第96話 マリーの一人反省会
「つ………疲れた…………」
ようやく帰宅したマリーは、ぼふりっと、そのままベッドに倒れこんだ。
「初めての事情聴取だからってちょっと浮かれちゃったから、バチが当たったのかな…」
午後の休憩時間に 『広場や祭り会場をゆっくり周ってきたら?』 と送り出され、メリナと二人で魔道具店などの出店を周りお祭り気分を満喫したことなど、マリーにとっては、もう昨日のことのようだ。
「疲れたけど、ちゃんとアレやらなきゃね! 今日の振り返り。だって聖女にされかけちゃったんだもん! ほんと危なかった…危なかったよ…。まったく、油断も隙もないよ…」
前世大人でOLだったマリーは、振り返りの大切さだって知っている12歳なのである。
公館での事故後の事情聴取。
ただ見たことを、マリーは、キリリッと報告するつもり満々だった。
「侯爵夫人と治癒師の先生が状況をお話しされてて、」
そうだ。最初は二人の話を聞いていたのだ。次は自分の番だと気合を入れながら。
しかし、不思議なことに、いつの間にか二人の話は、なぜかマリーが侯爵夫人を治癒させたかのような話になってしまったのだった。
おまけに「マリーが聖女」などという発言まで飛び出す始末である。
侯爵夫人が助かったのは、ラベンダーのパワスポ効果と治癒魔法の相乗効果だと信じて疑わないマリーにとっては、まさに寝耳に水であり、青天の霹靂だったのだ。
「なんでかな…? わたし、別におかしなこととか話してなかったよね?」
治癒師からすればマリーの主張する“相乗効果”は十分おかしなことだが、マリーにとってはあくまでも間違っていない、至極当たり前のことなのだ。
「そうそう、メリナちゃんが、ちゃんとラベンダーの説明もしてくれたのに。 なんであんな話になったんだろ……?」
正確に言うならば、メリナが話した薬草の話が、マリーが聖女であるという確証につながるきっかけとなった、それだけである。
「ああ! そうだ、メリナちゃんが言っちゃったんだったよね! わたしのことを聖女みたいだって! もーメリナちゃんったら! おかげであの後、大変だったよ〜〜!!」
ベッドにうつ伏せになっているため押しつぶれた片方の頬をものともせず、ぷんぷんとほっぺたを膨らませながら、この場にいないメリナに向かって怒るマリー。
「…でも、そもそもわたしがシモンズさんにちゃんと確認してれば、ちゃんと説明できたこともあったんだもんね。…元を正せばわたしの責任だよね…」
ぷんぷん膨らませていた頬を元の大きさに戻し、マリーはちゃんと反省した。
しかしながら、ちゃんと確認していたところで、“薬草の聖地”に入れる人は限られる上、“薬草の聖地”から採取してきた薬草を自宅の庭に植えて毎日収穫しているなど、大騒ぎにしかならない話である。
正直に話したところで、同じような事態になる未来しか想像ができないかもしれない。
「あーーーっ! そういえば、なんかその後のわたしの説明って、なんだかまるで言い訳みたいじゃなかった?! い、言い訳じゃない! 言い訳じゃないのに! みんながわたしが聖女だとか見当違いのことばかり言うから、誤解を解くための説明だっただけで、言い訳じゃなかったのに!!」
よくわかっているではないか…。誰が聞いてもあれはまるで、下手な言い訳か誤魔化しにしか聞こえなかった。
が、今頃それに気づいても、後の祭りというものである。
「おかげで、聖女疑惑を解消するために、ラベンダーのパワスポ効果と治癒魔法の相乗効果を実証してもらうしかなくなっちゃったんだよ……まあでも、上手くいったからよかったけどね!! あーー、ほんとによかった…!」
マリーが“上手くいった”と思っているのは、ラベンダーと治癒師の治癒魔法の相乗効果とやらを治癒師に実践してもらい、マリーが皆に心の声をダダ漏れさせながら、聖女の力を発動させた、アレのことである。
不正解だ。大間違いである。結局はあれが、マリーが自分で自分を聖女であると決定づけたデモンストレーションになってしまったのに。
「今日1日で、なんだかもう、ゴリゴリと色々すり減っちゃった気がする…」
マリーは1日の疲れ(と、初めて聖女の力をデモンストレーションを入れて2回使った)から、押し寄せてくる睡魔に抗いながら、見事に聖女疑惑を解消できた(※マリー目線)、その後のことを思い出していた。
結局あの後、夕暮れになっても戻って来ないマリーとメリナを心配したセルジュとオリバー支配人が、街の人たちの噂を聞きつけて公館までやってきた。
応接室ではマリーが必死に聖女疑惑を解消すべく奮闘した後、念には念をと説明していたところ、突然、部屋の外がドタバタ騒がしくなったのだった。
「ご無事ですから、少々こちらでお待ちください!!」
「侯爵夫人に、ただいまお取り次ぎいたしますので、お待ちください!」
「だ、誰かっ!お客人を! お客人をお止めしろ!!」
「お待ちください!!」
などという声が公館の応接室の分厚い壁と重厚な扉の向こうから漏れ聞こえてきたのだ。
皆が、「何事だ?」と扉に目をやるのと同時に、バターーーン!と勢いよく扉が開かれ、セルジュが駆け込んできたのだった。一体どこにそんな力があったのか、身体にしがみ付くオリバー支配人と公館の職員を振りほどきながら。
ちなみに、最後の 「お待ちください!!」 がオリバー支配人である。
「マリーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
「パ、パパ!?」
まるで、生き別れていた娘との10年振りの再会かのようなセルジュの登場である。
まあ、まだ12歳そこそこの娘と一緒に出かけたメリナが夕暮れを過ぎても戻ってこないのだ。きっと大変に心配したに違いない。
そしてオリバーは、興奮するセルジュの防波堤役としてついてきたのだろうが、しかし結局、闘牛のように突進しようとするセルジュは、オリバーにも公館の職員にも押しとどめることができなかったようである。
そんなセルジュに、普段ならちょっぴり引くだろうマリーも、こんな状況で心細かったのだろう。セルジュとオリバーの顔を見てホッと安心する自分に気づく。
「マリー!大丈夫かい? ああ、こんなに疲れた顔をして!! メリナちゃんも大丈夫かい? 二人とも大変だったね。夫人!申し訳ありませんが、僕のマリーとうちのメリナちゃんはもう連れて帰らせていただきます! このまま無理をさせて、二人が倒れでもしたらどうするのですか!! 僕のマリーもうちのメリナちゃんも、まだ子どもなのですよ!!」
この部屋にたどり着くまでに、事故やその後の大まかな説明を受け、事情聴取が始まってすでに一時間は経過していると聞いていたセルジュとオリバーは、マリーの顔を見て一刻も早く帰宅させることを決めた。
ついつい忘れがちだが、前世大人とはいえ、洗礼式を終えているとはいえ、マリーはまだ12歳の子どもなのだ。メリナだってマリーより2歳年上なだけである。
事故現場に遭遇し、知り合いの命が目の前で消えてしまいそうになったのだ。大人だって精神的に疲弊してしまうだろう。 おまけにマリーは、聖女疑惑(※ほんとは真実)に狼狽えて、その誤解を解くためにも全力で頑張った。
気を張っていたためそれまでは気づいていなかったが、セルジュとオリバーが駆けつけた安心感からか、そろそろ限界が来たためか、セルジュにそう言われてみると、自分がもうヘロヘロのふらふらであることに気づいたマリーだった。
メリナちゃんは逆に興奮しているのか、まだまだ元気な様子だったが。
そんなマリーの様子もあって、結局、話はそこで終わりになったのである。
侯爵夫人は警邏担当者に、「今日は、もうここまでにしてもよろしいかしら?」 と確認を取った後、その部屋にいた全員に向かって告げた。
「皆さま、本日こちらでお聞きになったこと、ご覧になったことについては他言無用に願います。警邏局の方から公表する必要があることは、こちらで整理して改めてお伝えさせていただくことになりますわ」
そして、部屋に押し入ったセルジュとオリバーを除く全員が重々しく頷いて、その場は解散となったのだった。
「…ほんとに、長い1日だったな…でも、疑惑も解消できたし、ひとまずは安心だよね。もう大丈夫だよね……」
押し寄せる眠気の波に今にも飲み込まれそうになりながら、マリーはそう呟いた。
知識がないと言うことは、勘違いや思い込みというものは、冷静さを欠いてしまうということは、心の声をダダ漏れさせるということは、なんと恐ろしいことだろう。
マリーにとっては大変残念なお知らせだが、マリーの奮闘も虚しく、“マリー聖女疑惑”は、図らずしも、最終的にはマリー自身の言動によって揺るがないものとなってしまっているのである。
まあ、無自覚だとはいえ、マリーは真実聖女であるのだから、仕方のないことだと言えるのだけれど。
そうしてそのうち、マリーはついにふわりとやってきた柔らかい眠りの波に抗うことをやめ、眠りの海に沈んだのだった。




