第95話 事情聴取4
「…聖女…」
治癒師の口から思わずこぼれ落ちたその言葉は誰にも気づかれることなくそのまま消えていく……。
ことはなく、しっかりとメリナが拾った。
「あ! やっぱりそう思いますよね? 私たちもよくみんなで話してるんですよ! マリーちゃんって聖女様みたいだよねって!」
「「え?」」
同時に重なって聞こえた二つの「「え?」」。
出どころの一つは治癒師、もう一つはマリーだ。
二つとも驚きの「え?」だが、その意味合いは異なる。
治癒師の「え?」は、(え? 知ってたの?それにしても、そのリアクション、ちょっと軽くありません?)の「え?」である。
治癒師にとって、聖女とは神にも匹敵するかというほどの存在だ。
かなりの混乱の末に導き出し、思わず口からこぼれてしまった、この『聖女』という重みのある言葉を、思いがけないほど軽く返されて驚いた「え?」 である。
対するマリーの「え?」は、(え? いやいやちょっと待って! メリナちゃん、そこは否定するところでしょ? なんで同意してるの? え?…え?)という、驚きと混乱と困惑の「え?」 である。
「ふふふ! だってあの水やりの時のキラキラ光る金色の光、本当に綺麗だから! なんていうんだっけ…そうそう、神秘的とか幻想的とか、そういうの! あ、そういえば、さっきの事故の時の金色の光も、薬草園の水やりの時のキラキラした光と似てたかも!」
それぞれの光景を頭の中で思い浮かべているのだろう顔でそう言うと、メリナはさらに続けた。
「それにね、マリーちゃんはまだ12歳だけど、凄いんですよ! 薬草園を作っただけじゃなくて、このラベンダーでサシェやラベンダー水や美容液を作ったりもだけど、それを孤児院の子供たちの仕事にしたんです! それに、マリーちゃんのアイデアで、薬草をお料理やお菓子に取り入れてるんですけど、おかげで食べた人が体の調子が良くなったって言ってるし! それに、私たちの制服をデザインしたのもマリーちゃんだって聞いてるし! この制服も大人気なんですよ! 可愛いですよねっ!」
マリーの話をなぜだか「どやあ!」っとばかりに自慢気に話すメリナ。そして、対照的に焦るマリー。
この場は完全にメリナに乗っかることに徹していたマリーだったが、少し前から、それが失敗だったかもしれないことに気づき始めた。…が、もう後の祭りである。
「い、いや、メリナちゃん、そんなことないよ!! みんなでやったことだもん! それに、お料理を作ったのは料理長だし、お菓子を作ったのはニコルだし、料理で体調が良くなったのは薬草の効果だし、ラベンダーのアイテムを開発したのはジェニーさんだし、制服は思いつきだし!!(それにわたし、前世大人だったし!)」
「そうだったとしても、そんなことないって言うマリーちゃんこそ、そんなことないんだよ! やどり木亭って前は潰れそうだったんでしょ? でも、マリーちゃんが考えた色んな取り組みや、この可愛い制服おかげでもの凄くお客さんが増えたって聞いてるよ? おかげで、私も可愛い制服着てお仕事できててとっても嬉しいの! マリーちゃんは、やどり木亭の“天使”で“聖女”で“救世主”なんだってセルジュさんが言ってたし、みんなもそう言ってるんだよ!」
さらに追い打ちをかけられ、あわあわするしかないマリーである。
(うわああああ、なななななななな、なんでこんな!! 大変だよ! この間、侯爵様からの“聖女の名前を騙った疑惑”を解消できたばかりなのに、今度は侯爵夫人に疑惑を向けられることになっちゃうよ!!ふ、不敬罪になるよ!!)
ちなみに、治癒師の言った「聖女」とメリナの言った「聖女」は、若干意味合いは若干異なる。
治癒師の言った「聖女」は、これまでの事実を並べて検証した結果導き出した真実としての「聖女」で、メリナの「聖女」発言は、よくある “〜〜ちゃんって、モデルさんみたいだよね!” とかの、あのアレだ。
とはいえ、メリナだってマリーが本当に「聖女」だと言われてもすぐに納得できるくらいには、そう思っている。
何せ、毎日当然のように薬草園の水やりで 『えいっ!』 の一言で金色に輝く光を降らせているのだ。いくらマリーが当たり前のように 『これは特別仕様だから』 と言っているとはいえ、そんなこと、普通はそう無い。それは、孤児院の小さな子ども達だって気づいていることである。普通は、そう無いと。
まあしかし、その意味合いはともかくとして、どちらも正解も正解。大正解である。
マリーは無自覚だが、聖女なのだから。
「なるほど…聖女ですか…」
メリナの話を聞いていたのか聞いていないのか、治癒師がゆっくりとそう言った。
「いいいいいいいや! ち、ち、違いますよっ!」
「そうね。確かにそう考えれば納得だわ。わたくしが助けられた、あの時感じた温かな力は、あれは…あれが、聖女様の力だったのね…」
マリーの言葉を完全にスルーするように、更に追い詰めに来たのは侯爵夫人だ。
(ここここここ、侯爵夫人?! ひええええ! ま、まずいよ! とりあえず、ここは思い切り否定しておかなくてはっ! だって、あれはパワスポ効果と治癒師の先生の治癒魔法の相乗効果なんだから!!)
「い、いえ! ほ、ほんとにそれは誤解です!! 違います!! 絶対、違います!!!」
あれがパワスポ効果だと頑なに信じ込んでいるマリーにとっては、まさに青天の霹靂並みの聖女疑惑である。
(まままま、まずいよ! ほんとにまずいよ!! ここでしっかり否定しておかないと大変なことになりそうだよ!!)
両手を振りながら、あわわわわと目に見えてうろたえるマリーを前に、3人はそれぞれに考え込んだ。
治癒師といえば、
(この少女が…マリーさんが聖女だと明らかになったら、この先、一体どうなってしまうのか…。マリーさんは自分が聖女であることに気づいていないようだが………いや待てよ? …もしかすると、聖女であることを明らかにされることを望んでいないために誤魔化そうとしているのか? “女神の恵み”を育てることができ、金色の雨を降らせることだけで、すでに十分すぎるくらい聖女であることの証明になっているというのに…?)
(いや、でも、そう考えれば、夫人を救った力のことを、『特別な薬草と治癒魔法の相乗効果』などというあり得ない、わかりやすい嘘で誤魔化そうとしてたのも納得だ。…しかし、そうだとして、私はどうすれば? 彼女が聖女であることを、その可能性を、本院に報告しないわけには……)
そう考えていた。
マリーが頑なに信じているパワスポ効果の 『特別な薬草と治癒魔法の相乗効果』 は、専門家からすればあり得ないことだったらしい。
仕方がない。事実、あれはパワスポ効果などというものではなく、ただ単にマリーの聖女の力なのだから。
侯爵夫人といえば、
(マリーちゃんが聖女様だとすれば、あの不思議な力も、わたくしが助かったのも、全て納得だわ! まさか、マリーちゃんが聖女様だったなんて、利発な子だとは思っていたけれど想像もしなかったことだわ。……てもそうね、これからどうすべきかしら……マリーちゃんが聖女だということが公になれば大変な騒ぎになるわ。それに、国に報告しなければいけないでしょうし…でもそうなれば、この子は両親と離れて王都に連れて行かれてしまい、自由な身ではいられなくなるでしょう…)
侯爵夫人はちらりとマリーを見る。と、ちょうどマリーもこちらを見たようで、タイミングよく目が合った。
夫人はマリーに微笑みかけると、再び考える。
(本人はどう考えているのかしら……ああ、でもこの子は自分が聖女だとは思っていないようだったわね。いえ、待って! もしかするとマリーちゃんは、自分が聖女であることを知っていて、それを誤魔化そうとしているのではかしら? もしそうならば……いえ、きっとそうね。そう考えれば、先ほどからのマリーちゃんの言動は、普段の利発なマリーちゃんの態度とは少し違ったような気がするわ。なるほど。あれは必死で誤魔化そうとしていたからなのね。 マリーちゃんは、聖女であることを明かしたくないのだわ…でも、そうとなれば、最善の方法を考えなくてはいけないわね。マリーちゃんは私の命の恩人ですもの。彼女の不利になるようなことは絶対に避けなければ。まずは夫に相談ね)
そう考えていた。
ただ、惜しいことに、実際にはマリーは、「聖女であることを明かしたくない」ではなく、「自分が聖女などとは1ミクロンほどにも考えていない」の間違いなのではあるが…。
とにかく、どうやら二人の中では、すでにマリーが聖女であることは確定している様子である。
そして、メリナはというと…
(もう! マリーちゃんったら、本当に聖女様みたいなのに、謙虚なんだから! でも、マリーちゃんが本当の聖女様だったらすごいよね!! 私、自慢しちゃう!)
あまり深く考えていなかった。
マリーがおとぎ話に出てくるような聖女様だったら凄い! ただそれだけである。
一方のマリーは、ただひたすらに危機感を募らせていた。
というのも、マリーの目の前の三人が一斉に口をつぐんで、何やら考え込み始めたからだ。
もしかすると、これでは本当に「聖女」などというありえない誤解を受けてしまうかもしれない。自分は何もしていないのに、それこそ、成果はパワスポ効果と治癒師の力だというのに、もしも誤解を解くことができなければ、今度こそ不敬罪一直線である。
(誤解を解くには今しかない!!)
マリーの頭の中は、その1点に絞られた。
(でも、一体どうやって?)
必死で考えていると、ふと顔を上げた侯爵夫人と目が合う。微笑みかけられたそれが、どこか困ったような表情に見え、マリーはさらに焦る。
(ま、まずいよ! 侯爵夫人が困ってるみたいに見えるよ! こ、これは、今度こそ、今度こそだよ!! と、とにかく、何としてでも誤解を解かなきゃ!!)
(でも、ど、どうしよう…! もう一度治癒師の先生に治癒魔法を使ってもらって、さっきのがパワスポ効果と治癒魔法の相乗効果だって証明出来たらいいのに! そもそも、私が薬草園でしている水やりだって、あれは“薬草の聖地”のパワスポ効果だし、金色の光だってパワスポ効果の特別仕様なのに!! よし、…こ、こうなったら…!)
「あ、あの…!」
覚悟を決めたように、マリーが呼びかけると三人が一斉に顔を上げた。
「あの、えっと…さ、さっきのは、ラベンダーと治癒師の先生の治癒魔法の相乗効果であればだったじゃないですか? それなのに、なんだかちょっと勘違い?っていうか、誤解?っていうか、あるみたいなので、もう一回やってみたらいいんじゃないでしょうか!」
「というと?」
「えっと、…その、少ないですけど、ラベンダー水と美容液の瓶に少しだけ残っている雫に治癒魔法を加えてもらったら、さっきみたいに光るんじゃないかな?って思って!」
(マリーさん…よほど聖女だということを明らかにしたくないのですね…しかし、そんなことをしても光るはずが無い。相乗効果などでは無かったと判明するだけなのに…だってあの光は、聖女の光だ)
(マリーちゃん…これはやはり、間違いなく、マリーちゃんは自分が聖女であることを明らかにしたくないということね。でも、あれがマリーちゃんの聖女の力だったのなら、再現なんてしても無駄なのでは無いかしら?)
しかし、治癒師と侯爵夫人が、どう返答すべきか迷っているうちに、迷いのない一名が即答してしまう。
「わぁ!それって、さっきの金色の光が見えるってこと?! 凄い凄い! あれもとっても綺麗だったもんね!! 嬉しいなぁ!」
メリナだ。大喜びである。
治癒師と侯爵夫人は顔を見合わせたが、どう考えたのか揃って頷くとマリーに答えた。
「わかったわ。先生、お手伝いしていただいてもよろしいかしら?」
「ええ…それはもちろん構いませんが、本当によろしいのでしょうか…?」
相乗効果では、聖なる力は…金色の光が生まれないことを知っている治癒師は困惑気味である。
しかし、パワスポ効果の相乗効果で金色の光が生まれると頑なに信じているマリーは、侯爵夫人と治癒師が同意したことに安堵する。
(やったぁ! ここで挽回だよ! 一気に誤解を解消だよ!!)
そして、二人の気が変わらないうちにと、早速、瓶を治癒師に差し出した。
「ありがとうございます!! 先生、こちらの瓶で、よろしくお願いします!!」
「…わかりました」
治癒師はそう言うと、ラベンダー水と美容液の瓶を手に持ち、治癒魔法を発動する。
その姿を見ながらマリーは心の中で必死に願う。
だって、これで、ラベンダー水と美容液に治癒師の治癒魔法で、侯爵夫人が治癒された時のような相乗効果…金色の光が現れなければ、あの光や治癒が自分の力だと、それも「聖女」などという大それた存在だと誤解されてしまうかもしれないのだ。
マリーにとって、あれはただのパワスポ効果である。それなのに、そんな誤解をされたまま「聖女」などと噂にでもなったら、今度こそ不敬罪確定だ。それはまずい。絶対にまずい。
そんな焦りに追い討ちをかけるように、マリーの脳裏には、両手に縄をかけられ、警邏の兵士たちに引っ立てられる自分の姿が浮かんで来る。おまけに、「二度も聖女を騙った不届き者!」という野次まで聞こえたような気がして、ぶるりと体を震わせると、心の中で必死に願う。
「ダ、ダメ! それだけはダメ〜〜〜〜!! ほら! 治癒魔法だよ! 光って!光って! ほらっ! 光って〜〜!! 神様お願い! ねえ、お願いだよ!! ほら! えいっ!!」
…残念ながら、心の声が外までだだ漏れである。全く隠せていない。
マリーが恐らく、心の中で必死に考えて願った全てが普通に声に出ていたのだが、あろうことか、とにかく必死なマリーはそれに気づいていなかった。おまけに、ついには最後に 『えいっ』 とまで言っていた。
これに気づかないなど、必死になるにもほどがある、というものだろう。
しかし、当然のことながら、マリーの願いに応えるかのように、マリーの周りにキラキラと金色に輝く光が現れたかと思うと、それがラベンダー水と美容液の瓶の周りに降り注いだ。
当たり前である。マリーが神に願いながら『えいっ!』とやったからだ。
そう、これは、マリーの聖女の力である。
「やった!! よかった! ほら、やっぱり私の力とかじゃなくて、ラベンダーのパワスポ効果と治癒魔法の相乗効果だよ!! …よかった! 証明できてよかったよーーーーー!!」
安心のせいか、再び心の声がだだ漏れている。いや、もはや隠す余裕さえなかったのかもしれないが。
そしてマリーは、間髪入れずに言った。大根役者ばりの棒読み感は否めないが。
「う、うわぁ!! 金色の光! 綺麗ですね!! ラベンダーと治癒魔法の相乗効果って、凄いですね!!」
違う。それはマリーの聖女の力である。
「…ええ、そうですね…」
(今のは間違いなく、マリーさんが光らせましたね。マリーさん、すでにわかっていたことではありますが、やはりあなたは、間違いなく聖女様ですね…)
「…ええ、そうね。綺麗だったわね…」
(今のは間違いなく、マリーちゃんが光らせたわね。今のを見ても、もはやマリーちゃんが聖女様であることは間違いないのでしょう。それなのに…あんなにわかりやすい嘘までついて…そこまでしてでも聖女だと明かしたくないのね…)
「マリーちゃん、綺麗だったね!凄いね!」
(ふふふっ、大丈夫!マリーちゃんの凄さ! ちゃんとみんなに伝わってるよ!)
かくして、マリーが必死に実行した聖女疑惑を解消するためのこの作戦は、マリーが聖女であることを決定付けることになったのだった。




