第七十五話 魔力の原理はわからないけれど
「ま、まぁオレスティアがおれに惚れた話はおいといて」
「飛躍しすぎです」
「誰もそこまで言ってないでしょ」
褒められ慣れていないオレステスはどうにも気まずくなり、話題を変えるために軽口を叩く。
二人が即座にツッコミを入れてくれたことに、心底ホッとした。万が一にも頷かれたりしようものなら、より居心地の悪い思いをするところだった。
「ルシアといろいろ見て話した結果、おれたち二人が元に戻る方法は、現状でいる限り調べるだけ無駄だろうって結論になった」
「――え?」
思いもよらぬ発言だったか、真顔に戻ったオレスティアに訊き返される。
「だってそうだろ。そもそもがお前の魔力の暴発なんだから」
たぶん、とつけ加えながら、軽く両手を広げて見せる。
「意図してやったことではないのなら、理論を追い求めても答えが出るとは限らない」
「それは――」
「助けてほしい、そう強く願うのと逆で、お前が戻ってもいい――戻りたい、そう思わなきゃ無理なんじゃねぇかってさ」
「でしたら、すぐにでも戻れるはずでは――」
「心の底から思わなきゃ、だ」
念押しをこめて重ねるオレステスに、オレスティアは押し黙る。
オレステスやルシアに迷惑をかけているから戻らなければならない――そのような義務感では、きっと無理だ。状況が改善され、もう大丈夫だと心底思えなければ、というのがルシアの見解だった。
そしてオレステスは、ルシアの受け売りを口にする。
「そこで疑問だ。そんな、暴発してわけわからん事態を引き起こすほどの魔力を持ちながら、どうして今まで片鱗すら見えなかったのか?」
ハッと息を飲み、顔を上げるオレスティア。
そんな彼女に頷いて見せ、ルシアが後を引き継ぐ。
「あたしが見る限り、オレスティアさんの魔力保有量はたぶん、国でもトップクラスよ」
オレステスは魔術に関しては門外漢もいいところだ。だからよくわからないのだけれども、どうやらルシアはかなり腕のいい魔術士らしい。
冒険者として活動する中で、基本は補助魔法を中心に据えているが、回復系、攻撃系も使いこなせる、オールマイティーなのだと。
加えて、冒険の合間にもできるようにと、魔力鑑定なども行っているらしい。
そのルシアがお世辞抜きでそう言うのだからそうなのだろうと信じるだけだ。
「たとえば結婚が嫌すぎて急激に目覚めたとして、それまでだって本来なら少しはわかるはずなのよ。それがまったく見えなかったのは、誰かが意図的に隠したとしか思えないの」
「誰かが――」
オウム返しに小さく呟くのは、おそらく意識してのことではないのだろう。
どこか不安げなオレスティアの視線を受けて、ルシアはゆっくりと口を開く。
「オレスティアさんが無意識のうちに、とも思ったけど」
魔力を欲した侯爵に道具として扱われるのを避けるために――そう考えるのは無理のない話だった。
けれど、とルシアは続ける。
「それじゃあ自我のない赤ちゃんの頃には無理よね、きっと」
オレスティアの自我が芽生えるまでなどと、あの侯爵が悠長なことをするはずがない。
なにせ、今でも定期的な鑑定を続けているくらいなのだから。
「では――」
「その状況でそんなことができるのは、一人だけだと思うの」
オレスティアは決してバカではない。ここまで言われれば、自ずと答えはわかる。
こくんと喉を鳴らして、呟いた。
「――お母さま……」




