたい、とか。
もちろんトレジャーハンターは観光ガイドではないので、案内はすれど依頼人の身をとくに守ったりはしない。そのため案内の依頼は、自分でも戦える人か別口に護衛を雇える人に限られる。
「イケブクロ遺跡群か……」
掲示板に張り出されたら依頼の数々を見ながら、ふーむとシリングが腕を組んだ。
かなり危険な場所のひとつである。
なにしろ凶猛なモンスターが多い地域なので。
ただ、それだけに実入りもけっこう期待できたりする。
依頼はべつにイケブクロ遺跡群を狙えといういうものではなく、まだ動く機械を何か手に入れて欲しい、という非常にふんわりしたものだった。
シリングがイケブクロを思い出したのは、あのあたりに百貨店遺跡が密集しており、しかもトレジャーハンターがあまり挑んでないことを知っていたからである。
しかもウエノ大迷宮からそう離れてもいないから、往復の行程をあんまり考えなくていい。
「これ受けるの?」
「そうだな。ちょっと漠然とした依頼だけど、あんまり細かく決められるのはしんどいから」
ミクの言葉に両手を広げてみせる。
ウエノ大迷宮の探索は、結果的にとんでもない遺物を持ち帰ることに成功したわけだが、シリングにとって不本意なことも多かった。
犠牲者が二人も出た、というのもそうだし、思うように探索できなかったというのもある。
とにかく最下層を目指して突き進んだから。
それは、もちろんシリングだって納得してのことだし、不平をならすつもりはない。
でも、もっとじっくり見て回りたかったなあ、という思いがあるのもまだ事実なのだ。
「ミクは他にやってみたい仕事はあるか?」
「いいんじゃない? シリングが決めたなら、私はついていくよ。パートナーだからね」
「それは頼もしい」
「でもエッチはしないのだ」
「はいはい」
もはやお約束となった馬鹿な会話をすながらカウンターへと向かい、件の依頼を受注する旨を告げる。
「酔狂なこったけど、小僧がこれを受けてくれるなら助かるよ。焦げ付きかけていたんだ」
ハスキーな声で歯に衣を着せないことを言うのは、いつもの係員だ。
ふんわりした内容すぎて、誰も受けないらしい。
一口にまだ動く機械といったところで、それだけでは狙いの絞りようもないのである。
適当な遺跡に潜って、適当な遺物をゲットして、あげくにこれは違うなんていわれちゃう可能性もあるということだ。
「もちろんそんなことにはならないと説明しているのだがな。ハンターたちの重い腰は、なかなかあがらないんだ」
「気持ちは判らなくもないけどな」
苦笑しながら、二、三言葉を交わす。
シリングのような風来坊気質の者ばかりではない。
安全に堅実に確実に仕事をこなしたいと思う人間だって数多いのだ。
だったら危険と隣り合わせのトレジャーハンターなんてやらないで、商家なり工房なりで働く勤め人にでもなれって話だが、最低級のF級ハンターの八割くらいは食い詰め者である。
まともな仕事が続かなくて、かといって傭兵みたいに戦うことを専らにするだけの腕っ節も根性もなくて、一攫千金を求めて安易にトレジャーハンターって道を選んだ連中だ。
で、そんなにうまい話なんかないと悟って、比較的安全そうな遺跡であまり危険を冒さずに遺物を漁る。
「そういう生き方を否定できるほど、俺も立派な人生を歩んでるわけじゃないからな」
「ご謙遜だね。ソルレイで一番若いC級が」
にやりと笑った係員のお姉さんが、受注確認書類を渡してくれる。
これにサインすると、依頼人にはシリングとミクというコンビがこの仕事を受けたという書簡が手渡されるのだ。
「朗報を待ってるよ。小僧」




