第七十六話 謎多き
「お母様――」
呆然と、あるいは愕然と、掠れた声で呟くオレスティアに、オレステスは頷いて見せた。
「アレクサンドルが言ってた。お前の母親は強大な魔力の持ち主で、その女を相手にしても魔力のある子が生まれなかったのだから諦めたのだと」
「それは私も聞いたことがあります。私が物心つく前――生まれてすぐに亡くなったとのことで、母の記憶はまったくないのですが――」
記憶にないとの言葉通り、特に思い入れのあるような口調、様子は見えなかった。
淡々と語るオレスティアに、オレステスは「で」と前置きのあとに尋ねる。
「どこの誰なんだ?」
「え?」
質問の意図がわからなかったのか、オレスティアがきょとんとする。
オレステスは軽く、肩を竦めた。
「侯爵の前妻の話なんて、現在の夫人がいるところで大っぴらに語られないのは当然としてもだ。それを前提条件として考えたって、お前の実母の情報がまるっきりわからない」
「――え?」
「家系図を調べてみても『女』の記述があるだけだ。――なにより、侯爵の行動もよくわからん」
「というと?」
「だってよ、魔力のない子供はいらないってんなら、実母の生家にお前を追っ払えばいい。一番簡単な厄介払いだ」
「あ」
「それに、だ。ちっとばかし血腥い話をするぜ?」
一応の前置きをして、続ける。
「あんだけ邪険にしてたんだ。ガキの頃にでも、事故に見せかけて殺すっていう手っ取り早い方法もある」
「――たしかに」
「ま、さすがに殺すのは気が引けたとしても、だ。さっきも言ったが、母方の親戚に返すって手段はできる」
できるだけ淡々と、感情を交えずに純粋な説明を心掛けながら言う。
――感情が入ると、侯爵家のやりように腹が立って仕方がないからだ。
「これもアレクサンドルから聞いた話なんだが、お前の母方の縁戚とは誰一人として交流がないんだってな。正直に言わせてもらえば、異常だ」
「――」
指摘に、オレスティアは黙り込む。
オレステスが考えたムナクソ案件としては、身分のない魔力が強い女を、権力や財力に物を言わせて手に入れた、ということだ。
侯爵家とは釣り合わないからと、オレスティアの母だけを連れてきて縁を切らせる。手切れ金というか身請け金というか、とりあえずそういったものを握らせたのかもしれない。
たとえば食うにもやっとのような家庭であれば、生涯暮らせるだけの金を渡されればそのまま娘との別れを受け入れる可能性は充分にあった。
ただし、だとしたら納得がいかないのも事実だ。
そんな一方的な婚姻であれば、生まれた子を押しつけるように送り返し、プラスの金銭を渡せばいい。
なのに一応は育て上げ、きちんとした身分の男に嫁がせる。
傍目には義理を通したと見える方途をとった。少なくとも、そう言い訳できる状況を作り上げた。
「で、最初の質問に戻るわけだ。お前の母親ってのはどこの誰で、何者なんだ?」
侯爵の立場にある人間が、保身のための言い訳を用意しなければならない相手。
なのにその者達は姿を見せず、存在すらわからない。仮定で立てた、身分もない貧しい家から身売り同然で手に入れたのならば、必要のない配慮だ。
侯爵は一体、なにを恐れたのか。
「――申し訳ありません」
謝罪を口にしながら、オレスティアは俯く。
「私も――母のことはほとんど知らないのです。アラディア、という名前以外は」
「――は?」
あまりの発言に、オレステスとルシアの声が重なった。




