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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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1/20

第1話 今日だけ、私の彼氏になってください。

──────────────

Today's Heroine


桜庭 美月


CLIENT DATA


年齢:22歳


身長:158cm


職業:大学4年生


雰囲気

・明るい

・素直

・少し天然

・笑顔が可愛い


外見

・黒髪セミロング

・えくぼが印象的

・清楚系


主人公への第一印象

★★★☆☆


恋愛タイプ

一途


依頼内容

『今日だけ恋人のフリをしてください。』


秘密

『祖母に恋人がいると嘘をついてしまった。』


ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 大学の講義を終えた神崎湊は、駅へ向かう途中でスマホの通知に気づいた。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『恋人代行をお願いしたいです。


 詳しい事情は直接お話ししたいので、本日お時間をいただけませんか。』


 湊は小さく息を吐いた。


「恋人代行、か……」


 便利屋を始めて一年。


 家具の組み立て、引っ越し、迷い猫探し、イベントの設営。


 依頼の種類はさまざまだったが、恋人役だけは毎回少し緊張する。


 とはいえ、内容だけで断ることはしない。


 依頼には、必ず事情がある。


『十八時でしたらお時間あります。駅前のカフェでいかがでしょうか』


 返信すると、すぐに「ありがとうございます」と返ってきた。


     ◇


 約束の時間ちょうど。


 カフェの窓際で、一人の女性が落ち着かない様子で時計を見ていた。


 白いブラウスに薄い青色のスカート。


 黒髪を肩のあたりまで伸ばした、どこか柔らかな雰囲気の女性だった。


 湊に気づくと、慌てて立ち上がる。


「神崎さんですか?」


「はい。便利屋みなとの神崎です」


「あ……白石美月です。本日はよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる姿から、かなり緊張しているのが伝わってくる。


 二人は向かい合って席に座った。


 注文を済ませると、湊は穏やかな声で切り出した。


「依頼内容はメッセージで拝見しました。事情を聞いてもいいですか?」


「……はい」


 美月はカップを両手で包み込み、小さく息を吸う。


「祖母が入院してるんです。」


 その一言で、店の賑やかな音が少し遠く感じた。


「小さい頃からすごく可愛がってもらっていて……この前お見舞いに行ったとき、『彼氏ができたら一度くらい会わせてね』って笑って言われたんです。」


 少しだけ視線を落とす。


「私、今まで一度も彼氏ができたことがなくて……」


 照れ笑いを浮かべたあと、小さく肩をすくめた。


「その場の雰囲気で、『今度連れてくるね』って言っちゃいました。」


「なるほど。」


「最初は友達に頼もうと思ったんです。でも男友達も少ないし、さすがにお願いしづらくて……」


 そこで少し恥ずかしそうに笑う。


「ネットで便利屋さんを調べていたら、恋人代行の相談も受けているって見つけて……。」


「それで、僕に依頼を。」


「はい。」


 美月はもう一度頭を下げた。


「無理を言っているのは分かっています。でも、おばあちゃんに安心してほしくて……」


 湊は数秒だけ考え、それから静かに笑った。


「お受けします。」


「……え?」


「依頼ですよね。」


「は、はい!」


「じゃあ、明日だけ僕が彼氏です。」


 一瞬きょとんとした美月は、次の瞬間、ほっとしたように笑った。


 その笑顔には、小さなえくぼが浮かんでいた。


「ありがとうございます……!」


「ただ、一つだけ。」


「はい?」


「恋人役なら、打ち合わせは必要です。」


「打ち合わせ?」


「おばあさんに『好きな食べ物は?』って聞かれて、お互い答えが違ったら困りますから。」


「あ……。」


 美月は目を丸くしたあと、吹き出した。


「たしかに。」


「恋人らしく見えるように、お互いのことを少し覚えておきましょう。」


「よろしくお願いします。」


 そう言って差し出された右手を、湊は軽く握り返した。


 それが仕事の始まりだった。


 ……少なくとも、そのはずだった。


打ち合わせは一時間ほど続いた。


 好きな食べ物、苦手なもの、大学で専攻していること。


 祖母に聞かれそうなことを一つずつ確認しながら、二人は何度も笑った。


「好きな食べ物は?」


「オムライスです。」


「じゃあ僕はカレーですね。」


「ちゃんと覚えます。」


 そう言って美月はバッグから小さなメモ帳を取り出した。


「本当に書くんですか?」


「だって、間違えたら恋人ってばれちゃいますから。」


 真剣そのものだ。


 湊は思わず笑ってしまう。


「そんなに笑わないでください。」


「すみません。でも、おばあさんのことが本当に大切なんだなって伝わってきて。」


 その一言に、美月は照れくさそうに笑った。


     ◇


 翌日の午後。


 二人は病院のロビーで待ち合わせをした。


 昨日とは違う淡い水色のワンピース姿の美月は、湊を見つけると安心したように微笑んだ。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


 病室へ向かう途中、美月が足を止める。


「あの……お願いがあるんです。」


「なんでしょう。」


「病室では、『白石さん』じゃなくて……『美月』って呼んでもらえますか?」


「分かりました。」


 美月はほっと息をつく。


 しかし、また何か言いたそうに視線を泳がせた。


「まだあります?」


「……恋人って、手くらいはつないでますよね。」


 言い終える頃には、耳まで真っ赤になっていた。


 湊は照れ笑いを浮かべながら右手を差し出す。


「必要なら。」


 美月は小さくうなずき、その手に自分の手を重ねた。


 少しひんやりしていて、かすかに震えている。


「緊張してます?」


「すごくしてます……。」


 その様子を見ていた美月が、小さく笑う。


「神崎さんでも緊張するんですね。」


「正直に言います?」


「はい。」


「昨日、ちゃんと眠れませんでした。」


「……えっ?」


「恋人役の依頼は何度か受けていますけど、毎回緊張するんです。」


「慣れないんですか?」


「慣れたと思ったら駄目だと思っていて。」


 湊は照れくさそうに頭をかく。


「依頼だからこそ、相手に嫌な思いをさせたくないんです。失敗したらどうしようって考え始めると、毎回なかなか寝付けなくて。」


 一瞬きょとんとしていた美月は、やがて吹き出した。


「ふふっ。」


「笑いましたね。」


「だって、私だけじゃなかったんだって思ったら、少し安心しちゃいました。」


 さっきまで強張っていた表情が、すっとやわらぐ。


「じゃあ、お互い様ですね。」


「はい。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 仕事として始まったはずの時間が、少しだけ自然なものに変わった気がした。


     ◇


 病室へ入ると、祖母は嬉しそうに目を細めた。


「あらあら、本当に連れてきてくれたの。」


「おばあちゃん。」


「こんにちは。神崎です。」


 軽く頭を下げると、祖母は何度もうなずいた。


「美月は昔から恥ずかしがり屋でねぇ。男の子に話しかけられただけで逃げてきた子だったの。」


「お、おばあちゃん!」


「だから安心したよ。」


 祖母はそう言って、美月の手を優しく握る。


「こんな優しそうな人に出会えて。」


 その言葉に、美月は照れながらも、どこか嬉しそうだった。


 病室を出る頃には、窓の外は雨になっていた。


「降ってきましたね。」


 湊は売店で傘を一本買う。


「一本しか残ってなくて。」


「駅まで近いですし、大丈夫です。」


 二人で肩を寄せ合いながら歩き始めた。


 沈黙は、不思議と気まずくない。


「今日は、本当にありがとうございました。」


 美月がぽつりと口を開く。


「おばあちゃん、あんなに笑ったの久しぶりでした。」


「それなら依頼成功ですね。」


「はい。でも……。」


 少しだけ照れ笑いを浮かべる。


「今日が、すごく楽しかったです。」


 その言葉には、依頼人としてのお礼だけではない響きがあった。


 駅へ着き、美月は封筒を差し出す。


「こちら、報酬です。」


「ありがとうございます。」


 湊は受け取り、軽く頭を下げた。


「また困ったことがあれば、ご相談ください。」


「……はい。」


 少しだけ迷ったあと、美月が笑う。


「そのときも、神崎さんが来てくれますか?」


「便利屋みなとは僕一人なので。」


 一瞬きょとんとした美月は、すぐに笑顔になった。


「よかった。」


 そう言って手を振り、人混みの中へ歩いていく。


 その背中を見送りながら、湊のスマホが震えた。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『海での撮影補助をお願いしたいです。


 報酬 50,000円』


「……五万円?」


 思わず画面を見返す。


 こんな依頼が届くとは思ってもいなかった。


次回『水着なんて、恥ずかしいですよ。』

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― 新着の感想 ―
第1話の完成度が高すぎません!? お互いに緊張していることを明かすシーン、ここ堪らないですね! これで一気に二人の距離が縮まり、おばあちゃんの前での演技にも温かいリアリティが生まれていて、読んでいて…
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