ヤヒト
「……ふう」
僕は額の汗をぬぐう。あれから4時間、ようやく彼らを埋める穴を掘った。
ここはトンネルから少し進んだ山の中、誰にも知られていない僕だけの場所。
僕はシャベルで死体の入った穴に土をかけていく。
警察は無能だ。
僕はみさき姉ちゃんを幽霊のように扱った人間を殺してきた。恐らくここを掘り返せば10人前後は埋まってる。警察はその実行犯であるただの高校生の僕を見つけることができてないどころか、その死体があるここすら見つけられない。
まあそのおかげで僕はまたみさき姉ちゃんのために人を殺せるのだけど。
死体が完全に見えなくなったことを確認すると僕はスコップを近くの茂みに隠し、歩き出す。
そこから2分ほど進んでいく。そこでいつもと変わらず十字架が迎えてくれた。
僕はそこに膝をつき、目を閉じ、少しの間無言で手を合わせた。
そしてゆっくりと目を開く。
「ただいまみさき姉ちゃん。今日も姉ちゃんをダメにしたあいつのようなやつを殺してきたよ」
相変わらずみさき姉ちゃんは幽霊となってさえ会えない。僕はもうみさき姉ちゃんと会えないのだろうか。
ふと風がやみ、草木の揺れる音や生き物の声も消える。
まるでみさき姉ちゃんが僕に話しかけるための時間のようだ。
「寂しいのかい? 大丈夫だよ。そのお墓にはわざわざ僕の右手も入れたんだから。
それともあいつが怖いのかい? それも大丈夫。何度言ったらわかるんだい? あいつは僕がしっかりとあの時トドメをさしていたからさ。今頃あいつも他の奴らと同じ場所に埋まってるよ」
僕はみさき姉ちゃんをあいつから開放してやりたかった。だから、あのトンネルにあいつを呼んだ。でも、あの時みさき姉ちゃんはあいつを庇った。そのせいで僕はみさき姉ちゃんを殺してしまった。
僕はその償いとしてみさき姉ちゃんと共に僕の右腕も葬った。それでも僕の後悔は消えない。恐らく一生続く。だから僕はあいつのような人間を殺し続ける。たとえそれが間違いとわかっていても。
もう朝も近い。
今夜も月は僕を照らしてはくれなかった。
はい、ということで「みさき姉ちゃんの殺人トンネル」完結です。ここまで読んでくださってありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
ユウトとヒビヤが殺される。ヤヒトがナイト。今までの行方不明事件はヤヒトが行っていた。実はみさきはヤヒトに殺された、右腕もヤヒトが自分で切り落としていた。
いくつかに気付いても全てに気付けた人は少ないんじゃないかなーと思います。
もしバレバレでしたよ。という方がおられましたら言ってください 。恐らく私はその方を尊敬し、悔しがり、自作をより凝らしたものにしますので(笑)
また、ここから大きな番狂わせがあると期待していた方、ごめんなさい。物足りないと感じた方も多かったかもしれません。実際私もこのままではつまらないだろうな、とは思って様々な番狂わせを考えてました。
実はみさきが生きていた、とか。
みさきの幽霊が影から見ていた、とか。
ヤヒトはナイトの親友で、ナイトの過ちを自分のものと感じてしまい、殺人を続けている。ナイトはそれを悲しげに見ている、とか。
ですが、そうすると現実味がなくなってしまいます。(それでなくても幻想手前の作品でしたが)
現実味がなくなってしまうと私が今回伝えたかった「真実の不確定さ」ということが曖昧なものになってしまうと感じたので。
真実とはなにか。今回私はそれを作品としたくて皆さんの主人公に対する感情をひっくり返し続けたつもりです。
みさきを殺したのはただのチンピラで、ナイトも犠牲者。作中の新聞にでていたこのことだけなら、みさきもナイトもかわいそう。でもヤヒトはユウトやヒビヤに嫌悪感を持っていても自分もたいして変わらないじゃないか、と思った方も多いと思います。
実は行方不明になった数人に関する事件はヤヒトが行ったことで彼はナイトでした。となると、多くの人がヤヒトはみさきを守れず、間違った復讐に狂ったかわいそうな人、と感じてくれたことでしょう。
最後にみさきを殺したのもナイトで、それは事故であった、というのがわかったとき、様々な考えを持たれたと思います。それが正しいか、否か。同情できるかどうか。被害者か加害者か。おそらく多くの人が読み進めるにつれて考えが一転二転してくださったと思います。
ではこの最後でヤヒトもみさきもかわいそう、と感じた方。もし、ヤヒトが勝手にみさきの彼氏が酷い人間だと勘違いして、彼氏を殺そうとしたとするとどうでしょう。もしかしたら彼はヤヒト以外誰もが認める好青年で、お似合いのカップルだったかもしれません。そうだとしたらヤヒトは完全なる悪となります。
では逆に事実としてみさきは彼氏に虐待されていて、ヤヒトはみさきを救いたかった。けれど優しいみさきは彼氏が殺されるのを見捨てられなかった。そうなるとヤヒトもみさきも悲劇の人物です。
実はみさきが救い用のない人間で、彼氏がいながら、ヤヒトのことを誘惑していた。となると悪いのはみさきだけとなります。
どれもがあり得ます。だって私はそれを語ってないですから。
現実でもこんなことはいくらでもあると思います。
私たちは事象の一面を見ているだけで、真実はみている面によって大きく変わりますから。
もちろん今回がどのような事情でもヤヒトは気の狂った連続殺人鬼です。
でも、その理由に正当性があるかどうかは、誰の視点で考えるか、また誰が考えるかによって大きく変わるのです。
長々と語ってしまって申し訳ないです。ただ、私の考えのごく一部分でも皆さんに伝われば幸いです。
ではまた。