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第89話 歓迎の宴

「聖女殿はご出席だそうだな?」


「はい」


「第二王子と一緒にか?」


「はい、そのように伺っております」


「まったく…よりにもよって…」


 珍しく顰める表情を取り繕うこともなくそう呟くのは宰相のウィルフリード・サントスだ。




 フランネル王国の王都。王宮西にある宮殿“夕星の宮”では、今夜、昨日到着した隣国・エネループ王国の視察団をもてなすための歓迎の宴が催される。

 数ヶ月前、鉱業国であるエネループ王国から商業の活性化と今後のより良い交易のために視察をとの申し入れがあった。


 瘴気問題もある現在の状況では対応が難しいことから一度は断ったにも関わらず、執拗に迫られ続け、挙句に『友好関係を深めるための訪問なのに』と訴えられ、『受け入れられないとは両国の友好関係は名目上だけのことか』などと主張されてしまったのだ。


 先日一旦は落ち着いたかに見えた瘴気は、心配していた通りに再び各地で数値を上げ始め、王都の聖石も曇り始めている。体の不調を訴える人々も増えている。王都より各地にポーションを送ったものの、ポーションでは一時凌ぎにしかならないとの報告が上がっている。

 唯一、瘴気が観測されなかったローベに何か手がかりがないかと、先日特務室から調査隊を派遣したところだが、瘴気問題解決のための糸口はつかめていない。そんな中の隣国の視察団だ。


 古くからの友好国であるアルスター王国と違い、15年前に交易の自由化以降、必要最低限の交流しか行ってこなかった国が一体なぜ突然積極的にと、若干迷惑に思ってしまたとしても仕方ないだろう。

「神の寵愛を受ける国」として知られ、豊かに発展を続けてきたフランネル王国が、目下、原因不明の瘴気問題で危機にさらされているなどと伝えて拒否できるはずもなく、結局はごり押しされてしまった。

 少しでも国内の弱みや懸念要素を見せれば付け込まれることになる。今、戦争を仕掛けられるわけにはいかないのだ。



 そして訪れた視察団はすでに昨日、国王陛下への拝謁を済ませた。

 到着した視察団の団長は、事前連絡にあった商業貿易担当大臣ではなく第二王子になっており、一行の人数は連絡で知らされていた人数の倍を上回る40名だった。おまけにそれに同行する形で、別途40名の商人たちが街に入ったという。国境の通過時に報告が上がったが、王族が一緒とあっては無碍にもできなかった。そもそも交易を自由化していることもあり商人の出入りに制限は設けていないのだ。

 第二王子は、「同行を希望する文官と商人が多くて絞りきれなかった」などと悪びれる様子もなかった。

 この人数が分散して滞在してしまうと、監視もなかなか厳しい。しかし、すでに王都に分散されてしまった商人たちに手出しは難しい。しかも、王城にやってきた40名の滞在のため、急遽宮殿を整えるなど対応で昨日の王宮は大変な忙しさだったのである。

 しかも、頭が痛いのはそれだけではない。



 第二王子は国王陛下への拝謁をすませると、こちらの案内に従い、滞在のために用意してあった宮殿へ入った。

「さすがに疲れているようなので今日は休みたい」と聞いた担当者が宮殿を離れた直後、なんと第二王子は3日後に予定していた聖女との茶会を勝手に繰り上げ、そのまま光の離宮へ聖女を訪ねたのだ。

 あろうことか、その王子一行の約10名は聖女の離宮に滞在することになったと、聖女の担当文官が慌てて報告に来たのである。警備体制を強化はしたが、よりによって、出入りが制限される、最も干渉しにくい光の離宮である。

 ここまで好き勝手にやられては、本当に友好目的なのかどうか、疑いたくなるものだ。



「まったく、第二王子殿下にも聖女殿にも困ったものだ…」





 光の離宮では、久しぶりに聖女の機嫌がすこぶる良い。

 それもそのはず、隣国エネループ王国の第二王子が、到着早々に光の離宮を訪問したからだ。しかも聖女好みのイケメンである。



「まあ! おほほほほほ」


「それで、本当は商業貿易担当大臣が視察団長を務める予定だったのですが、私がどうしても聖女様にお目にかかりたかったので、無理を言って変わってもらったのですよ。この時ほど、王族でよかったと自分の出自に感謝したことはありません」


「あら、そうでしたのね!」


 離宮には聖女の高らかな笑い声が響いている。


「聖女様の離宮に滞在させていただけるだけでなく、本日の宴では聖女様とご一緒させていただける栄誉に預かり光栄です。 それで、よろしければ是非こちらを。私からのお近づきの印です」


 王子の侍従がうやうやしく差し出したのは、大粒のルビーを中心に美しい彩りの宝石をふんだんにはめ込んだ大振りのネックレスとそれに合わせたイヤリングだ。


「まあ! なんて美しいの! 素晴らしい輝きだわ!!」


 聖女は、赤く煌めくルビーの輝きと豪奢な作りのジュエリーにうっとりと見惚れている。


「よろしければ、今夜さっそく、これを纏った聖女様をエスコートさせていただくという栄誉を私にお与えいただけませんか?」


「まあ! ええ、もちろんだわ!」


「ああ、よかった! 今夜が楽しみで待ちきれない気持ちです。それでは後ほど、このお部屋までお迎えにあがりますね」


「うふふふ、楽しみにしておりますわね」



 聖女はご機嫌だった。

 昨日、突然面会を求められた時には、このように突然訪問するなどなんと礼儀知らずな、と思ったものの、顔を合わせてみた第二王子は金髪碧眼の絵に描いたような王子だったのだ。

 美しさで言えばシモンズには叶わないが、第二王子という立場、それに見合った容姿を考えれば自分にふさわしいのは第二王子かもしれないと聖女は思っていた。

 しかも、昨日の初訪問の際にもルビーやエメラルドなどの宝石をちりばめたブローチを贈られ、今はまた今夜の宴のためにと素晴らしいジュエリーを贈られた。それに、第二王子は口うるさいことを一切言わない。


 たいていの人は聖女の活動について、知った風な口を聞く。

 やれ慰問活動だの慈善活動だのと提案してきては「ぜひ同行させてほしい」などと言ってくるのだ。貴族としては慰問活動や慈善活動は自らの豊かさやステイタスの一つとなる。聖女を伴えば余計その価値が上がるため、そのように求めるのだ。

 しかし、聖女は、エリザベータは、平民など同じ空間にいるのも汚らわしいと思っている。聖女である自分は尊い存在なのだ。それなのに、なぜ汚らわしい平民に接しなくてはいけないのか…何度か無理やり連れて行かれたが、あの貧しく汚らしい場所へ行くなど考えただけでもおぞましく感じてしまうのである。

 しかし、第二王子は初対面の昨日、エリザベータにこう言った。


『聖女様が慰問ですか? なぜそのようなことを…それは大変なことでしたね…聖女様は尊いお方なのですから、民草に歩み寄る必要などないでしょう。人々が崇め敬う存在なのですから』


 ポメロー夫人もそれに近しいことは言うが、そこまではっきりと言うことはなかった。そんなことを言うのは第二王子が初めてだ。


(ようやく、わたくしの理解者が現れたわ)


 エリザベータはご機嫌なまま、侍女たちに命じて宴の準備を始めた。


お読みくださり、心よりありがとうございます!

誤字脱字報告など、いつも恐れ入ります。ありがとうございます!!


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